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捨てられ公爵夫人は、平穏な生活をお望みのようです  作者: カレヤタミエ


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552. 女子会と雑談2

「マリア様、旅をして暮らすというのは、決して楽な生き方ではありません。自分に合わない土地が続くこともありますし、気の落ち着けない場所での滞在が続けば、心も体も疲弊します。領主様がここにいてもいいと言い、マリア様も気に入っておられるならば、時折移動するのはともかく、ここを拠点と決めたほうがいいと思います」


 そう言ったのは、背筋をしっかりと伸ばしたベロニカだった。


「それから、旅をするにしても随行員をもう少し増やした方がいいと思います。二人だけの旅というのは意見の違いで揉めた時に仲裁役がいませんし、事故や病で片方に何かあった場合、取り返しのつかない状況になる可能性が極めて高いですので。パーティを組んでいても分裂することはありますが、それでも旅先で一人きりになる可能性が低い方を選んだほうが良いでしょう」


 ベロニカは、長く旅をして暮らしていた人だ。その言葉には重みがあり、マリアも表情を硬くして聞いている。


「マリア様と騎士様の関係を見ていれば、騎士様がリードを行い、けれど決定権はマリア様にある状態であると思います。今はその関係で上手く行っているかもしれませんが、環境が変われば互いの距離感が変わるのは本当によくあることですので、まずは目的地を決めて短い旅行をする感覚で、行って帰ってくることから始めてはいかがでしょうか」

「行って、帰ってくる……」

「帰る場所があるというのは得難く、一度失えば再び手に入れるのはとても難しいものです。――私自身、経験があるのでよくわかるつもりです」


 一度故郷を失くし帰る術を見つけられないマリアに、その言葉は重く響いたようだった。うん、と頷いて、小さく息を漏らす。


「駄目だね、私、やっぱり世間知らずだ」

「相談できる相手がいるというのは、よいことですわ。あまり私が、言えた義理ではないかもしれませんが」

「ううん、ありがとう、ベロニカ」


 マリアがベロニカの忠告を好意的に受け取ったことにほっとして、長椅子の上で体勢を変え、メルフィーナはガラスのグラスに注いだ炭酸水を口に含む。


 しゅわしゅわと泡立つそれはマリアが作ってくれたもので、おそらく国中で冷たい炭酸水が安心して飲めるのは彼女の傍だけの、とても特別な飲み物だ。


 聖女の力はとりわけ特別であるけれど、例えば毎日のこの一杯のために、一生マリアを幽閉しようとする者がいると、マリアは想像もしないだろう。


 マリアの善性や楽観的な部分は決して否定するべき面ではない。だがそれを逆手にとって利用しようとする者も、この世界にはたくさんいる。


「マリア様は、最初の行き先に関してはどこか考えていたのですか?」

「うん、なんとなくだけどね。オーギュストとも相談して、まずは四つ星の魔物を順番に浄化していこうかって話してて」

「それでしたら東部はそろそろアクウァが出現する頃でしょうから、今年は間に合わないと思います。春に出発するならば、ゆっくりと国内を周遊しながら夏の滞在を目指して南部に向かい、そこで一度エンカー地方に戻り、四つ星の魔物の討伐は年に一匹を目指してみてはいかがでしょうか」

「南部かぁ……メルフィーナの実家だっけ」

「私は行ったことはないけれどね。ルドルフの任地が決まれば、そこを拠点にさせてもらえるよう連絡を取ることはできると思うわ」


 一言で南部と言ってもとても広いし、強い魔物は大規模な魔力汚染を引き起こすことを考えれば、プルイーナの荒野ほどではないにせよ、人里からプラーミャが出現するという草原までもそれなりの距離があるはずだ。


「ベロニカは、他の四つ星の魔物については何か知っている?」

「ああした大魔は、大きな都市がなんらかの理由で滅びた時に偶発的に発生するものですので、気が付いたらいることが認知されていたという感じです。プラーミャに関しては……」


 ちらり、とマリアを窺い、ベロニカは首を横に振った。


「ともあれ、私が明確に関わったのは北部のプルイーナだけです。四つ星と言われていますが他の地域の魔物はプルイーナに比べればそう強いものでも、人的な被害の大きなものでもありませんし」


 被害額やそのための労力はそれなりに大きなものだろうが、すでに一年に一度の必ず起きるものであり、その対策も確立されている現象である。


 マリアが心や体に負担をかけてまで大急ぎで対策することはないと言いたいのだろう。


「私もそれに賛成だわ。今どうしているのかと気を揉むより、いつ帰ってくるかある程度分かった方が安心だし、少なくとももう少しこの世界に馴染むまでは、行って帰ってくる、を目標にしたらどうかしら」

