第十四話『ストーンマーケット 中編』
「これはレイナードさん。いつもお世話になります」
その声に反応し、ウィルさんは深々と頭を下げる。
そこには髭を蓄えた、強面の男性がいた。
「こちらはレイナードさん。宝石の仕入れ業をされていて、僕の父の代からお世話になっているんです」
「初めまして。アリシアと申します」
続けてそう紹介され、私も挨拶をする。
「おっ、いよいよウィル坊っちゃんにも女ができたか」
その直後、彼はどこか嬉しそうに言い、私をじっと見てきた。
「や、やめてください。彼女とはそんな関係ではありません」
茶化されて恥ずかしくなったのか、ウィルさんは大きく手を振って否定する。
「はっはっは。お前さんももう二十歳だろ。そろそろ身を固める時期じゃないのか」
「いまだ独り身のレイナードさんに言われたくありませんよ」
「俺は宝石が恋人なんでね。そうかそうか。ついにお前に愛人が……」
「だから違いますから。変な噂を広めないでくださいね……」
ウィルさんはため息まじりに言うも、冗談だとわかっているのか、本気で嫌がっている様子はなかった。
「……さて、軽口はこれくらいにして、仕事の話をするか」
二人の付き合いの長さを感じていた時、レイナードさんがそう言う。それまでの和やかな空気がわずかに変わった気がした。
「よろしくお願いします。本日はどのような石がありますか」
「おう。サファイアにエメラルド、ルビーに……そうだ。このアレキサンドライトがおすすめだぞ」
レイナードさんは背後の袋から、いくつもの宝石を取り出す。店先に並んでいるものとは明らかに輝きや大きさが違っていた。
もしかして、ウィルさんのために取り置きしておいてくれたのかしら。
「確かに見事な品ばかりですね。アリシアさん、どう思いますか」
一通り宝石たちを見たあと、私に話を振ってくる。
私は彼から宝石を受け取ると、意識を集中。その声に耳を傾ける。
『お姉さん、こんにちは!』
『私、きれいでしょう? ブローチにすれば最高でしてよ』
『俺は光沢には自信がある! 頼む! 連れて帰ってくれ!』
やがて聞こえてきた宝石たちの声は、鬼気迫るものが多かった。まるで自分たちの立場がわかっているような、そんな口ぶりだ。
「そうですね……このルビーはブローチになりたいそうです。こちらのアレキサンドライトも、できたら連れて帰りたいです」
しばらく考えたあと、私はウィルさんに耳打ちする。
「それなら、ルビーは確保しましょう。アレキサンドライトも確かに素晴らしいですが、予算オーバーになりますね」
「そうですか……」
「ほう。決定権は彼女さんが持っているのかい。もうウィルは尻に敷かれてるのか?」
「ち、違いますっ」
何を勘違いされたのか、レイナードさんは口元に笑みを浮かべていた。私は全力で否定する。
「ところで、レイナードさんのお店は天然石を扱っていますか?」
軽く咳払いをしたあと、ウィルさんは話題を変えるように尋ねる。
「天然石? 宝石じゃなくてか?」
「ええ。今度、新しい商売を始めようかと思いまして」
「そういうことか。天然石ねぇ……あるにはあるが、数は少ないぞ」
レイナードさんは渋い顔をしながら、別の袋に手を伸ばす。
やがて私たちの前に、色とりどりの天然石が並べられた。
『えー、いきなりどうしたのー?』
『お姉さんたち、誰?』
定番の水晶にルチルクォーツ、ムーンストーンにペリドット……普段ウィルさんのお店では扱っていないような石たちが次々に出てくるも、レイナードさんの言う通りその数は少なく、石たちのやる気もなかった。
……店主さんの反応を見るに、おそらく普段は全く売れないのだろう。
「きれいな石たちですね。お値段はいかほどですか」
「そうだなぁ……もう古いものも多いし、全部まとめて5000ルピアスでどうだ?」
その言葉を受けて、私はウィルさんの顔を見る。彼は真剣な表情で、何やら考え込む。
「……わかりました。それで手を打ちましょう」
「よし。交渉成立だ。引き取り手が現れてくれて、こっちとしても助かったよ」
「ですが、先程のルビーとアレキサンドライトも一緒に買わせていただきます。古い天然石を買い取った分、勉強していただけると助かります」
「おおっと……そうきたか。わかったよ。アレキサンドライトは三割引いてやる」
レイナードさんは一瞬驚いた表情を見せるも、ニヤリと笑ってその取引を了承してくれた。
なんとか予算内に収まりそうだし、一安心だった。
「レイナードさん、いい取引をありがとうございました」
「こちらこそ。次は来月だな」
「ええ。今度、商売抜きに遊びに来てくださいね」
「そうだな。いい酒を用意しといてくれ」
からからと笑う彼にお礼を言って、私たちは露天を後にしたのだった。
◇
……その後も、私とウィルさんは立ち並ぶ露天を見て回る。
「宝石ではなく天然石となると、その取引価格はかなり下がりますし。予算は残り少ないですが、掘り出し物があるかもしれません」
相変わらず楽しそうに、ウィルさんは声を弾ませる。彼は本当に宝石が好きなのだと、心から思う瞬間だった。
「あのタイガーアイなど、いい感じだと思うのですが」
『私をそばにおけば、巨万の富を約束しましてよ! オーッホッホッホ!』
彼が指差す方向を見てみると、なんとも甲高い石の声が聞こえた。
「多分あの石、どこかのお屋敷からの払い下げ品です。前の持ち主の性格が思いっきり残っています」
「そ、それは……やめておいたほうがいいですね」
思わず苦笑いを浮かべながらそう伝えると、ウィルさんは驚きの表情を見せた。
ちなみにタイガーアイとは、トラの瞳を思わせる金と茶色の模様が特徴的な天然石で、見た目がゴージャスなことから金運に効果があるのだとか。
「むしろ、その隣のトパーズのほうがいい品です。イヤリングになりたがっています」
「そうですか。ちょうど、イヤリングの素材が欲しかったところです。買っていきましょう」
続けてそう説明すると、ウィルさんはトパーズを手に取った。
そんな彼の顔は、なぜか赤かった。
石たちの声を伝える時、周囲の人に聞こえないように小声で話すのだけど……もしかして近づきすぎていたかしら。
「さぁさぁ、皆様お立ち会い! 貴重な宝石の大安売りだ!」
そんなことを考えていた矢先、近くの露天から威勢のいい声が聞こえた。
声のしたほうを見ると、何やら人だかりができている。
「なんだか気になりますね。覗いてみましょうか」
そう言うが早いか、ウィルさんは人波をかき分けるように進んでいく。
私は一瞬躊躇したものの、彼について行ったのだった。




