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捨てられ公爵夫人は、平穏な生活をお望みのようです  作者: カレヤタミエ


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557. 旅の相談5

 団欒室の前でマリーとセドリックと別れ、中に入るとレナは植物紙に何やら書き物をしているところだった。


「レナ、待たせてしまったかしら?」

「メルフィーナ様! ううん、大丈夫、です!」

「何を書いていたの?」


 嫌がる様子がなかったので手元を覗きこむと、小さなイラストが描かれた横に、丁寧な文字で注釈のようなものが書かれている。


「この間、メルフィーナ様がポンプの話をしていたから、ユーリお兄ちゃんとポンプの仕組みについて色々話してたんだ。それで、ポンプの水は空気に押されて上に出てくるけど、空気も水に押し出されるでしょう? だからこうやって水と空気の入った蓋をした入れ物を三つ用意して、管でつないで」


 レナは小さな指で植物紙に描かれた三つの容器のうち、一番上を指す。


「ここから水を入れると、水は管を通って下の容器に落ちるでしょ? 下の容器に水が入ると、この管から真ん中の容器に水から押し出された空気が入って、この空気に押されて真ん中の容器の水が管を通って上に上がって、水が噴き出すんじゃないかなって」


 メルフィーナに説明しながら、レナはカリカリと上位の容器の部分に風魔法、と書き足す。


「レナ……私は風魔法が使えないから今度ユーリお兄ちゃんと試してみようかなと思うんだけど、ここから水じゃなくて空気を押し込んで、上から出た水がまた下の容器に落ちる仕組みにして、押し込んだ空気は上から出る水と一緒に外に出ていくようにすれば、水がぐるぐる回ってずっと水が出続けているように見えるよね? 同じ仕組みを大きく作って、風の魔石で空気を送り込めるようにしたら、メルフィーナ様が前に話してた噴水に見えないかな?」

「まあ、まあ……本当ね」


 複数の密閉容器を管でつなぎ、水の位置エネルギーを利用して上部から水を吐き出すしくみは、いわゆるヘロンの噴水と呼ばれるものだ。


「これはレナが考えたの?」

「んーと、蓋をした入れ物をつないで水が出るしくみがあるっていうのは、ちょっと前にベロニカ様から教えてもらいました! でもベロニカ様も、なんでそうなるのかは解らないって言っていたから、ちょうどメルフィーナ様がポンプの話をしていたから、じゃあこうじゃないかなって考えてて」

「確かに、風の魔石で空気を送り込めばずっと水が動いているように見えるかもしれないわ。広場に大きな仕組みで作ったら、みんな驚くわね、きっと。水が出るところを壺を持った彫刻にして、壺から水が出続けるようにしたら素敵かもしれないわ」

「それなら、メルフィーナ様の像がいいなぁ。みんな毎日見に行くと思う!」


 レナは無邪気に笑っているけれど、そうした印象的な装置や仕組みは遍歴を行う職人や商人たちによって、栄えた土地の印象的な施設として人の口に上っていくだろう。


 それが領地経営であれ商売であれ、印象というのはとても大切なものだ。それが好意的で優れたものであるならなおさら、人の注目を浴びる場所には自然と資本や人的資源が集まってくるものである。


 エンカー地方はこれ以上目立つ必要がないほどすでに目立ってしまっているけれど、レナの考案した風の魔石を使った噴水を実際に作ることができたなら、大変に耳目を集めるはずだ。


 王都の中央広場あたりにこれを設置してレナがメルフィーナの像がいいと言ったものを国王の像にすげ替えれば、どれほど王家の権威付けになるか、想像すると少し空恐ろしくなるほどである。


「レナは本当に賢い子ね」


 頭を撫でると、レナは照れくさそうに頬を染めて、えへへ、と嬉しそうに笑う。


「実験するのはいいけれど、領主邸の中でやってね。これからどんどん外からの人が入ってくるから、どこで誰が見ているか分からないから」

「はい!」


 改めてレナの向かいに座り、メルフィーナが来るまで書き溜めていたらしい植物紙を見せてもらう。


 レンズを利用した植物や昆虫の細やかな観察や、魔石を近くに置いたアリの巣が翌日には無くなっていたという少しどうかと思うようなものまで内容は多岐に亘っている。一貫性がなく雑多な観察日記のようにも見えるけれど、レナが自然科学に興味があるのは伝わってきた。


「レナは色々な物を見ているのね」

「うん、楽しいし好きだし、それに、そうしてたらそのうち「鑑定」が芽生えるかもしれないって、ユーリお兄ちゃんが言ってたから」

「ああ、色々なものに触れてこれは何だろうって考えていると、芽生えやすいっていうものね」


 「鑑定」は様々な物を見聞きする貴族の子供には比較的芽生えやすい「才能」であり、メルフィーナもその例に漏れず神殿の「祝福」によって「鑑定」があるとされた。


 だが貴族でなくとも、幼い頃から商家に奉公して様々なものに触れていると「鑑定」が芽生えることがある。現在ソアラソンヌでのマリアの靴事業を一手に引き受けているニクラスなどは、あらゆる商品の真贋を見極めるかなり強い「鑑定」を持っているはずだ。


