第14曲:透明だった世界。
「何をしている?」
集落の中央部より少し奥側、あ~、例の門側を手前として、とにかくその位置で俺は羊皮で作られたそれを眺めていた。
「見てわかるだろ?」
声をかけてきたイリアさんに視線を移す事なく、それを眺め続けたまま返事を返す。
「いや、全く。意図も意味も解らないぞ。」
「見ての通り、地図を作りつつ作戦を考えてるんだよ。」
羊皮紙には、この円周内の地図、樹木のある程度の分布図等が半分程描いてある。
半分なのは、まだ完全に探索していないってワケだ。
「そうなのか?いや、しかし、それとその状態の関係性が見えない。」
「んぁ?」
今の状態?
「何故、そのだな、"リル"を背負っているんだ?」
地図を眺める俺の背には、例の怪我した女の子、リルちゃんが乗っかっている。
あの時から、地球時間で約5日程。(やっぱり1日が24時間じゃなかったから)
彼女は順調に回復していった。
一時期は感染症の心配があって、高熱も出たが・・・何故か、この世界で例の薬の存在と効果は偉大だった。
流石、半分は優しさで出来ているだけある。って、なんのこっちゃ。
「あぁ、リルちゃんまだ歩くのしんどそうだしさぁ。"俺達"の背に乗って移動。な~?」
俺がそう同意を背中に求めると、こっくりと頷くリルちゃん。
元来が無口なコらしい。
「しかも、筋肉の鍛錬にちょうどいいという利点つきだ。」
「はぁ・・・リルも嫌がっていないように見えるから、特に問題はないが・・・。」
これが意外に効率がいいんだわ。
リルちゃんは、俺に行きたい所とか、やりたい事を耳元で言う(ちょっとくすぐったい)。
俺は、この地図に書き込んだ情報や、見落とした点をリルちゃんから聞いたり、確認したりできる(それもやっぱりくすぐったい)。
彼女は周りの手伝いをよくするコで、この辺りの色んな所を出歩いているらしい・・・だから、今回はエルフ狩りなんてメに合ってしまったんだが、彼女の地形に関する知識にかなり助けられてるってワケ。
こういうのなんて言うだんだっけ?"共生"だっけ?
「って、俺は寄生体かっ!」
「な、なんだ?!唐突に大きな声を出して?!」
思わず声に出してセルフツッコミしちまった。
イリアさんを驚かせちゃったな。
「いや、あ、次、イリアさんも背負ってあげようか?」
「ばっ、馬鹿か!!」
そういう反応だよな、フツー。
ゴマかせて良かった。
「相変わらず、仲が良さそうで良かったよ。」
ニコニコしながら、俺達の会話に入って来たのはアルムだ。
コイツには地図を作る為に外周付近を回ってもらっていた。
「お疲れさん。いいじゃんか、仲が悪いよりは。んで、なんか収穫あったん?」
「あると言えばあるが、使い道が見出せるか・・・。」
珍しく言葉を濁しながら、アルムは地図の空白部分、まだ記入されていない位置をトントンと指で叩く。
「ここに大きな岩の塊があったんだが、そこに少量の硝石が含まれていた。」
「硝石?」
よくわからんが、地図に硝石と書き込む。
書き込んでいる途中で、あぁ、なんか理科でそんな鉱物?鉱石?でありましたな、と。
「これと・・・う~ん、あと硫黄があればなんとかなるんだけれど・・・。」
硫黄。
硫黄ねぇ・・・。
「リル、知ってるかい?」
アルムの問いかけに・・・あ、知らないワケね。
リルちゃんは首を傾げる。
「知らないか・・・。」
マテよ?
そもそもそれがどういうもので、何て名前か知らない場合だってあるワケだ。
あっても、この世界じゃ違う名前だったりとか。
「えーと、地面とか岩の隙間から、温かい水・・・あ、お湯ね、湧いてる所ない?臭いがきつかったり、んーと、白っぽいとか黄色っぽいの粉というか、結晶というか、そういうのがそこにこびり付いていたり・・・。」
硫黄泉なら、解り易くていいかも知れない。
それに、俺の脳ミソにはこれ以上の知識が無いのデスヨ。
でも・・・。
「知らないか。」
返ってくる答えはNOだった。
ないものは仕方ないもんなぁ。
「黄色がかった砂なら知っているぞ?」 「本当か?!」
俺達のやり取りを遠巻きに見ていたイリアさんが声を上げ、アルムが速攻で食いつく。
「あぁ、と言っても、やや濁った黄色味だが。」
「アルム。」
「あぁ。どの辺りかな?出来れば教えて欲しい。」
ダメもとでもなんでもいい。
確認出来る事は全部して、少しでも有利になるような事はやらないとな。
なんつったって、俺等、挑戦者側なんだし。
「それじゃあ・・・早速?!」
「イリア!リルを頼む!」
俺は背中のリルちゃんを慌ててイリアさんに預ける。
その間にアルムはもう走り出していた。
悲鳴。
それが今の俺達を動かしたモノの正体。
イリアさんに抱かれ、恐怖で表情を引きつらせたリルちゃんの頭を優しく撫でると、近くに置いてあった幅広のケースを粗雑に掴んでアルムの後を追う。
「アルム!」
先行するアルムの速さに追いつくの諦めて、ケースの中から取り出したソレをアルムに向かって投げる。
「いいか!オマエは"もう誰も"殺すな!」
俺がアルムに投げたのは"木刀"だ。
これでも当たり所が悪けりゃ、人は死ぬ。
俺は・・・甘いかも知れないが、アルムに誰かを殺すなんてコト、して欲しくない。
馬鹿な俺にだって判る。
アルムはきっと人を殺したコトがある。
自分を守る為だったのか、誰かを守る為だったのか。
どちらにしろ、アルムは好き好んで誰かを傷つけるようなヤツじゃない。
そこには居た堪れない事情があったんだと俺は思いたい。
だから、誰かを守る為に誰かを傷つけ、そして自分すらも傷つける。
そんな風になってもらいたくないんだ。
もし、どうしてもそうならなければいけない状況になったとしたら・・・。
・・・・・・俺が殺る。
この旅に利害の一致があったとはいえ、巻き込んだのは俺だ。
アルムを旅の相方に選んだのも俺。
だったら、それは俺が引き受けるべき、支払うべき代価だ。
俺はケースの中からもう一本。
金属バットを取り出すと、グリップを確かめるように強く握る。
俺は戦闘に関しては素人だ。
だったら、質量に任せて攻撃できる鈍器、これでブン殴るのが、一番確実性が高い。
「急ぐぞ!」




