第十話『アリシアの相談』
「あの、お二人に相談したいことがあるんですが」
「相談、ですか?」
私がおずおずと口を開くと、ハーヴェス兄妹の声が重なった。
「はい。ウィルさん、昨日お店にやってきた親子のことを覚えていますか?」
「親子……ああ、娘さんがアメジストのペンダントを見ていた」
「そうです。あの子に、宝石を売ってあげたいんです」
そう伝えた時、ウィルさんの表情が曇る。
「そう言われましても……基本、宝石は仕入れ値が高いのです。加工費用を抜いても、そこまで値下げはできません。情に流されて一度でも安く売ってしまえば、うちの信用問題に関わります」
ウィルさんは言葉を選びながら、そう説明してくれる。
私だって、この店が上流階級向けのお店だということは重々承知している。
「あ、気を悪くしないでください。私が言いたいのは、平民の皆さんでも気軽に買えるような、新しい商品を出せないか……ということです」
「新しい商品?」
「はい。可能ならば、お客さんの幅を広げたいんです」
そう伝えると、ウィルさんは口元に手を当てて、何やら考える仕草をする。
「先程も言ったように、過度な値下げはできません。商品が売れたところで、赤字になってしまいます」
「それで考えたのですが、さざれ石を売ってみてはいかがでしょうか?」
「あのー、アリシアさん、さざれ石ってなんですか?」
それまで黙って話を聞いていたエレナさんが、挙手しながら訊いてくる。
「さざれ石というのは、宝石を加工する時に出る、細かい欠片のことです。ほら、ここにも落ちています」
言いながら、足元を指差す。そこには先日加工されたサファイアと思われる青色の欠片が、いくつも落ちていた。
「さざれは加工時に必ず出るものですが、これを拾い集めて売るというのですか?」
「そうです。どのみち捨ててしまうものですし、安価で売ることはできませんか?」
「まぁ……可能ではありますが」
私がそんな提案をすると、ウィルさんは了承してくれる。
「じゃあ、さっそく今から集めちゃいましょう!」
言うが早いか、エレナさんはほうきとチリトリを手にしていた。
「待ってください。実はもう一つ、提案があります」
やる気満々のエレナさんを押し留めながら、私は言葉を紡ぐ。
「もう一つ?」
「はい。加工した石だけでなく、原石を売ってみませんか」
「げ、原石をですか?」
続く私の言葉に、ウィルさんは再び目を見開く。
「奇抜な発想ですが……はたして、原石を買う人がいるのでしょうか」
「兄さん、いいじゃないですか。空いているスペースもありますし、並べるだけ並べてみては?」
その時、エレナさんがそう助け舟を出してくれる。
「それに、宝石たちの中には加工されたくないという子も一定数います。その子たちを装飾品に加工したところで、売れる可能性は低いでしょう」
「加工されたくない……それは盲点でしたね」
ウィルさんは呟くように言って、原石たちが保管されている倉庫に視線を送る。
私の耳には時折『その通り!』『私は今のままの自分でいたいわ!』なんて、原石たちの声が聞こえてきていた。
「それに原石なら、加工の手間賃や台座の代金がかかっていないので、かなり安く出せますよね?」
「……そうですね。大きさにもよりますが、金額はかなり下げられると思います」
しばらく考えるような仕草をしたあと、ウィルさんは納得したようにうなずく。
そうと決まれば、今すぐ準備に取りかからないと。
◇
その後、床に落ちていた砂粒のような宝石の欠片を拾い集めていく。
「兄さん、これはサファイアですか?」
「どうだろう。ラピスラズリかな」
「それはサファイアですね」
中には見た目が似ている宝石も多く、ウィルさんでも見分けがつきにくいものがあった。
そこは宝石の声が聞こえる私の出番ということで、的確に仕分けていく。
仕分け作業が終わったら、エレナさんが用意してくれた小瓶に宝石たちを詰め、最後にコルクで蓋をして、完成だ。
最終的に、二十個ほどの宝石の瓶詰めを作ることができた。
「わー、これはこれで、すごくきれいですよ! ほらほら!」
サファイアの欠片が入った小瓶を目の高さに持ち上げながら、エレナさんがはしゃぐ。
中の宝石たちも喜んでいるし、大成功のようだった。
その値段は、この店で売られている一般的な装飾品の数十分の一。もとより捨てるものだし、ガラス瓶とコルクの値段を加えても、十分利益が出ると思う。
「あとは……新商品の告知をしないといけませんね」
「そうですね。看板でも描きますか」
私が頭を悩ませていると、ウィルさんがそう言う。
「あ、画材も看板もありますよ! ちょっと古いですが!」
直後にエレナさんが倉庫に飛び込み、古ぼけた看板と画材道具一式を持って戻ってきた。
「この画材道具、ずいぶんと立派ですね」
「……昔、妹が絵を習うと言っていた時期があったんです。その時に買い与えたものですが、全く使っていないようですね」
呟くように言うと、ウィルさんがため息まじりにそう教えてくれる。
「うぐっ。もったいないことをしたなとは思ってるんです。なので、今から使ってあげようかと。ささ、アリシアさん、どうぞ!」
「え?」
エレナさんはそう言うと、画材道具を私に差し出してくる。
反射的に受け取ってしまったけど、私は絵なんて描いたことがない。
困惑しながらエレナさんを見るも、彼女は瞳を輝かせていた。
元貴族様だし、さぞかし絵もうまいのだろう……そう言われているような気がした。
……言い出しっぺは私だし、ここはやるしかないわね。
そう覚悟を決めて、私は絵筆を取ったのだった。




