第22曲:風の中の花のように
俺はいいとして・・・なんでアルムはこうもお人好しなんかねぇ。
まぁ、次元を渡る為に、俺に死なれちゃ困るってのは解るんだが、そこまで付き合わんでもいいのになぁ。
第一、この世界にどこまで干渉していいのか、それがどんな結末をもたらすのかも解らないのに。
「でもなぁ、乗りかかった船か。」
納得がいかないモノは、納得がいかない。
そういう性分なのだから、しゃーない。
「なぁ、アルム?」
「ん?」
なんとなく聞いてみたくなった。
うん、なんとなく。
「アルムのいた世界ってのも、やっぱり奴隷とか戦争とか、あった?」
同じように人型やエルフがいる世界なら、或いはもしからしたらと淡い期待を寄せる。
楽園なんてあるワケないのに・・・。
「・・・ある。」
やっぱりあっさりと期待は壊されたか・・・。
「所詮は人間だもんな。」
「あぁ、否定はしないよ。でもね、イクミ。やっぱりオレの世界でも、そんなのは間違っているという人もいたよ。」
「そうか・・・。」
つくづく平和ボケしたジャパニーズだな、俺。
「どうせなら、"そっち側"の人間でいたいよなぁ・・・。」
「そうだね。オレの義娘だって、一時期奴隷だったし。」
「は?」
今、なんだって?
なんか、凄いフレーズが、爆弾が投下されたような。
「一時期奴隷だったって・・・。」
「いや、それも凄い内容だけど、その前。」
絶対、今すんごい事を口走ったよな?
「間違っているという人間も・・・。」
「ちゃうわ、ボケェ!今、"オレの娘"とか言わんかったか?」
「ん?あぁ、可愛い義娘がいるよ?オリエっていう。」
空耳じゃなかった件について!
「おまっ、ちょっ、既婚者?!子持ち?!」
オレとそう年が変わらないように見えるのに?!
いや、確かに俺の国でも法律上は、婚姻出来る年だけどさ!
「あ・・・そうか。いや、違うよ。結婚はしていない。オリエは養女だ。あ、いや、妹か?奴隷だったのを解放して、一緒に暮らしていたんだ。」
・・・焦ったわ。
しかし、養女っていうのでも驚きだな。
そりゃあ、次元を渡って帰りたくもなるか・・・。
「2年か・・・見違えているだろうな・・・もう、オレの顔を覚えていないかも。」
「アホッ。親の顔を忘れるガキがいるか。しかも自分に自由をくれた人間だぞ?」
俺だったら死んでも忘れんし、忘れないようにするさ。
「ありがとう。」
そう一言だけアルムは俺に呟いた。
苦労してんだな、アルムも・・・子持ちなんて。
「お二人とも、こんな後ろにいたんですか?」
「あれ?ドルちゃん、どったの?」
少しよたついた足取りで、こちらに向かってくるドルちゃん。
結構歩いたもんな、そりゃあの壁の生活範囲じゃ足にもクるか。
「もう少しで隠れられそうな森に入りますよって、言おうと・・・。」
森か・・・夜になって、そこに入れば逃げ切れる確率も生存の確率も上がる。
・・・森の中が危険じゃなければだけど・・・。
こぅ、あるじゃん?
ファンタジーの世界お決まりのモンスターとか?
だって、俺の目の前にいるのはエルフなんだぜ?
不思議じゃない。
「そっか、わざわざ教えてくれてありがと、ドルちゃん。」
「いえ、私は伝言を頼まれただけですから、お礼を言われる程では・・・。」
顔を赤くしたドルちゃんが、近寄ってくる。
大体、足をフラつかせながらも、わざわざ言いに来てくれたんだ、感謝せないかんだろ。
それにしても、可愛ぇなぁ・・・このコが俺のお嫁さんかぁ・・・て、何を考えてんだか・・・。
我ながら呆れる。
それもこれも、アルムが変な話をするからだ。
「イクミさん、どうしたんですか?」
「いや・・・。」
訝しげに顔を覗き込む、ドルちゃんがラブリーだからです。
とは、言えないよなぁ。
なんだろ、参ったね、コリャ。
「二人共!伏せろッ!」
へ?
声に出して反応する暇も無いアルムの突然の叫び。
それが何に対しての声だったのかも理解出来ないまま・・・。
呆然と、呆然と。
「ぁ・・・。」
ただ目の前のドルちゃんが崩れ落ちるのを見ていた・・・。
ゆっくりと花びらが散るかのように、ふらりと。
胸に大輪の紅の華を咲かせて。
「ドルテ!」
ドサリと倒れた彼女を抱き止める。
その胸には、一本の矢が生えて・・・。
「また・・・失敗・・・しちゃ・・・。」
「下手に喋るな!イリアさん!ドルテが!」
彼女の声を遮って、とにかく大声でイリアさんを呼ぶ。
いや、イリアさんでなくてもいい、誰か!
「ごめ・・・ん・・・なさい・・・。」
なんでだ?!
何で彼女が謝るんだ?!
「な・・・たの・・・お嫁さ・・・ん・・・なれなく・・・て。」
「ドルテ!」
ゆっくりと彼女の身体から力が抜けていくのと、アルムの声でイリアさんが俺達の所へ駆け寄って来るのは、ほぼ同時だった。
「イリアさん、彼女を早く森へ!追っ手が来ます!」
俺は・・・彼女の手を取ってやれなかった・・・。
俺から引き剥がされていく彼女・・・手の中に残る温もりが消えていく・・・。
彼女は俺と出会わなければ、こんな事にならなかった・・・でも・・・。
「どうして・・・。」
「イクミ?」
だとしても、何故、彼女じゃ、ドルちゃんじゃなきゃいけないんだ?
「悪ィ・・・アルム・・・。」
甘かった。
何もかもが。
「俺ァ、無理だわ。」
心の中で、何かが叫んでいるのが判る。
「イクミ、落ち着くんだ、まずは森に。」
「大丈夫、冷静だよ・・・ただ、もう限界・・・なんだ。」
どうしても、自分の中から溢れ出るソレを止められない。
止めたくないと、そう思う。
・・・もうどうでもいいとさえ。
あるがままの己を"吐き出せ"ばいい、"揮え"ばいいと。
「そりゃあさ、世の中、不公平で理不尽なコトはわんさかあるさ。そんくらい解る。でも、もう我慢とか黙ってるだけとか、意味わかんねぇ。」
わかんねぇよ・・・。
眼が痛い・・・躯が熱い。
躯の中心にある蓋が少しずつ開いて、溢れ出た何かが隅々まで浸透してゆく。
急激に軽くなる躯体、全ての矛先は遥か先だが、はっきりと俺には見える。
"人間共"だ。
「イクミッ!」
アルムのその声の意味が解らない。
自然と俺は、迫り来る存在に向いて、そして駆け出した。
躊躇いなく力を、目の前の"敵"を駆逐、排除する為に。
誰がなんと言おうと、だ。
今の俺を止められる存在がいるとしたら、いつもの日常にいる弟と・・・"ドルテ"だけだ。
俺はこの世界に干渉する。
恐らく圧倒的に近しいだろう力で・・・。




