第27曲:叙情詩(アルザック視点)
第Ⅰ楽章、最後です。
「こうなるとは一度も考えなかった・・・それが貴方の敗因だった。」
今更、声を掛けても遅い・・・か。
あの少年、イクミとか言ったな、彼が言った通り、力で虐げる者は力によって虐げられる事を考えねばならない。
「そこにあるはただの肉の塊か、はたまた死という現象の珍妙なる不思議さか。」
背後から聞き知った声。
何を考えているのだか・・・。
「・・・卿程の手練れに背後に立たれると、少々肝が冷えるのだが?」
ご丁寧に気配まで消されると余計に不快だ。
背中越しに白いローブを頭から被った人物に視線を向ける。
「過大な評価を・・・貴殿と拙者の間には、強さの差や序列が無いのは明白。」
だから、困るという・・・。
「それで、私に何の用だ?」
「そろそろ貴殿の用件が済みそうだと踏んで様子見に。そうしたら何やら面倒な展開になっておって、危うく出て来る時期を逸してしまうところでな。」
ならば、最後まで出て来て欲しくはなかった。
ただでさえ、今の私は滅入っているというのに。
「しかし、この男も・・・哀れと言えば哀れ。人は力を持てば持つ程、己の内へと求道すべきものだというのに・・・。」
本当に哀れと思っているか、表情を覗きたいところだが、ローブの下の顔の部分は金属製の仮面に覆われている。
「人生に誘惑は多いものだ。その全てに勝つのはどうしてなかなか難しい。」
確かにその通りで、人生において誘惑は多い。
それは私自身の人生で実感している事でもあるのだが・・・。
伯爵は溺れ過ぎだった・・・だから、今、物言わぬ抜け殻になっている。
「何を戯けた事を。」
「さて、行くか。卿も旧交を温めにきたわけではないのだろう?」
ここにいても何の得もない。
「む?うむ。貴殿の"剣共々"、寂しがっていてな。」
「チッ・・・誰か他のヤツに任せておけ。暇なヤツがいるだろう。」
言いよどむような事をわざわざ言いに来るならば、さっさと帰ってしまえ。
そんなものはいらん。
ただでさえ、気分が優れないというのに。
「今、確実に舌打ちしたな?そう言うな、貴殿には貴殿の考えがあるのは解る。第一、我等は忠誠は一つだが、個々には誰にも干渉されるべきではない。」
また説教か。
そいうのは若者にしてやってくれ。
年を取ってからの説教というのは、完全に逆効果だ。
「解った、解った。一度くらいは戻ってもいい。」
「そうか・・・しかし、何故にそう機嫌が・・・ふむ?そういえば、貴殿が最近連れている従卒者の姿が見えぬが・・・。」
「アンソニーは従卒者ではない。彼は騎士だ。国の定めた修養も修めて受勲している。」
「死んだか?」
「勝手に殺すな。被害が出たのは上司の言う事も聞けず、己の身の程もわきまえない者達だけだ。彼は"件の者達"の所へ行かせた。」
彼の騎士としての清廉さと資質は高く評価しているつもりだ。
「例の者達は、なかなかどうしてやる者達と見受ける。確かに彼をつけるくらいは・・・しかし、惜しくは無いのか?」
「惜しいさ。」
こうして気分が落ち込むくらいには。
しかも、帰って来ないかも知れないと思うと、余計にな。
「正直なところ、私が老いる頃くらいまで鍛えて、後継の試練を受けさせてやってもいいか、そう考えが過ぎったのは初めてだったな。」
冷静に省みると、私も随分と彼に肩入れしていたようだ。
人の事は言えないな。
「それも良いのでは?貴殿の試練がうまくゆかなかったその時は、拙者の試練を受けさせてもよい。」
「初耳だな、それは。」
アンソニーの評価が他者にも高かったというのは、意外と嬉しい限りだが、複雑な気分でもある。
どうせなら、最後まで育てたいと思うのも欲というヤツか。
「うむ。現段階では余りにも未熟だが、時折光るモノが垣間見えた。貴殿の言う通り、何十年後というのならば、それも良かろう。」
そこまでアンソニーがもてば、或いは生きていれば、という事か。
「ともかく、それぐらい程度には惜しい人材だった。」
「・・・つまり、それくらいの惜しい人材をつぎ込んでも、気になる者達であったと。」
まさにその通りだ。
我々と同じ領域に息づいているだろう存在と、この世界の人間とは全く違う領域に息づく異質さを持っている存在。
この組み合わせはある意味、脅威でもある。
だが、心魅かれるかと問われたら、これ程に心魅かれる存在もまたいないだろう。
「・・・騎士の正道・・・。」
「?」
「アンソニーが求める正道に近い騎士というモノを学ぶには、あちらの方がいい。」
その方が"今は"彼の為になる。
「それで更なる成長を望めるというのであれば、一時期ではあれ、手放すのもやぶさかでない。貴殿が考えそうな事だ。」
「悪いか?」
人が悪巧みばかりしているような言い方だ。
「いや。先が楽しみな事である。そう拙者は思う。」
問題はこれから先に彼等に降りかかる障害なのだが・・・。
あぁ、それによってこちらがどれだけ振り回されるかもあるか。
「考えても仕方が無い。一度、"本国"へ戻ろう。」
「伯爵殿の墓はどうする?」
墓か・・・。
本来ならば、貴族位には然るべき葬儀と葬送をすべきではある。
それがしきたりだ。
「いらんだろう・・財を尽くした城砦。これが奴の墓としてはお似合いだ。」
最後の最後まで有効活用されて本望だろう。
「では、参ろうか。」
第Ⅰ楽章読了お疲れ様でした。
引き続き、第Ⅱ楽章も(あれば)ご愛読を宜しくお願い致します。
また皆様のご感想をお待ちしております。
基本的にそれ次第なので・・・。




