第十三話『ストーンマーケット 前編』
「アリシアさん、こんにちはー」
「遊びに来たよー」
先日の出来事をきっかけに、お店には連日お客さんが来るようになった。
そのほとんどが下町に住む人たちで、買い物ではなく、おしゃべりが目的だった。
私も人と話すのは好きだし、時間が許す限り対応していた。
……その様子を見たエレナさんの提案で、今度は店の奥にカフェスペースを作る流れになる。
「街の食堂で使われなくなった古いテーブルセットがあるので、ここに運んでしまいましょう。あとは季節の花を置けば……」
「お店の雰囲気もあるので、程々にお願いしますね……」
工房主のウィルさんは苦笑いを浮かべていたけど、癒し空間を求める女性二人のパワーには勝てない様子だった。
ものの数日で、店の奥には立派なカフェスペースが出来上がってしまった。
「それこそ、飲み物やお菓子を提供して宝石カフェにしてみてはいかがですか? わたし、休みの日は手伝いますよ?」
エレナさんはそんなことを言ってくれるも、さすがにそれはやめておいた。
騒がしくしすぎて上流階級の人たちが寄り付かなくなったら、それこそ本末転倒だし。
◇
……そんな工房の大改造も一段落したある日。
夕食後にお茶を淹れてテーブルに戻ってくると、ウィルさんが難しい顔で一枚の紙を見ていた。
「ウィルさん、それはなんですか?」
「あ……いえ、そろそろ仕入れの時期だと思いまして」
「仕入れ……ですか?」
「ええ。今朝方、ストーンマーケットの開催を知らせる手紙が届きまして」
「ストーンマーケット?」
「……年に数回開催される、宝石や天然石の大規模な取引会といいますか」
「なるほど。だから『仕入れの時期』というわけですね」
「そうです。ストーンマーケットの開催時期や場所は毎回違っていて、今回は来週末にリングラッド街道で行われるようです」
手元の紙を見ながら、ウィルさんがそう教えてくれる。
「開催場所が毎回違うのはどうしてです? 同じ場所でしたほうが楽だと思うのですが」
「以前は同じ場所で開催していたそうですが、待ち伏せした盗賊に宝石商人が襲われる被害が続出したそうで」
「ああ……」
言われて、私ははっとなる。
この街は治安が良いほうだから、つい忘れがちになるけど……小さくて高価な宝石は持ち運びもしやすく、盗賊からすれば格好の的だ。予防策が講じられるのも納得だった。
「……そうだ。せっかくですし、アリシアさんもご一緒しませんか?」
そんなことを考えていると、ウィルさんが名案とばかりに言う。
「え、私がついて行ってもいいんでしょうか?」
「もちろんです。それにあの場所なら、アリシアさんの力を存分に生かせると思いますよ」
「私の、力を?」
「はい。宝石の声が聞こえるアリシアさんなら、星の数ほどある宝石の中から、きっと良い宝石を選びぬくことができるはずです」
……なるほど。言われてみれば、そのような場は玉石混交。良いものも悪いものも集まってくる。私の力を使えば、ウィルさんの役に立てるはずだ。
「わかりました。そういうことなら、ぜひお供させてください」
「ありがとうございます。僕も心強いですよ」
私が快諾すると、彼は笑顔で手を握ってきた。
予想外の行動に、私は固まる。顔が赤くなってないかしら。
「……どうかしましたか?」
「あ、いえ。仕入れの日、お店はどうするんですか?」
「この日はエレナも休日のはずです。彼女に任せましょう」
「えぇ……勝手に決めていいんです?」
当然のように言っているけど、彼女にも予定があるかもしれないし。
「それでしたら、エレナにも同行してもらいますか? 今回は宝石の他に、天然石も仕入れないといけません。荷物が多くなると思いますし」
「そうですね。そのほうがいいかもしれません」
◇
……そして迎えた、ストーンマーケット当日。
「わたしは遠慮しておきます! 仕入れデート、お二人で楽しんできてくださいね!」
朝一番にお店にやってきたエレナさんは、満面の笑みで私たちを送り出してくれた。
デート……だなんて。もしかしてエレナさん、私とウィルさんを意図的にくっつけようとしてる?
そんなことを悶々と考えながら、前を行くウィルさんについていく。
やがて街を出ると、それまでの石畳はでこぼこ道へと変わる。
「足元が悪いですね。どうぞ、僕の手をお取りになってください」
「い、いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
一瞬手を差し出しかけて……慌てて引っ込める。
彼の優しさから出た言葉なのだろうけど、さすがに恥ずかしすぎるわ。
……足元に気をつけながら街道を進んでいると、やがて道の端に並ぶ、いくつもの露天が見えてきた。
「あれがそうです。今回も賑わっていますね」
遠くを見る仕草をしながら、ウィルさんが驚きの声を上げる。
「品質の良い石から順番に取引されてしまいます。早く行きましょう」
ウィルさんの表情はまるで子どものようで、はやる気持ちを必死に押さえつけているのがわかった。
「焦る気持ちはわかりますが、転んでケガをしたら目も当てられませんよ」
私は思わずそんな言葉を口にしたあと、足を早める彼に付き従ったのだった。
……実際にたどり着いてみると、人里離れた街道とは思えないほどの人の数だった。
道の左右に露天が立ち並び、旅の装束を身にまとった行商人もたくさんいる。
「あの人たちは、異国から来ているのですか?」
「ええ。アモイウェル近郊に住む仕入れ業者も多いのですが、取り扱っているのは街の近くで採れた宝石ばかりで、悪い言い方をすると代わり映えがしません。その一方で、行商人たちは遠くから来るので、珍しい石を持っていることもあります」
「代わり映えがしないとはご挨拶だな。ウィル」
興奮気味に話すウィルさんを見ていた時、近くの露天から声が飛んできた。




