第42曲:悔恨と安らぎの檻にて
「治療士さんスか?」
スフィールさんが俺の前に連れてきたのは、年配の男性。
白髪が入り混じった灰色の髪の初老・・・目も灰色で、顔が四角っぽくて・・・イメージとしては定年の方から数えた方が近い典型的サラリーマン風。
ただ、少し前の・・・俺達と出会った当初のアンソニーに雰囲気が似ている。
どこか疲れたような。
そういえば、心無しか腰も曲がり始めているというか猫背。
「えぇ・・・。」
覇気も無い。
なくなるよなぁ、そりゃあ。
「では、私は部屋の外でお待ちしております。」
スフィールさんが、自分から外に出てくれたのは都合がいい。
彼女が静々と部屋の外へ出て行く中、俺は一人小さく溜め息をついた。
もうずっと綱渡りなんだけど、まだ全然スタートを切ってないんだよなぁ。
「治療は腕とお聞きしました。あと、目も見えないという事で・・・。」
スフィールさんが退室するのを見届けると、この演技もようやく終わりだ。
しかし、スフィールさん、俺の目の事を言ってくれたんだ。
やっぱり彼女は優しい人だ。
「あぁ、もういいや。」
「は?」
いい加減、ホント、この設定の演技に疲れ果てていた俺は放棄するのもあっさりだ。
「治して欲しいのは、俺じゃないんだ。俺の友人・・・あー、"婚約者"。」
「婚約者・・・ですか?」
「そ、あ、俺は何処も悪くないからね。」
包帯の腕をぶんぶんと振ってみせる。
ついでに目も、おっさんの目を見てぱちくりと。
「はぁ・・・。」
「んで、ここから"出て"治してもらうよ?俺の"婚約者のエルフ"を。」
「?!」
そりゃ、表情も引き攣るよな。
「ワシは・・・。」
「悪い。嫌だと言っても連れて行く。」
酷い言い方だけれども、俺にはこれしか言えない。
「ワシに・・・そんな事を・・・。」
「出来ないとは言わせない。何人ものエルフを傷つけて、デトビアの言われるままにやってきたアンタに。」
エルフ達を生かさず、殺さず飼う事が出来たのは、このおっさんの力があったからだ。
だからデトビアが抱え込んで、事が外に漏れないように口止めの意味もあったんだと思う。
「今更・・・今更、それをワシに・・・君はワシのしている事を?」
「薄々解っている。」
それでも、今の俺達の選択肢にはこれしかないんだ。
「無理だ・・・ワシには・・・ワシには出来ない。」
ゆっくりと膝から崩れ落ちて顔を手で塞ぐ。
きっとこの人にも罪の意識はあったんだ、それに何故かほっとしている自分がいる。
最近、そういう事を感じない人間に会う事が多かったせいかな。
「ワシは・・・ワシは・・・。」
とうとう小刻みに震え始めちったよ。
こういうのを見ちゃうと、逆に冷めてくるというか・・・。
「あのさぁ・・・。」
俺は行儀悪くおっさんの前にヤンキー座りをする。
注意する人間がいないとこんなもんだ。
「アンタさぁ、大人なんだろ?そりゃあ、今まで何をしてきたとか言い訳とかは聞きたくねぇけどさぁ。大人なら、最後まで自分のやった事のケジメ見してくれよ。」
このおっさんの過去、俺の知らないところで何が起こったなんて、ぶっちゃけ興味ない。
「ちったぁ、ガキの俺にも大人ってスゲェてのを思わせてくれって。俺はただ、大切な人を助けて欲しい。それだけなんだよ。」
俺はさ、別にこの人の罪を断罪しに来たわけじゃないしなぁ。
「ワシは・・・今まで、何人のエルフを殺めてきたか・・・そのワシに、エルフを助けろと・・・。」
「酷か?でも、アンタにはやってもらう。今までさ、その、エルフを傷つけてきたのならさ、今度は救う方に使ってみるってのもいいんじゃね?」
やってしまった事は消えないけどさ・・・俺、今、本当にほっとしている。
この人にもちゃんと罪を罪として認識する人の心があって、生命への敬意っての?
「俺の"故郷"にさ、"罪を憎んで、人を憎まず"って言葉があるんだよ。だから、俺はこれからのアンタを見たい。だからさ、頼むよ。俺達と一緒に来てくれ。勿論、アンタの命は全力で護る。」
それ以外に出来る事があるわけじゃないけれど。
「アンタ、家族は?」
おっさんは首を振る。
「とうに死んだよ・・・息子はいたが、街を出て行った。」
「そっか。」
もし家族がいれば、この人の人生は今と違ったものになったんだろうか?
「息子も・・・君と同じだった・・・。」
「?」
「息子もエルフと心を通じ合わせていたんだ。」
「息子さんが?」
意外と多いのかも知れない。
エルフに味方してくれる人間が皆無じゃないって事は、今後の俺達にとってイイコトかもな。
「こんな父親を見限ったのだろうな・・・いなくなって初めて、悟った・・・そして、ワシは息子の命の安全と引き換えにここに来たんだ。」
迫害される者を愛する者も迫害される、か。
つまり、俺達もどう考えてもヤバいってこったね、こりゃ。
「・・・で、相手のエルフは?」
結論は、首を振るだけ。
「そっか・・・おっさん、俺は郁実ってんだ。おっさんは?」
「ワシは、ノリスだ。」
「んじゃ、ノリスのおっさん。下に降りて、んで、地下か入口の近くに俺と同じ髪色と眼の色をしたヤツで、アルムってヤツがいるはずだから、ソイツに自分が治療士だって言って城を出てくれ。俺も後から行くから。いいよね?」
俺は出来る限り、普通の表情を繕ってのノリスのおっさんに微笑んだ。
「ここで・・・今日、この時に君と会えたのも運命かも知れん。」
「ノリスのおっさん、そういうのヤメようぜ。なんでもかんでも運命つったら楽だけどさ、今はノリスのおっさんが自分の足で立って、自分の意思でさ・・・。」
「・・・そうだな。」
ノリスのおっさんはそう言うと、さっきとは全然違った表情で立ち上がった。




