第30曲:夢の中へ
「・・・・・・イクミ、これはなんだい?」
「いやぁ、お客さん、何だかんだで凝ってますよ。やっぱりアレですよ、鎧なんざつけてずっと立ち仕事だから。」
「・・・イクミ。」
「あ~、はいはい、大丈夫っスよ、奥さんみたな美人なら何時でも何度でもって、え?美人がどうかも目が見えないじゃんかって?も~、奥さんみたいな人は声だけで美人だって解りますって。」
「イクミ。」
・・・流石にそろそろ返事しないとヤバいか?
ちょっぴり青筋立ってたりして。
「ん?その声はアルムか?」
一応、目が不自由な按摩師という設定を自分で作ってしまった手前。
こういう反応しか出来ない。
「・・・あぁ。」
かな~り、不服そうだが、俺の言い回しをすぐに察して、乗ってくれるのはアルムらしいっちゃ、アルムらしい。
・・・こりゃ、後で尋問かな?
「今日は宿屋の軒下で営業だ。こちらの美人な奥様の凝りをほぐしたら、部屋に戻るから。」
ちなみに、この奥様が本当に美人かどうかは、ご想像にお任せする。
営業が終わってからも、翌日の予約を(なんと朝から)取って、女将さんに声をかけて部屋に戻る。
「日々の労働お疲れさんてな。」
部屋に戻った俺をアンソニーが冷たい視線で迎え入れた。
「まぁ、怖いおメメ。何か言いたい事があんのは解るから、そんな目で見んなや。」
ヤだね、真面目一辺倒な人間てのは。
融通が利かない。
俺がいた学校のクラス委員長のがよっぽど融通が利くぜ?
て・・・アレはただの楽観主義か・・・。
それに冗談が微妙に通じないし。
「アンソニー、イクミの話をまず聞こう。確かにイクミは調子に乗りやすそうに見えるけど、そこまで馬鹿じゃない・・・と、思う。」
あのなぁ・・・。
言うに事欠いてソレかよ。
「褒めるか貶すか、どちらかにして欲しい。まぁ、貶されるのは遠慮したいけど。」
大体においてだ、アルムは別として、アンソニーは俺をどうしようもないヤツとしか思ってないよな、絶対。
そういう思い込みみたいなのは、視野を狭めますよ、ホント。
本人には言えないけど。
「で、何か収穫は?」
色々な人間と交流する事で、情報を収集しているのを知っていて、アルムさんはそういう事を言ってましたか。
そうですか・・・。
調子に乗り易いのはどちらなんですかね?
「ん~、とりあえず、ここの領主は女性みたいだな。」
「それは知っている。」
アンソニー、人の話を最後まで聞けよ。
子供の頃、習わないのか?この世界では。
なんだよ、そんな腕を組んで偉そうにしちゃってさー。
それが、人の話を聞く態度かね、全く。
「お目当ての治療士らしき人ってのは、領主に召抱えられてて、"一般人"の治療はしてないそうだ。」
どうやら、この世界の治療士さんとやらは、思ったより貴重な存在らしい。
まぁ、そうか。
俺の世界の医者というか、技術職ってのは高給取りだしな。
「一般人という事は?」
アルムが問いかけてくる。
そんな事を言わなくても、アルムなら解るだろうに。
「"特権階級"ってなんなんかね?」
「稀少品・嗜好品は下々に回らない世か・・・。街の造りを見るからには、多少マトモだという印象があったのだけれどね。」
「表と裏があんのは、普通なんじゃね?」
人間だってそうなんだ。
その人間が作るシステムは、常に完璧なワケがねぇべさ。
「一般人は駄目という事は、アンソニー、騎士ならばどうだろう?」
確かに騎士は国に所属している。
正確には違うけれど、公務員みたいなものだから、完全な一般人ではないなぁ。
俺は仕返しとばかりにアンソニーをじっと見つめる。
「残念ながら・・・。仰る通り騎士は正確には一般人とは言えませんが、特権階級ではありません。面会を求める程度は可能ですが、誰かの遣いならまだしも、個人の面会となると、お会い出来るのは何時になるか・・・。」
真面目なヤツだなぁ、ホント。
そんなに意気消沈せんでも・・・。
オマエ1人で、全部を解決しようとは思ってねぇのに。
「じゃあ、アンソニーは明日面会の手続きだな。」
いつになるかは解らないという事だが、そんなのは向こうの都合と匙加減だ。
とりあえず、面会の申請をするだけしておくのに越した事はない。
「あぁ・・・ついでにアルムも一緒に。」
「オレもか?この外見は少し目立つのだけれど?」
そうなんだよ。
ここでも俺達のような黒髪・黒い瞳の人間は見かけなくて、珍しい部類だった。
別に俺みたいなアジア系の顔立ちの人間がいないわけじゃない。
じゃないんだが、何故か黒髪じゃないんだよなぁ、皆。
「だから、いいんだよ。ここの領主は珍しい・新しいモン好きらしくてな。アルム、オマエ、いっちょ珍獣にでもなって来いや。」
そんでもって領主に会えたら、その無駄に整った顔で誑かしてくるといい。
面倒がなくて楽だ。
「そっちはどうするんだ?」
「俺?」
アンソニーの質問ももっともで・・・。
俺ねぇ・・・。
「アンソニー、イクミはいいんだ。」
「?」
「ここでの彼は盲目という設定だしね。それにどうやらこれはこれで、ちゃんとした情報収集になっているみたいだし。だろう?」
これが困った事になるんだな・・・。
俺としてはちょっとした小遣い資金稼ぎと、井戸端会議程度の情報収集のつもりだったんだが・・・。
意外と、これが馬鹿にならなかったりする。
明日の昼間になって、オバちゃん達が井戸端会議を拡大したら、尚の事。
いやぁ、ほんと、オバちゃんの連絡網舐めたらあかんよ。
「そうなのですか?」
「客の中に兵士もいたし、ご婦人もいた。多種多様の人間と接触出来るのは、悪くない。それに目が見えないという設定なのもいい。」
「なにがです?」
「視覚から情報が得られないという事は、相手が必ず何かを喋るという事だ。だが、人は嘘をつく生き物、でもこちらは本当は見えているからね。嘘をつく人間か否かはある程度確かめられる。」
例えば、外見に関して質問をして、実際とは全く違う返答をすれば、口に出せない何かの事情を抱えている、とかな。
まぁ、質問の仕方次第なんだが。
「何より、目が見えないから、個人を特定しにくく、情報が漏れにくいと思うのが人間の感情だ。しかもここは酒も飲める。その分の隙が生まれ易い。」
ニヤリとアルムは俺とアンソニーに微笑みかけた。




