第45曲:SMILE(スフィール視点)
部屋に響き渡る二つの叫び声。
私はその光景を眺めている。
彼がその拳を振り下ろす度に、光の粒子が宙に舞う。
彼が拳を振り下ろす度に、彼女の身体が消えてゆく。
これは彼の魔力が起こす技なのだろうか?
でも、私は・・・それがとても綺麗だと思った。
「とりあえず・・・アンタ、醜いな・・・。」
肩で息をしながら、彼女を見下ろしてそう呟く彼。
私は、自分の頭がどうかしてしまったのではないかと思った。
私の、"こんな私"の目の前に、ようやく私を解放してくれる存在が現れた。
まるで神の降臨を見たかのような・・・。
「さぁ、外に行こうか。」
「あっ・・・。」
私に向き合った彼の瞳は、さっきまでの瞳の色と違って真紅だった。
血のように紅い・・・そんな瞳で、私に手を差し伸べる。
けれど、彼はすぐにその手を私が掴む前に引っ込めた。
「時間がない。急ぐよ?」
もし、私が彼の手を掴んだら、私もあんな風に光の粒になるのだろうか?
人とエルフの間に生まれ、人でもなく、エルフでもなく、こんな中途半端な私でも?
どちらでも、何者でもない、こんな醜い私でも、あんな綺麗な光になれるのだろうか・・・?
私を促し、先を行く彼の手。
彼の歩みと一緒に規則正しく揺れるその手を掴んでみたいと、思わず凝視してしまう。
「やっぱり、スフィールさんは優しい人だったなぁ。」
振り向かないまま、彼は突然変な事を言う。
これまでも何度か同じような褒め言葉を言っていたけれど、それは何の根拠も無いデタラメだ。
「スフィールさんの移植した皮膚の部分は消せなかった。元々、相性が良かったのかも知れないけど・・・でも、俺はスフィールさんがデトビアを恨んだり、憎んだりしてないからだって思いたい。」
彼女を恨んだり、憎んだ事は、彼の言うとおり一度も無い。
私には、あそこ以外の居場所が無かったから。
生きる価値も見出せなかったから。
私は、そういう存在として生まれたのだと。
「俺なんか、ブチギレてあのザマだし。そりゃあ、デトビアの命まで取らなかったけど、それはスフィールさんのお陰だもん。」
「私の?」
私が何をしたというのだろう?
私は何も考えず、何もせず、ただ息を潜めているだけの日々だったのに。
「スフィールさんは、何も奪おうとしなかった、恨まなかった。だからデトビアは生きている。デトビアの命を救ったんだ。それってすげぇ事だよ。」
そんなつもりは全くない。
「屁理屈だわ。私は何もしなかっただけ、何もかも諦めていただけ・・・。」
だから何時、何処で死んだとしても良かった。
どうせ何者にもなれない私だから・・・。
「そぉ?」
地階に降り、裏門へと続く扉の前で、ピタリと足を止めて私に振り返る。
今度の彼の瞳は、会った時と同じく黒い瞳だった。
・・・不思議な人・・・。
「だって・・・。」
「俺が出会って感じたスフィールさんは、優しい人だと感じたよ?うまく表現出来ないけれどさ、全てを投げ出していたって、スフィールさんは顔に出てたよ?」
にこりと笑う彼が、私の手をしっかりと掴む。
私の身体は光にはならない、ならなかった。
「だって・・・何も無いもの・・・。」
私には、私には・・・光になる価値すらない。
「う~ん・・・んでもさ、スフィールさんに手を引いてもらった時、嬉しかったし、温かいなぁって思ったぜ?それに何もないってんならさっ!」
彼は外へと続く扉を、蹴り飛ばして開く。
「外に出て、世界の広さとか、美しさを感じてみるってのも、アリかもよ~?」
けらけらと笑う声。
「今日は空も綺麗だしなぁ、オイ。」
空?
そう言えば、空なんて見上げたのは何時以来だろう?
城の中ではほとんど空は見なかったし、街へ出る時も目的地との往復だけで、空を見上げた事なんてなかった。
「・・・キレイ。」
夜空。
何もかもを覆い隠す闇夜、黒の中に散りばめられてる光の粒。
それが絶え間なく瞬いている。
「絶妙なバランスやね。"俺のいたトコ"じゃ、中々味わえない光景だ。さて・・・。」
彼は一体何処から来たのだろう?
ふと、何も無かった自分の中に、一つだけ気になるモノが出来ている事に気づく。
彼を・・・彼の事をもっと知りたい。
「いい?スフィールさん?俺に味方は2人。俺と同じ髪と瞳の色したアルムっていう"無駄に"美形の兄ちゃんと、ツンツン茶髪で"無駄に"眉間に皺寄せてるアンソニーって騎士の堅物だけだからね?あ、治療士のおっさんもいるか。」
簡潔な説明だったけれど、私には充分この人も変な人の部類のような・・・。
でも、私は彼について行って、彼を知りたいと思ってしまった。
何も持たない私が、今唯一持ったモノ・・・。
醜さと美しさは何も外面、目に入るものだけじゃないという・・・。