「レナは「鑑定」が欲しいの?」

「うん! 「鑑定」は錬金術師になる条件だって、ユーリお兄ちゃんが言っていたし、これは何かってすぐに分かるのは、とっても便利だと思う!」

「レナ、錬金術師になりたいの?」


 質問ばかりだなと思いつつ尋ねると、レナはううん、と考えるように小さく唸った。


「錬金術師になりたいというか、何かあったら解決できる人になりたいんだ。メルフィーナ様や、ユーリお兄ちゃんみたいに!」


 そう言うレナの目は、けれど明るい未来だけを信じてキラキラと輝く子供のものとは、少し違っている。


 目指すべき目標があり、それに向かって足掻いているような必死さを滲ませたものだった。


「メルフィーナ様、前にユーリお兄ちゃんに、魔法でできることは時間を掛ければ魔法を使わなくたって、誰にだってできることだって言ったんだよね」

「ええ、随分前だと思うけれど」


 メルフィーナが必要としているのは魔法使いだけが行える魔法ではなく、誰でも同じことをすれば同じ結果が出る体系だった技術だった。


 その説明をする過程で、ユリウスにそのようなことを言った覚えがある。


「私にできることはそんなにたくさんはないけど、時間を掛ければできることもあるのかなって思ったの。沢山見て、理解して、理解できたら自分のしたいことのためにそれを使って……メルフィーナ様やユーリお兄ちゃんがしているのって、そういうことなんだろうなって思って。だから、いろんなものをたくさん見たいし、知りたいの。「鑑定」だって欲しいし、必要なものは全部欲しい!」


 子供らしい万能感だと言ってしまえばきっとそれまでなのだろう。


 実際にはメルフィーナだってレナに見えているほど何でも易々としているわけではないし、ユリウスだってそうだ。大人になるまでに沢山傷ついたり、何かを犠牲にしたこともある。


「そう、そうなのね」


 けれど、それはレナも同じだ。

 この先、彼女は沢山傷つくだろう。

 何かを犠牲にする日もあるかもしれない。


 けれどそうなってほしくないと、レナの進む道から躓きそうな小石を全て取り除き行く道を決めることなど誰にもできるわけもない。


「レナ、レナは旅に出たい?」

「うん! 昔の生き物が石になっている谷も見たいし、水晶だらけの大きな洞穴も見たい! 海の水も舐めてみたいし、塩の塊が取れる山も、荒野だって自分の目で見てみたいです!」


 地層くらいならばエンカー地方でも探せば見つかると思うけれど、水晶や塩の鉱山は東の方へ足を運ぶ必要があるし、海もエンカー地方からは遠い。荒野に至っては浄化が済んでまばらに草が生え始めていると聞いたので、いずれ草原に変わるかもしれない。


「それでね、いつか、魔力のことを知りたいの。魔力が何か分かれば、最初から魔物を出ないようにしたり、ユーリお兄ちゃんがもう眠らなくてもいいようになるかもしれないでしょう?」

「そうね」


 聖魔石がある今、ユリウスの強すぎる魔力による肉体への影響は、おそらく抑えることができるだろう。

 けれどそれはすべてマリアありきの対処法だ。もしもマリアに何かが起きて、聖魔石の供給が途絶えれば、現在進めている北部の問題への対処法もストップすることになる。


 誰か一人に頼る魔法ではなく、誰もが同じ結果を出すことのできる技術を。

 北部を含む魔力の強い土地に住む人々を救う光に、レナはなるかもしれない。


「レナ、旅に出ても、時々はエンカー地方に戻って来てね。その時は何を見て何を感じたのか、私にも聞かせてちょうだい」


 その言葉にレナはぽかんとした後、ぱっと表情を明るくした。


「うん! たくさん聞いてね! メル様!」


 これまで呼んでいた愛称が飛び出して、あっ、と口を押えて、レナは恥ずかしそうにえへへ、と笑う。


 こんな無邪気な笑顔をずっと見ていたかったけれど、目標を持ちそれに向かって歩き出そうとしているレナに対して、それはきっと、傲慢で勝手な願いなのだろう。


 その進む道に幸いがあるように、祈ることしかできなかった。


いつもお読みいただきありがとうございます。

柑奈まち先生による「捨てられ公爵夫人は、平穏な生活をお望みのようです@COMIC」

第一巻が 2025/7/15 発売となります。

細々としたところに気を遣って頂いて私個人としても読者でありファンでもあるので

お手に取っていただけると嬉しいです!

挿絵(By みてみん)


公式サイトは下からリンクを貼ってあります。


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書籍版

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捨てられ公爵夫人は、平穏な生活をお望みのようです@COMIC【連載中】

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