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皇子達に福音の鐘を鳴らせ!  作者: はつい
第Ⅱ楽章:皇子の瞳が映すモノ。
39/54

第37曲:落涙

「ただいま戻りました~。」

 スフィールさんに送ってもらって、彼女と別れようやく宿屋に帰還。

実はもう眠い。

1日24時間周期じゃなくて、まだ慣れていないといのはあるけれど、それだけじゃない。

この盲目という演技に疲れた。


「アンタかい、おかえり。」


「ただいまっス、女将さん。」


 俺を出迎えてくれたのは、宿屋の女将さんだけだった。

1階の営業はもう終わったらしい。


「向こうで何か食べてきたいかい?軽いもんなら作れるよ。」


 カウンターの向こうで、にこにこと愛想良く笑う女将さん。


「あぁ、お願いするっス。あ、ウチの連れは?」


「戻ってるよ。ちゃんと伝言もしておいたさ。」


「それはどうもっス。あ、これ約束のお金っス。」


「ん?あぁ、アンタも律儀だねぇ。」


 苦笑しつつも、カウンターから出て俺の金を受け取る。

律儀というわけでは別になくて、お世話になってるんだ、たとえそれが商売であってもきちんと礼はしたい。

俺にとって、この世界でイリアさん達エルフの次に世話になった人だから。


「こんなにかい?!こりゃあ、アンタ達の食べ物はもっと豪華にしなきゃねぇ。」


 俺の渡した金額に驚きつつも、そういうサービスを上乗せする事で余剰分を埋めようとしてくれるトコなんか、商売人というより人間の温かみを感じる。

まぁ、単に金づるを見つけたという説もあるが、それはあんまり感じられない。


「あれ、女将さん、この匂い・・・・・・お酒?」


 女将さんからデトビアさんの所で嗅いだ葡萄酒の匂い・・・その匂いと同じ、全く同じような匂い。

同じなんだ、俺が感じた違和感までも。


「あぁ、アンタが客寄せになってくれたからさ、ちょっと仕込みの量を多くしたのさ。それでさっきまで作業しててね。」


 ここで感じた葡萄酒の匂いだったのか・・・。


「ちなみに仕込みは何を?」


「あぁ、葡萄酒の樽を一つ多めに入れて、あと"肉"だよ。"豚"を丸々1頭仕入れて解体してたのさ。」


 豚?

豚・・・そういえば、エルフ達とやったな解体・・・解体?!

ゾクリと背筋を何かが這うような感覚。

なにかが、なにかが拒否反応を起こしている・・・心か、身体か、或いはその両方か・・・。


「女将さん、悪いけどちょっと疲れたんで、料理は部屋で食べてもいいっスか?」


 鼻でゆっくりと腹式呼吸。


「構わないよ。出来たら持って行ってやるからね。」


「ども・・・。」


 ゆっくり・・・ゆっくりだ。

そう自分に言い聞かせながら、一歩一歩階段を上がる。

逸るな、逸るな・・・。


「・・・って、我慢出きるかぁっ。」


 止められなかった・・・階段を途中から駆け上がる。

目がちゃんと見えて、脳内でその映像を処理してるはずなのに、転びそうになりながら。

いや、冷静だ。

冷静だけど・・・。


「アルムぅ、ぐっ・・・げぼっ・・・。」


 扉に体当たりで、叩き壊す勢いのまま、部屋に転がり込むように・・・いや、転がり込んだ。

無酸素運動のまま、急に大声でアルムの名を呼んだせいで、危うく吐きそうになった。

吐いたとしても、今は夕食前で出てくるもは胃液くらいだけど。


「なんだイクミだけか。」


 腰にある剣の柄に手をあてたまま、すぐさま抜ける体勢でアンソニーは俺を迎え入れる。

どうやら、俺が誰かに追われて飛び込んで来たと思ったようだ。


「大丈夫かイクミ?」


 転がり込んで来た俺の背を擦るアルム。

本当は今すぐにでも喋り出したいんだが、身体は正直だ。


「ちきしょ・・・。」


 貧弱だなぁ、俺。

"自分でそう望んだ"クセに・・・。


「人間て・・・愚か・・・。」


「ん?」


「だな・・・。」


 四つんばいの状態で、俺はようやくそれだけを呟く。


「だから、一人一人が精一杯、悔いの無いように生きるんだよ。オレもイクミも、アンソニーもその途中なんだ。」


 アルムが微笑む。

アルムがそう思えるまで、一体何があったのだろう?

俺は未だ何も解らない。


「はぁ・・・。」


 もう起き上がるのを放棄して、そのままゴロリと大の字に転がる。


「アンソニー・・・・・・。」


「今すぐにでも調べて欲しい。」


 俺達は旅人で、異邦人で、部外者で・・・でも、彼女達と出会った。


「エルフの・・・壁の向こう・・・女性と子供の数を。」


 認められないものは認められなくて、理解し難い事は理解し難い。

だから、今でも民族紛争ってのはなくならないんだけどさぁ。


「数?」


「デトビアの城へ行った人数でもいい。」


「何か掴んだのかい?」


 アルムの声に頷く。


「だから頼む。」


 俺はアンソニーの目をしっかりと見つめる。


「解った。」


「アルムにも頼みたい事がある。」


「解ったよ。」


「二人とも・・・理由は聞かんの?」


「イクミが言った事が、今は一番大事なんだろう?」


 なんだかな・・・。

ずりずりと俺は自分のバッグへと這って行き、中身をごそごそと漁る。


「アンソニーも一緒に見て覚えてくれ。」


 俺の雰囲気を察して無言で頷くアンソニーを横目に、紙を取り出しペンのキャップを外す。


「お客さん、夕食持ってきたよ。」


「自分が受け取ろう。」


 アンソニーが女将さんから、俺の夕食を受け取ったのを確認すると、一気に紙にペンを走らせた。

もう止まれない・・・明日で全てを決める。

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