「うん。そうさせてもらえると嬉しい」

「パーティに関しては、冒険者を雇うことを視野にいれたほうがいいかしらね。以前荒野に行った時に組んだ姉妹の冒険者は相性が良さそうだったけれど――」

「それでしたら、わたしがマリア様に同行します」


 軽く手を挙げて言ったのは、コーネリアだった。


「わたしはある程度旅慣れもしていますし、東西南北それぞれに足を運んだこともあります。わたしのお仕事はマリア様の家庭教師ですから、適任かと」

「待ってコーネリア。その……いいの?」


 マリアは明言は避けたけれど、気にしているのはおそらく、彼女に求婚したスヴェンのことだろう。


 すでに断ったとコーネリアは言っていたけれど、彼女の抱える「負い目」は解消が可能なものだし、コーネリア自身もスヴェンを憎からず想っているのは伝わってくる。


 これまで色々なことを、大したことではないと自分から切り離して生きてきただろうコーネリアに、幸せになってほしい気持ちはメルフィーナにもある。

 コーネリアは決して軽率な人ではないけれど、マリアに付き合って流れるように生きることが果たして彼女自身の幸福になるのかは、メルフィーナにも分からなかった。


 だがコーネリアはニコニコと笑って、胸に手を当てて、宣言する


「わたしは料理長の作るお料理を心から愛しています」

「え、うん」

「だから、わたしを連れて行くマリア様は、必ずわたしをエンカー地方に帰そうと思ってくれると信じています。行って、帰ってくる。それだけなのですから」

「……うん、そうだね。コーネリアを連れて行ったら、必ず領主邸に連れて帰らなきゃいけないって、思うと思う」


 ですよね、とコーネリアは笑う。


「それに、旅は色々な目的を作ってそれを達成していくのもいいのではないでしょうか。国内を回るならば、メルフィーナ様が喜ぶようなお土産を探して回るのもいいと思います。エンカー地方では手に入らないような食材や、新しい開発に使えそうな素材を探すのはいかがでしょう」

「ああ、それは私も助かるわね! エンカー地方の開発を優先していて後回しにしているけれど、私からいくつか、依頼したい素材もあるし……。私専属のトレジャーハンターになってもらえれば、とてもありがたいわ」


 冒険者の中にも素材を収集して高く売る専門職はいるけれど、あちらの世界についての知識があるマリアならではの知識や価値観もあるだろう。この世界では無価値とされているものでも、マリアが見つけメルフィーナが考えれば、新たな利用法が見つかることもあるかもしれない。


「それ、結構、楽しそうかも」


 マリアも前向きな様子で、頷く。

 少なくともメルフィーナに迷惑を掛けたくないのでエンカー地方から出ていくというより、ずっといい形だ。


「夏までには南部に行くとして、まずは海辺の町に立ち寄ってみてはどうかしら。海産物の中から加工が可能なものがあれば、レシピを渡すから作ってみてほしいわ」

「あ、海のお魚、食べたい!」


 マリアの食いつきに、メルフィーナも頷く。


「私は牡蠣を、たまに夢に見るわ……。レモンを絞ってちゅるっといくのが好きだったのよね」


 エンカー地方は色々な資源に恵まれているけれど、海産物だけはどうしようもない。加工が発達していないこちらの世界では、それらは海辺の町の特権である。


「生牡蠣でしたら、ロマーナは名物の街がありますよ。焼きや蒸し、チーズ掛けと、色々なバリエーションで食べられています」

「牡蠣ってカキフライくらいしか食べたことないや」

「生牡蠣の良さは、私も社会に出てから知ったのよね。ワインとよく合うのよ」


 ベロニカの言葉に、ますます牡蠣の口になってしまう。コーネリアは国内をそれなりに回ったことがあるし、ベロニカは言うに及ばずだ。

 そこからどこには何の名産品があって、どこそこでは何が美味しくて、という話で少し盛り上がった。


「話がまとまってよかったけれど、春になるとますます、寂しくなってしまいそうね」


 そう呟いて、思わず隣で静かに炭酸水を傾けているマリーに目を向ける。

 それに気づいたマリーはこちらを見て、微笑んだ。


「私の居場所は、いつでもメルフィーナ様の傍ですので」


 秘書兼義妹はきっぱりとそう言って、ぱくり、と干し柿のクリームチーズ和えを口に放り込んだ。


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