第39曲:集結の園へ(アルム視点)
「で、オレに何を言いたいんだい?」
宿の一室で、オレとイクミは久しぶりに2人だけになった。
2人で何かを話したいから、アンソニーに皿を頼んだという事はすぐに解った。
意外だったのは、彼が、アンソニーが異を唱えずに従った事だろう。
アンソニーもそうだが、イクミも・・・2人とも優し過ぎる。
それが悪いとは言わない。
だが、その優しさだけで世の中は生きてはいけない。
「あ、バレた?」
悪びれも無くイクミは笑う。
優しさが、彼を痛めつけているのをひた隠しにして。
かつて、オレも"それだけ"が取り柄だったから・・・オレにも解る。
「いやさ、それ。」
イクミはオレを指差す。
正確にはオレの格好をだ。
「いや、アルムに人殺しをさせたくないってのは、俺の我が儘だから。アルムがさ、それが必要でそういう覚悟をしたってんなら、止めらんない。」
それでも君は、そんな表情をするんだね。
オレに剣を持たせた、持たねばならない世界に巻き込んだ事を。
「イクミがオレを巻き込んだという気分になるのは解るよ。それによってこうなったんだって思うのも。でも、これは"オレも望んだ事"なんだ。」
「うん・・・。」
だからといって、イクミまでが戦う為に前に出る必要性は、オレは感じない。
不思議と断言できる。
「アルム・・・俺さ・・・。」
「ん?」
ぽつりと漏らす。
「ダメなんだよなぁ~。こぅ、知っちまたら、自分に出来る事があるって思うとさ・・・基本、面倒事、嫌いなのに。」
「嘘つけ。」
それは"外見上で装っているだけ"だ。
本当のイクミは違う。
現に彼は今までだって、彼なりに色々と考え、策を練って動いてきた。
弟さんの事だってそうだ。
彼は、誰よりも気を回せる人間だと思う。
「そりゃあ、俺のいた世界だって争いはあるし、差別だってある・・・。」
人が人でいる限り、社会を構築している限り、或いは精神的に新たな段階、物質的な価値基準から脱却しない限りはなくなる事はないだろう。
「誰かを傷つければ、自分も誰かに憎まれんだろうし。そんなん次々と連鎖を呼ぶかも知れない。アホなんだろうなぁってのも解ってる。でも・・・。」
弱ったな。
オレが彼と同じくらいの年齢の頃、こんなにも人の善悪について考えた事があっただろうか?
その時には、もう自分の中に流れる人間の血と業が、穢わらしいとしか思ってなかった気がする。
彼のように純粋でなかったという気もする。
ただ、あの時のオレには、愛すべき人達がいたから・・・ただそれだけだ。
「世の中にゃ、どうしても解り合えない、許せない事があって・・・そこに沢山の命がかかってんなら・・・。」
イクミは選ぶんだね?
優し過ぎるから、君は。
「俺はデトビアを殺ス。」
扉の外で気配が強まった。
アンソニーが大分前から戻って来ているらしい。
彼は彼なりにオレ達を気遣ってくれている。
ただ、ちょっと気配の消し方が甘いかな。
「イクミ。それは君だけが抱え込む問題じゃないよ。」
根本的な所を突き詰めれば、この国の在り方、それ自体が歪んでいる。
オレの世界でも、奴隷のような事はあったが、これはそれよりも酷く悪質だ。
「それは皆で考えて、皆で責任を負う事なんだ。」
たとえ王制だとしても・・・恐らく根は同じだ。
何処の世だとしても。
オレにはそれが痛い程に解る。
人が人を治め、裁く矛盾。
それを行う王は、民の奴隷であるべきだ。
常に民の矢面に立つべきだ。
特権階級とは、本来ならばそうして得るべきなんだ。
何もしていないのに、生まれついてから死ぬまで特権を得続けるというのは、在りえてはならない。
「だから、イクミ、オレの剣はその為の剣なんだ。だから、もし君がそうする必要に迫られているのなら、そしてオレもそれを認めたのなら、イクミが手を汚さなくても、オレが殺る。」
物騒な話だ。
・・・どちらかというと、物騒な世の中と言った方がいいか。
「それは違います。」
我慢し切れなくなったのか、アンソニーが扉を開け放って会話に割り込んできた。
「オマエねぇ・・・立ち聞きかよ。つか、アルムは絶対気づいてたろ?」
イクミはオレが気配を察知したり、耳がいいのを知っているからなぁ。
「2人はエルフ達を助けてはいるが、この国には本来なら無関係の人間だ。」
「無関係って、それはちょっと酷くね?」
大げさにイクミが首を竦める。
「もし、それを成すとすれば自分の役目です。自分の剣でなければなりません。」
アンソニーも生真面目だから。
出世出来ないタチだ。
もっとも、オレは部下として欲しい人材だと思うけれどね。
「あーもー、誰が殺るとか、物騒な話ヤメヤメ。」
自分で言い出したクセに、それはあんまりなんじゃないかな、イクミ。
物騒な話というのは、先程オレも思った感想だから、口に出しては言えない。
「いや、これは、これだけははっきりさせておく。自分は騎士なのだから。」
「・・・だから?」
「騎士の剣と魂は国へと、ひいては民へと捧げられたもの。そして騎士は己の良心に従って行動しなければならない。」
「へいへい、崇高で素晴らしい戒律ですコト。」
「目の前の悪行を見逃す事は出来ない。それは騎士として、自分が目指す理想の騎士像から外れる事になる。罪を断つのは、自分の剣だ。」
「オマエ、長生きできねぇな、きっと。」
同感。
「はいはい。でも、役割の変更はナシ。さっき約束したべ?約束を守るのも騎士、だろ?」
「それはっ・・・。」
戒律も良し悪しかな?
良心に従って行動するのが騎士というのなら、本来戒律すら必要ないハズだ。
「誰も殺さず、目的を達成すればいい。ね?」
どちらにしろ、明日の夜には、全てが決まっているのだから。
嫌ね、男ってバカよねぇ(ヲイ)
という事で、二章折り返しデス。




