第47曲:疾走(アンソニー視点)
「あれがアルムさんの戦い・・・。」
ドルラス領で一度はアルムさんの戦う姿は見ていた。
アルザック隊長の剣をいともた易く片腕で受けたり、一撃のもとで自分を倒した事実から、その腕前は充分高いと知ってはいたが・・・。
「なんて速さなんだ・・・。」
自分に相対した時よりも速い。
そして、しなやかだ。
相手の剣を逸らすように受け、捌いた頃にはその相手が倒れ、もう次の剣が誰かの剣を受けている。
流麗にして、一撃は必殺・・・殺してはいないようだが。
いや、逆に考えればみれば、人を殺さずに一撃のもとで無力化しているとなると、恐ろしいものを感じる。
この人の全力、本気とは何処に位置する遥かな高みなのだろうか?
「心配するな。皆、峰打ちだ。だが、オレ達が去るまでの間、邪魔立てするならば即、首が飛ぶ事になるよ?」
自分はふと腰に下げている剣を、ほんの少しだけ抜いてみる。
この国で売っている、ありふれた型の剣。
一般的に流通しているそれよりは出来はいい。
だが・・・。
「これの"峰"って何処だ?」
アルムさんと同じ両刃の直剣を見て、思わず首を傾げた。
「アンソニー!なに、ぼっとしてんだ!早く外へ出ろ!」
驚くと言えば、自分に向かって声を荒げている彼、イクミもだ。
彼の言う通り、外へ出ようとしていた自分達を阻んでいた門はもう無い。
イクミがその手を振るって、掻き消してしまった。
彼の力も以前見た事はあったが、鎧だけでなく、あんなに大きな門まで消し去るとは、デタラメにも程がある。
更に驚嘆するのは、その手法。
もし、仮に彼が魔力を以ってそれを成しているとすれば、一つ疑問が残る。
「解っている!今、行く!」
イクミの叫ぶ声に応えて、彼と一緒に馬を操って街の外へ出る。
「アンソニー、他のエルフ達は?」
「左右の隔離された地点、門から最短距離だ。」
「流石。」
門から出て街を取り囲む左右にある城壁の側面。
それを外側から破る事が出来れば、自分達の逃走を含めて効率的だと考えた。
エルフ達も、デトビア伯の猟奇的な措置に耐えかねて逃げる事には異存は無く。
自分の答えを聞いて、イクミは躊躇う事もなく、女性のエルフが待機しているであろう側から優先させる。
「ヤベェ・・・。」
「どうした?」
「ちょっち時間、かかるかも・・・。」
「早くしろ。アルムさんだとて、そう長くは・・・。」
「わーってるよ!」
そう叫ぶとイクミは次々に城壁の煉瓦を一つ一つ光に変えていく。
これが一つ残っている疑問。
魔力を使って破壊を行っているならば、何かしらの痕跡が残るはず。
溶かす、砕く。
どちらにしても、周りに影響が残る。
コゲた煉瓦や、砕かれて粉になった煉瓦等だ。
しかし、彼のこの力は、何の痕跡も見受けられない。
あたかも対象が、"元から存在していなかった"かのように消滅してゆく。
そんな魔法、聞いた事もない。
いや、自分が知らないだけだという事も考えられる。
特に、辺境の田舎騎士の自分が、知れる事などたかが知れている。
しかし、イクミの腕を見る限り、魔力を使用している様な形跡はない。
魔力を使っている時の特有の紋様が浮き出ていない。
「ッ~。アンソニー!中の人の誘導を!」
何より魔力を使う事であのように瞳が変色して輝く事はない。
「了解した。皆、話はいっていると思う。各自散開して目的地を目指してくれ。無事に自由の徒となれる事を祈ってる。」
誘導もなにもない。
既に話はつけてある。
ここからエルフ達は、自由になる為の逃亡を各々で計る事になる。
その方が、途中の犠牲が少ない。
そして、我々の目的地であるドルラス領の外れ、例の森に合流をしても良いし、そのまま逃亡を続けてもいい。
我々が確固たる安全を確保してやれるわけではないからだ。
「彼の瞳・・・キレイ・・・。」
自分の後ろで、今までずっと黙っていた女性が呟く。
綺麗か・・・女性の考える事はどうにも解らない。
自分にはアレには綺麗というより、畏怖を感じる。
「イクミ!大丈夫か?!」
休む事なく反対側の壁にも穴を開け、エルフ達を解放した頃、アルムさんが門のあった場所に向かって駆けて来るのが見えた。
「大丈夫に決まってんだろ!そっちこそ凄ぇコトになってんぞ~!」
イクミはけらけらと笑いながらアルムさんを指差す。
全く、礼儀がなってないな。
「早く越えろ!」
数は多少減ったが、未だ追手はかなりの数がいる。
これは自分の出番も回ってくるだろう・・・。
ん?
「越えろ?」
何の事だろうか?
イクミの言葉の意図を彼に聞き返そうとした、丁度その時、門の跡地前に立つ彼とアルムさんがすれ違う。
指は門のあった地点を指したままだ。
「くっずれっるぞ~。」 「馬鹿。」
そのままイクミに体当たりするかの勢いで、アルムさんは彼を肩口に抱え上げ、一切後ろをかえりみずに駆け抜けると・・・。
「城壁が・・・。」
門の無くなった出入口に向かって、城壁が左右から雪崩れ落ちていく。
「デタラメだ。」
他にどう形容すれば良かっただろうか?
後に、何度思い出しても、自分には他に表現する言葉が思い浮かばなかった・・・。




