第76話 共感 五
初心者マーク付きの作者です。
暖かい目でご覧ください。
目を見開いてみる。
何も見えない。
耳を澄ませてみる
何も聞こえない。
鼻を鳴らしてみる。
何も匂わない。
何も感じない。
わたしの目に映る世界は真っ白で、それ以上も以下もない。
これが天国というものなのだろうか、だとしたらまっさらでなんの面白味もない。
そんな聞く人が聞けば不敬だと激怒するような思考をして、わたしはこうなる直前の出来事を思い出す。
ヴィルくんが魔術を発動させた結果、木に雷が落ちた。
いつも目にする雷はピカッと光って、それからしばらくして音が聞こえてきて、今回はそれらが同時に来てびっくりした。
あまりに一瞬のこと過ぎて分からなかったけれど、あれなら死んだのも頷ける。
いけると、そう思ったんだけど、生き残ることは叶わなかったらしい。
そう都合よくは、いかないか。
生きたいと願った、諦めないと誓った、けれど足りなかった、届かなかった。
せっかくヴィルくんが命を掛けて守ろうとしてくれていたのに、申し訳ない。
わたしはダメだったけれど、ヴィルくんならもしかしているかもしれない。
そんな淡い希望を抱きつつ、わたしはズキズキと痛む全身から意識を逸らそうとする。
ズキズキと痛む全身から、意識を……意識を?
あれ?感覚が、痛覚が、ある?
というか痛い、全身が刺すように痛い!
とてもさておけない激痛を必死に一旦さておき、まずは鼻を鳴らしてみる。
なんだか焦げ臭い匂いがする。
耳を澄ませてみる。
「……ンナさん、アンナさん、大丈夫かい?アンナさん」
うん、わたしを呼ぶ声がする、天使かもしれない。
いや、もういいか。
最後に、目を開いてみる。
しょぼしょぼする感覚を皮切りに、だんだんと視力が戻ってきた。
三度のまばたきの後に映ったのは、晴れた空に点在する雲から覗く天使のはしごと呼ばれる光、それから泥に汚れながらもそれ以上に輝くサラサラの銀髪、安堵の表情。
その逆さの表情を見て、わたしは理解する。
――全て、解決したのだと。
「終わった、んですね」
「うん。もう大丈夫だよ。アンナさんを襲う危機は全て去った。僕達の勝ちだ」
「そうですか。……そっ、か」
碌な言葉が出てこない、けどこれでいい。
戦いの後にまで気を配ることはない。
今のわたしは正座をするヴィルくんの膝に背を預けていて、頭は丁度ヴィルくんの胸のあたり。
無事な心臓の音がよく聞こえる位置にある。
規則正しいヴィルくんの無事な心音を聞いていると、なんだか気持ちが安らぐ。
今日一日の精神的な疲れがほぐれていくみたいだ。
「ヴィルくんは無事ですか?」
「ちゃんと生きてるよ。あちこちボロボロだけどね」
「そうですか…………え?」
ちらと、自分の体を見る。
見えるところに外傷はなし、泥だらけだけど袖をまくってみても傷はない。
じゃあこの全身の刺すような痛みは?
