第十五話『ストーンマーケット 後編』
人波をかき分けて奥に進むと、急に視界が開ける。
地面に敷かれた布の上に色とりどりの宝石が並べられ、その向こうに一人の男性が立っていた。
「ほら、このルビーはどうだ! 見事なもんだろう?」
店主と思われる男性は赤い宝石をつまみ上げ、陽の光に当てる。
集まった人々はその様子をしげしげと眺め、時折歓声を上げていた。
あのルビー……透明度も高いし、モザイク模様のコントラストも美しいけど……どこか違和感がある。
『あらー。ルビーと呼んでくれるのは嬉しいけど、わたしはガーネットなのよねー』
……その時、彼の手にあるルビーから、そんな声が聞こえた。
「あの……失礼ですが、それってガーネットです。ルビーと似ていますが、違う石ですよ」
「なっ……」
たまらず店主さんに声をかけると、彼は笑顔のまま固まった。
「い、いやですねぇ。お嬢さん、変な言いがかりはやめてくださいよ」
そう言いながらも、彼は明らかに動揺していた。
手元にあったルビー……もとい、ガーネットをそそくさと袋にしまうと、別の宝石を取り出す。
「では、こちらの宝石などいかがですか? 正真正銘、本物の真珠ですよ!」
『失礼な! 僕はムーンストーンだよ!』
「……色合いは似ていますが、品質の良いムーンストーンですよね?」
聞こえてきた石の声をそのまま伝えると、店主さんは再び言葉を失う。
ほどなくして、周囲にざわめきが広がっていく。
「い、いやぁ、これはまいった。なら、本日のとっておき! 水晶のチョーカーネックレス。こいつは貴重ですよ!」
……次は石の声そのものが聞こえなかった。
「もしかしてそれ、ガラスなのではありませんか」
私がそう口にした瞬間、周りに集まっていた人々は完全に興味をなくしたようだ。
ある人は苦笑しながら、またある人は首を振りながら、次々とその場から立ち去っていく。
「ああっ……ちょっとあんた、さっきからなんなんだよ! 営業妨害もいいとこだぞ!」
それを見て、店主さんは態度を豹変させた。そのあまりの剣幕に、私は思わず後ずさる。
「ちょっと失礼」
そんな私をかばうように、ウィルさんが前に出た。そして、店主さんの手にあったネックレスを手に取る。
「……ふむ。熱が伝わる早さが水晶のそれと違いますね。やはり、これはガラスです」
続いてそう言うも、火に油を注いだだけのよう。店主さんは顔を真っ赤にし、わなわなと震えている。
「さっきから好き勝手いいやがって。この野郎!」
やがて叫ぶように言って、彼は拳を振り上げた。私は思わず目をつぶってしまう。
「……ぐえぇっ!?」
次の瞬間、まるでカエルが潰されたような声が聞こえてきた。
おそるおそる目を開けると、店主さんはウィルさんによって、地面に組み伏せられていた。
「あいてててて! くそ、なんて力だ!」
「……これに懲りたら、真っ当な商売をしてください。いいですか?」
「わ、わかった! わかったよ! だから離し……いててて!」
ウィルさんは彼にそう言い聞かせたあと、その腕を離す。
「く、くそぉっ……!」
ようやく解放された店主さんは苦虫を噛み潰したような顔をしつつ、露天もそのままに逃げ去っていった。
「僕がこの店に立ち寄ろうなんて言ったばかりに……怖い思いをさせて、すみません」
その背を見送ったあと、ウィルさんは申し訳なさそうにうつむいた。
「いえ、最初に余計なことを言ったのは私ですし……その、すごく頼もしかったです。助けていただいて、ありがとうございます」
「はは、毎日ハンマーを振るっているぶん、腕っぷしだけは自信がありますから」
ウィルさんは安堵の表情を見せながら、自身の腕に触れる。
見た目は細いのに、どこにあれだけの力があるんだろう。
そんな疑問が浮かびつつも、私は彼の強さに驚いたのだった。
◇
……その後、ストーンマーケットの主催者という男性が現れ、私たちはこれまでの経緯を彼に話して聞かせた。
主催者さんによると、放置された露天の商品はそのほとんどが宝石と偽った天然石で、大した金額にはならないとのことだった。
それを聞いた私たちは、放置された天然石の引取を申し出る。
「え、よろしいのですか?」
「はい。悪いのはあの店主さんであって、商品の石たちに罪はありませんので」
驚く主催者さんにそんな言葉を返し、私たちは大量の天然石を手に、帰路についたのだった。




