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皇子達に福音の鐘を鳴らせ!  作者: はつい
第Ⅰ楽章:皇子は再び旅立つ。
20/54

第19曲:tell me(アンソニー・ロベルト視点)

 何が起きたのか解らなかった。

二人の黒髪の人間が、その髪色に反して眩しいと、目の前の心の靄が一瞬だけ、ほんの一瞬だけ晴れた気がしていた。


『ドルラス様!大変です!檻の中から火の手が!』


 解放された自分は、先輩の二人を回収して、事のあらましを隊長に報告している最中に、その報が監視から城内に入って来た。


"彼等"だ。


彼等が本当に行動を起こした・・・という事。

確信があった。

不思議だったのは、自分はそれを受け入れられたという事だ。

あの場所から逃げ出す。

そんな途方もなく、信じられない彼等の発言を。


『騎士団、出るぞ!』


 無論、それには自分も含まれている。

隊長、他の騎士達、それどころか伯爵自身も現場に行く事となった。

最初は皆で止めたのだが、伯爵は聞き入れる事はなく・・・。


「早よう大門を開けんかぁッ!」


 一人、大型の豪奢な馬車で、半狂乱になって喚く細身の男の号令に、何人かが大門を開こうと・・・。


『オイ、アンソニー。大門に一番乗りとか言って調子こいて触れるなよ?』


 自分を解放した時、目つきの鋭い方・・・"イクミ"がそう言っていたのが頭を過ぎる。


「ぎぃゃあッ!」


 中々開かない大門に痺れを切らした者達が身体ごとブツかりに行き、もんどりうって倒れる。

何故だろう・・・その光景に・・・仲間が倒れている姿に何の感慨も浮かんでこない・・・。


「ヤルな。」


「隊長?」


 何時の間にか自分の横にいた隊長が、ポツリと呟く。

浅黒い肌に銀の鎧。

叩き上げの実戦派だと一発で判るひきしまった肉体に、身体についた傷が物語っている。


「相当に頭が回る相手だ。大門しか出入り口が無いと判断して、門を加熱していたか。」


 入ってくる経路が判明しているならば、待ち伏せも容易い。

緑の瞳で、大門を見つめながらも我が隊長アルザックは笑っているようにも見える。


「アルザック!なんとかせい!」


 余裕そうに笑っている隊長に対して、伯爵が更に喚きたて始める。


「槌を使用して門を押し開きます。」


 隊長が冷静にそう告げたところで気づいた。

"何故、ここから入らねばならない"のだろう?

そもそも隊長は未だにエルフ達が中にいると思っているのか?

自分の報告を聞いて、そして唯一の進入経路である大門が熱せられているのが、"誰か"の仕業だと知っていて?

不敵に微笑んだままの隊長を眺めるうちに破城槌のような大木で、大門は押し開かれていく。


「突入。」


「突入ーッ!」


 ようやく出来た隙間に数人が雪崩れ込んだ瞬間、轟音と共に突入した何人が転げ出て来る。


「これも・・・罠・・・か?」


 やはり隊長は、明確な相手がいて、それが自分達に敵対していると理解している・・・。


「アルザック、もうよい!皆の者!中に入ってエルフを連れ出した者に、人数に応じて褒美をやる!早ぅ行け!」


 隊長の采配に完全に痺れを切らした伯爵の激に、隊のほとんどが壁の向こう側に我先にと押し寄せて消えて行った。

嘆かわしい事だが、その人数は場に残った人数より遥かに多い。

目先の褒美に釣られて・・・。


「アンソニー、オマエは行かんのか?」


 アルザック隊長が、自分を見下ろしている。

本気で隊長はそんな事を聞いているのだろうか?


「いえ。自分は・・・。」


「義理立てはいらんぞ?」


 それは理解している。

隊長はこんな事でとやかく言う人間じゃない。

だが、自分も、隊長の命令無しに動きたくは無い。

確かに、伯爵の命ではある。

でも、現場の指揮権があるのは隊長だ。

騎士は忠誠を重んじるのは当たり前の事だが、純然たる規律も重んじる者だ。

目先の褒美だけで動く者など、自分が望む騎士の姿からほど遠い。

それに・・・。


「中にはもうエルフ達はいないという事か・・・。」


「え?」


 今・・・。


「恐らくそうなのだろう?本当は壁の外周を調べるのが最優先事項なのだがな。」


 そこまで解っていて・・・何故?


「そんな顔をするな。いいか、アンソニー、一つ教えておいてやる。」


 隊長のその声に、自分は直立不動の姿勢を慌ててとる。

これは自分より上位者から訓告を与えられる際の礼儀だ。

もっとも従者を卒業したならば、皆騎士という地位は変わらないから、騎士位になってからもやる者は少ないが、自分は怠らない。


「騎士には命令は絶対だ。だが、本当に頭の良い騎士というのは、例え命令がなくとも、先を読み最善を尽くして手を回すものだ。」


「はっ!」


 敬礼。

つまり、隊長はわざとそれをしていない。

命令だけをただただ護るだけしかしていないという事だ。


「悪いな、ぐぅたらな騎士で。」


 最後にそう言うと、隊長は微笑んだ。


「さて、どうなったのだろうな。」


 我先にと入った者達が、何かの黒い物体・・・焼死体らしきものを引きずって出て来るのが見える。


「どうした?」


「隊長、どうしたもこうしたも、中にいたヤツぁ、ほとんどこんな有様で。」


 少しでも金は出ないだろうかと、引きずって来たらしい。

・・・焼死体?

彼等がこの期に及んで、犠牲など出すのだろうか?

とても許容するようには思えない、そんなはずがない。


「器用なヤツ等だ・・・。」


「はぃ?」


 首を傾げる者達。

勿論、それには自分も含まれている。


「何でもない。早く行け。」


 隊長がなんでもないと言うのだから、それ以上は問いただせずに、再び焼死体らしき物体を引きずって去って行く。


「隊長?」


「相手は本気だ。」


「は?」


「いい匂い過ぎる。」


「いい匂い・・・ですか?」


「焼死体ってのはな、なんとも言えない匂いなんだよ。髪や爪の焼けた匂いは特に鼻につく。あんな香ばしい匂いなぞするものか。」


 ヤレヤレと頭を掻く隊長。


「アンソニー。」


「はい。」


「時間が無かったのか、器用だが雑だ。最初から時間稼ぎ目的なんだろう。となると、そろそろ奴等を追いかける展開になるんだが・・・まぁ、オマエは好きにしろ。」


 さも面倒そうに隊長が言い放つと・・・。


「ドルラス様!アルザック隊長!壁に!壁に穴が開いてます!」


「なんと?!アルザック!エルフが逃げたやも知れぬ、追え!」


「はっ!・・・・・・ほらな?全く、どちらかと言えば、エルフが逃げたという事より、あの壁を周囲に気取られず破壊した事の方が問題だというのにな。」


 予想した通りの展開を受け、隊長は探索と追撃の指示を的確に出してゆく。


「では、行くとするか。」


「はいっ!」

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