――違う、これはヴィルくんの痛みだ。
「うわっ!」
慌てて体を起こし、振り返る。
わたしの目に映ったヴィルくんは、それはもう酷い有様だった。
まず全身が泥だらけ、まあこれはわたしと大差ない。
問題は全身の傷。
さっきまでの戦闘での外傷に加えて、最後の落雷で服はボロボロ、露出した肌からは火傷が覗いている。
こんな酷いケガで、わたしはヴィルくんに気遣わせたのだ。
「ごめんなさい!気付かなくて……す、すぐに治療しますから!」
「ああ、そんなに焦らなくても良いから、落ち着いて」
何ともないように抑えて、と両手を動かすヴィルくんだけど、これが落ち着いていられるものか。
逆にこれだけ痛い思いをして、どうしてこんなに普通でいられるのか。
ヴィルくんの抱えている痛みは、わたしも文字通り痛いほどよく分かる。
きっとやせ我慢をしているのだろう、男の子だから。
むしろ、満身創痍でこんな気遣いをさせてしまう、わたしに問題があるのかもしれない。
もっと、ちゃんとしないと。
「疾く癒せ、『聖の腕』」
上級治癒の短縮詠唱を唱えた瞬間、肉体を癒す治癒の光があふれ出した。
ヴィルくんはどうしてか治癒魔術が効きにくい体質だけど、わたしの腕とこれだけの出力と、時間があれば十分足りる。
流石に即効とはいかないけど、じわじわと傷は癒えてきている。
それにしても深い傷だ。
ただの切り傷や擦過傷はともかくとして、やけどは肉の深くまで届いているものもあった。
どうりで痛むと思った。
それからゆっくりじっくり、時間を掛けて魔術をかけ続けること五分くらい。
ちょうどいつもより一層丁寧な治療を終えたあたりで、グラシエル先生が到着した。
「っ!これは……」
森から姿を見せてすぐ、先生は辺りを見回して目を丸くした。
もし丘中に焼け焦げた死体が転がっていて、黒くなった木の傍に生徒が二人いれば、そりゃ驚くだろう。
わたしだって驚いた、というか驚いている。
ヴィルくんの近くには黒焦げのナニカが転がっていて、その量的には最後にわたしたちを殺そうとしていた人数分と同じくらいだった。
今まで治療に必死で気づいていなかったけど、気付かなければよかったと後悔している。
あまり近くで見たくはない。
先生が近づいてくる。
「お前達は無事か。格好は酷い有様だが、怪我はアンナが治したか。こいつらはお前が?」
「ええ。正確に言えば雷が、ですが」
「やはりか。お前達にこの出力は出せんだろうからな。とても偶然とは思えんが、何をした?」
「そこの大樹だったものに『招雷』の刻印を刻みました。霊脈から汲み上げた魔力の変換と発動魔力の確保に時間が掛かりましたが、上手くいって良かったです。こればかりは天候を変えてくれた敵の協力者に感謝ですね」
「しれっと授業で教えていない事をするな。それにしてもまさか当校が依頼した天候術師が裏切るとはな……。本人はしきりに無実を主張していたが、天候操作の術式に使用された魔力と術者の魔力が一致した。死罪は免れ得んだろう」
「その前に詳しい話を聞かないといけませんね。色々と不可解な点も多いですし」
あれだけの激戦の後だというのに、ヴィルくんは普通に先生と話している。
やっぱりヴィルくんはすごい。
わたしはといえば地面に座り込んで二人の様子を見ているだけで、もう動きたいとも思わない。
二人の話の内容も、ほとんど頭に入ってこない。
疲れた、本当に疲れた。
「ここで話すのもなんですし、続きは一度皆の所に戻ってからでもよろしいでしょうか。僕の予想では山頂とそう離れてはいないと思うんですが」
「よく分かったな。ここから山頂まで大体五分くらいだ。……馬車を寄越そうか。近いとはいえ疲労もあるだろう」
ん?二人がわたしを見ている、なんだろう。
と考えて、確かみんなの所に行くという話になっていたのだと、鈍い頭で思い出した。
なんだか気遣われているのを感じる。
けど流石に五分程度の距離で馬車に来てもらうのはちょっと。
気が引ける。
「あ、わたしは大丈夫です。五分でしたよね、歩けます」
「そうか?無理はするなよ。ヴィルはアンナに付いてやれ。私は少し周囲を見て回ってくる。この様子だと流石に伏兵は控えていないだろうがな」
「分かりました。それではまた後程」
先生にそう言ってから、ヴィルくんがわたしに手を差し伸べてくれる。
それが少し恥ずかしく思えて、おっかなびっくりにその手を取る。
引き上げる腕はとても力強くて、わたしは楽々と立ち上がることができた。
さっきも思ったけど、ヴィルくんと手をつないでいる時は体が軽い気がする。
これならあともう少しは歩けそうだ。
「肩、貸そうか?」
「!?い、いや、いいです!大丈夫!」
「そう?僕は気にしないから、気を遣わず言ってね」
「はい。大丈夫、大丈夫……」
これ以上密着するのは恥ずかしすぎる。
そう思ってチラッとヴィルくんの様子を窺っても、本人は本当に気にしていなさそうだ。
何という滑稽さか、自意識過剰かもしれない。
それでも、到着する少し前には手を放してもらおうと、ヴィルくんの手を握るわたしは心の中で決めた。
長い一日が、終わった。
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