第十一話『宝石の瓶詰め』
それから私は、全力で看板を描いた。
けれど、現在お店の前に出されているのは、ウィルさんの描いた看板だった。
残念なことに、私に絵心はなかったらしい。
一生懸命ルビーの絵を描いたのだけど、当の本人から「似てないわ。描き直し」と言われてしまう始末だ。
ショックに打ちひしがれる私を見かねたのか、ウィルさんが看板を作ってくれたのだ。
「……父の趣味が絵画で。僕も少しだけかじったことがあるんです」
どこか恥ずかしそうに言いながらも、彼はさらさらと立派な看板を描き上げてしまった。
私はその腕前に感服しつつ、この新商品が売れることを願ったのだった。
◇
……看板を設置した翌日。
朝からぽつりぽつりと、お客さんがやってきた。
それこそ、普段は絶対にお客さんが来ない時間帯にもかかわらず。
「いらっしゃいませ。あ、リージュさん、おはようございます」
それに、やってくるのは見知った顔ばかり。つまり、下町に住む皆だ。
「ねぇ、本当にこの値段でいいの? 桁が一つ違うんじゃない?」
オパールのさざれ石が入った瓶詰めを手に訝しげな顔をしているのは、パン屋のオーナーであるリージュさん。キャシーちゃんの母親だ。
宝石は高価という考え方を変えるための商品だし、安すぎて不安になる気持ちもわかる。
「はは、ご心配なく。価格は合っていますよ」
「そうなのねぇ。これならあたしたちでも買えるわ。皆にも教えてあげなくっちゃ」
やがてオパールの瓶詰めを購入してくれたリージュさんは、嬉しそうにお店を後にしていく。
彼女も娘さんと同じく話好きだし、新商品の噂はすぐに広まると思う。
その後もお客さんがひっきりなしに訪れ、お昼前には店頭の瓶詰めは全てなくなってしまった。
「……多少の反響があるとは思っていましたが、まさかここまでとは」
その盛況っぷりを目の当たりにして、ウィルさんは驚きを隠せずにいた。
「皆さん、商品が高すぎてお店に入れなかっただけで、ずっと興味はあったんでしょうね」
お店に入った以上、何も買わずに出るのは悪いと皆思うだろうし。総じて、客足が遠のく原因になっていたのだろう。
今回の瓶詰めは、その敷居をなくす良いきっかけになったはずだ。
「ウィルさん、貴族様相手もいいですが、これからは庶民向けの宝石を売り出すのもいいかもしれませんよ」
「……そうですね。これからは天然石にも手を出してみるべきかもしれません」
「天然石?」
「ええ。宝石より少し価値が下がる石のことです。上流階級の方々が好まないという理由で、これまで仕入れることはありませんでした」
「そんなものがあるのですか……なら、早いうちに入荷してしまいましょう。どこで買えるのですか?」
「それは……」
そこまで話したところで、来客を告げる鐘が鳴った。
「……あの、宝石の瓶詰めをいただけますか」
視線を向けると、そこには先日来てくれた少女と、その母親が立っていた。
「ああ……申し訳ありません。瓶詰めはもう、全て売れてしまいまして」
「え」
ウィルさんが言いにくそうに告げると、少女の大きな瞳に、みるみる涙が溜まっていく。
「ま、待ってください。一つだけ残っています」
その時、私はカウンターの奥にしまいこんでいた、最後の小瓶を取り出す。
小瓶の中には、紫色の欠片がたくさん詰まっていた。
「アメジストー!」
それを見た瞬間、少女は笑顔の花を咲かせる。
そして泣き笑いの表情のまま、飛びつくように小瓶を手にする。
「もしや、わざわざ取り置きしてくださったのですか? 本当にありがとうございます」
「……お姉ちゃん、ありがとう!」
「偶然、商品棚に出し忘れていただけですよ。どうぞ」
私は代金を受け取りながらそう伝えると、きれいに梱包して少女へと手渡す。
「大切にするね!」
先程までの泣き顔はどこへやら。今にも踊りだしそうな少女を見ていると、私まであったかい気持ちになる。
……その後、少女は何度もお礼を言いながら、母親に手を引かれて帰っていった。
『へへ、オイラの子分たちをよろしくな!』
その時、商品棚に置かれたアメジストのイヤリングがそんな声を発した。
実はこの商品を用意するため、ウィルさんに無理を言ってアメジストを使った装飾品をいくつも作ってもらったのだけど……あの笑顔で全て報われた気がした。
「あの……」
……そんな親子と入れ違いになるように、今度は一人の少年がやってきた。




