第十二話『少年からの依頼』
「いらっしゃいませ。どのような商品をお探しでしょうか」
私が声をかけるも、少年は店内を見渡すだけで、特に反応は示さなかった。
それにしても、この子はどこかで見たことがあるような気がする。
……思い出した。いつも新聞配達をしている子だ。
名前は確か……ルイド君。
「あの、安くてきれいな宝石があるって聞いたんだけど……」
「小瓶に入ったさざれ石のことですか? 残念ですが、全部売り切れてしまいました」
「そ、そっかぁ……」
正直に伝えると、彼はあからさまに肩を落とした。
「……何か、わけありですか?」
「知り合いの……女の子の誕生日が近くてさ。何かプレゼントしようと思ったんだけど」
「ああ……」
理由を聞いたところで、私は返事に困ってしまう。
商品棚へ視線を送るも、この子が手を出せそうな金額のものはない。
「……どのような品を贈りたいのですか」
「え?」
その時、ウィルさんがルイド君に優しく声をかける。
「この際、予算など気にしないでください。この店の中に、お気に召す品物がありますか?」
「そ、そうだなぁ……えーっと……」
ルイド君は戸惑いながら、店内を歩き回る。やがて、とある装飾品の前で足を止めた。
「……これかな。こんな感じの、髪留め」
そして彼が指差したのは、一部に宝石をあしらったシンプルな髪ゴムだった。
使われている宝石は真珠一つだけということもあり、お店の品物の中ではかなり安いほうだ。
「その子、栗色のきれいな髪をしててさ。こういう白い宝石が似合うと……げ」
そこまで言って、彼は値札を見て固まった。安いとはいえ、平民の少年が気軽に出せる金額ではない。
「……ちなみに、予算はいかほどでしょうか」
「えっと、800ルピアス……」
ウィルさんに尋ねられ、ルイド君は視線を泳がせながらそう口にする。
ちなみに、先程の真珠の髪留めは4000ルピアス。彼の予算の五倍だった。
「……わかりました。少し待っていてください。アリシアさん、ちょっとこちらへ」
「え? はい……」
そんな二人のやり取りを見ていた時、突然ウィルさんに呼ばれて、奥の倉庫へと移動する。
「アリシアさん、これが何かわかりますか」
ウィルさんはしばらく倉庫の中を漁ったあと、引き出しから小さな白い宝石を取り出した。
「真珠……ではないですね。よく似ていますが」
「これはムーンストーンという天然石です。球体に加工されており、一見、真珠と見分けがつきません」
「確かに似ていますが……そんなものが、どうしてここに? 普段、天然石は仕入れていないと言っていましたよね?」
「……これは僕がまた駆け出しだった頃、仕入先で購入したものです。今でこそムーンストーンだと理解していますが、当時は知識もなく、問屋に変わった真珠があると言われ、飛びついてしまいました」
「……ウィルさんでも、そんな失敗をすることがあるんですね」
「お恥ずかしい話ですが。そして天然石のムーンストーンを店頭に並べるわけにもいかず、こうして倉庫の奥深くにしまっていたのです」
「そうだったんですね……」
『うぅ……ボク、ついに捨てられるの?』
その時、ウィルさんの手にあるムーンストーンから声がした。明らかに怯えている。
「それで、このムーンストーンをどうするのですか?」
「この石、見た目こそ真珠に似ていますが、その価値は十分の一ほどになります。これを髪留めに加工し、彼に売り渡そうと思うのです」
「え」
ウィルさんの言葉を聞いて、私とムーンストーンの声が重なった。
「もちろん、きちんとムーンストーンであることを伝え、納得してもらった上で……ですが。価格は……そうですね。加工費用と紐ゴム代を合わせて、800ルピアスでどうでしょうか」
柔らかい笑みを浮かべながら、ウィルさんは言う。その金額はルイド君の予算ピッタリだった。
「いい考えだと思います。あなたもそう思いませんか?」
『う、うん! すごくいいと思う!』
私は思わずムーンストーンに問いかける。喜びに満ちあふれた声が返ってきた。
「それでは、さっそく彼に話してあげましょう」
ウィルさんはそう言うと、ムーンストーンを手にお店へと戻っていく。私も急いでその後に続いた。
「……というわけで、真珠の代わりにこの石を使うのはどうでしょう。これでしたら、800ルピアスでかまいません」
「本当!? じゃあ、それでお願い!」
ルイド君は満面の笑みで代金を支払う。
ウィルさんはそれを受け取ると、すぐに加工作業に取りかかった。
『ボク、お嫁にいけるんだね! やったぁ!』
ようやく事態を飲み込めたのか、ムーンストーンは声を弾ませる。
そんな嬉しそうな声を聞いているうちに加工は終わり、ウィルさんは慣れた手つきでゴム紐を通す。見事な手際だった。
「これで完成です。はい。どうぞ」
「ありがとう! へへ、これであの子も喜ぶぞ!」
そして完成品をルイド君に手渡すと、彼は心の底から嬉しそうに言い、お店をあとにした。
◇
そんなことがあった翌日。私はウィルさんと一緒に店の前を掃除していた。
「……そういえばルイド君、結局誰にムーンストーンをあげたんでしょうね」
「気になりますか?」
マットの埃をはたき落としながら呟くと、ウィルさんが笑顔で訊いてくる。
「それはもちろん。あの石がどんな人のところにお嫁に行ったのか、心配ですよ」
「まぁ、そのうちわかると思いますよ」
「おっはよーございます!」
どこか知ったふうなウィルさんに、私が首をかしげていると……キャシーちゃんがやってきた。今日も元気いっぱいだ。
「おはようございます。今日のパンはなんですか?」
「今日は干しブドウを使ったパンですよ! どうぞ!」
「いつもありがとうございます。あら……?」
パンの入ったバスケットを受け取ろうと、キャシーちゃんに向き直った時……私は違和感に気づく。
彼女のトレードマークである三つ編みが解かれ、ポニーテールになっていた。
その結び目には、どこかで見た白い石があった。
……栗色の髪の女の子。なるほどなるほど。
ようやく全てを察した私は、つい顔がほころぶ。
「どーも、ありがとうございましたー!」
それに気づかないまま、キャシーちゃんは走り去っていった。
……新聞配達の少年と、パン配達の少女。もしかして、ここからロマンスが生まれるのかしら。
アメジストの少女に続いて、宝石の力で街の人々を笑顔にできた気がして、私は嬉しくなったのだった。




