第十六話『庶民のための宝石』
夕方になってハーヴェス宝石工房に戻った私とウィルさんは、さっそく仕分け作業を行う。
「……この水晶はガラスですね。こっちのルビーも色ガラスです」
例の悪徳業者さんから回収した天然石の中には、粗悪品やニセモノも多かった。
それでも、私には石たちの声が聞こえる。その能力を最大限に活かして、本物の天然石だけを選別していった。
「……ふぅ。これで全部ですかね。引き取った商品の中で、本物は六割ほどといったところでしょうか」
「アリシアさん、お疲れ様です」
仕分け作業が終わったタイミングを見計らったかのように、エレナさんがお茶を持ってきてくれた。
それを受け取って、私はようやく一息つく。
「それにしても、ホント大変な目に遭いましたねぇ。我が兄がついていながら、すみません」
私の対面に座りながら、エレナさんはため息を漏らす。
「エレナさんが謝る必要なんてないですよ。もとはといえば、出しゃばりすぎた私が悪いので。ウィルさんにはご迷惑をかけてしまいました」
「それこそ、気にしないでいいと思いますよー。あ、もしかして暴漢から助けてくれた兄に惚れ直しました?」
クスクスと笑いながら、エレナさんはお茶を口に運ぶ。
冗談とも本気とも取れる発言に、私は熱くなった顔を背けることしかできなかった。
「ところで、兄さんはどこに行ったんですか?」
「ウィルさんは加工作業に取りかかっています。早く装飾品にしてくれと騒ぐ石たちがいまして」
「そうなんですかー。それにしても、石たちの声……何度聞いても不思議な話ですねぇ。もしもーし、わたしの声が聞こえますかー?」
『うるさいなぁ。聞こえるから少し静かにしてよ。ボクは長旅で疲れてるんだよ』
エレナさんは目の前の箱に入っていたペリドットをつまみ上げ、至近距離で話しかける。石からは面倒くさそうな声が返ってきた。
「ふふ、静かにしてほしいそうですよ」
「そ、それは大変失礼いたしました」
うやうやしく頭を下げたあと、エレナさんはペリドットを箱に戻した。
「わたし、石には詳しくないんですけど……この子たちはそこまで高くないんですか?」
「そうですね。天然石は宝石と違って、一般の人でも手を出しやすいお値段でお店に出せると思います」
「じゃあ、これからは貴族様だけでなく、街中の人に兄さんの装飾品を手にしてもらえるようになるんですね。嬉しいです」
屈託のない笑顔でエレナさんは言って、箱の中に並べられた天然石たちを愛おしそうに眺める。
これまでは主に貴族相手の商売だったし、兄の作った装飾品が使われている場面なんて見る機会もなかったのだろう。
エレナさんもウィルさんを応援しているようだし、今後は彼の作った装飾品を見る機会が少しでも増えてほしい……私はそう、思ったのだった。
◇
その翌日、お店は朝から大盛況だった。
天然石の販売を大々的に告知しよう……なんてエレナさんと盛り上がり、看板を作ろうという話も出たけれど……私と彼女はともに絵心がなかった。
加工作業で忙しいウィルさんの手を煩わせるわけにもいかず、朝一番にやってきたキャシーちゃんに事情を話し、皆に広めてもらったのだ。
「あらぁ、この値段なら手を出せるわね。どれにしようかしら」
「この色もいいわねぇ。旦那に相談してみようかねぇ」
おしゃべり好きなキャシーちゃんの宣伝効果は絶大で、次から次にお客さんがやってくる。
あの子自身がウィルさんの作った装飾品を身に着けているというのも、大きいのかもしれない。
「ねぇねぇ、このさざれ石ちょうだい」
「わたしも!」
「はい。どちらも200ルピアスです」
天然石も加工時には欠片ができる。それもさざれ石として、しっかりと店頭に並べておいた。
「ケント、その青い石なに?」
「いーだろー。えっと、ラリルラルリだぜ!」
正確にはラピスラズリだけど、そんなことはどうでもいい。
それまで無関心だった人たちが目を輝かせて商品棚を覗き込むさまは、なんとも言えない喜びを私に与えてくれていた。




