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第64話 アンナの休日 二

初心者マーク付きの作者です。

暖かい目でご覧ください。


「……というわけで、あの店はあまり大きな声では言えないんですけど粗悪品が多いので、気を付けてくださいね」


「そうだったんだね。僕一人なら間違い無く外観に騙されて入店してたよ」


「そう言ってもらえるとわたしが失敗した経験も報われる気がします。それで、あの店は……」


 多くの人で賑わう商業区、数多くの店が軒を連ねる大通りを、アンナの説明を聞きながらヴィルは歩いていく。

 アンナは初めこそ緊張気味だったが、自分の話をしている内に慣れてきたのか、今では普通に友人と呼べるくらいには打ち解けていた。

 これも、学外演習の班としてこつこつ行動を共にしてきた成果か。

 その成果の一つという訳では無いが、こうしてアンナと話をしていると一つ彼女の趣味というか、悪癖というかについて、ヴィルは知る事になった。

 それは、アンナが購入癖とでも呼ぶべき性質を持っているという事だ。

 アンナ曰く、気に入ったものを見つけるとその衝動を抑えきれなくなり、気が付いた時には買ってしまっているのだという。

 しかも買う品に規則性のようなものはなく、自分でもどのような物を気に入るかは分からないのだそうだ。

 事実、ヴィルが今持っているアンナが買ったものは統一されておらず、実にバラエティに富んでいる。

 世の中には、何かを購入する事でストレスを解消し欲求を満たす人がいると聞くが、アンナのような人がそうなのだろう。

 もっとも浪費家という訳では無く、「極端に高価なものは買わないですね。貴族だからといって、家のお金は使わないように決めているので」とはアンナの談である。

 では、学園から平民向けの資金援助を受けられないアンナが、どうやってお金を工面しているのかというと――


「わたしはこれでも家のツテで治癒のお仕事をしたりすることもありますから、お給金を頂いているんですよ?全報酬の二割ですけど、ほとんどが貴族の方なのでそれでも結構もらえるんです」


「それは、貴族からの家を通した正式な依頼という事?」


「はい。わたしの場合はご高齢の方が多くて、大抵は体の痛みとかちょっとしたケガとか、ひどくて骨折程度なんですけど、治癒魔術の適性が高いと治療も早く済むので贔屓にしてもらってます。お父様も、きっといい経験になるからと」


 確かに、魔術が実践で伸びるという事はままある。

 ヴィルもそうした経験を持っていたし、ヴィルが知る限り最高の治癒術師であるナリアも同じ事を言っていた。

 アンナに身の危険がない貴族からの依頼は、彼女にとって良い『実践』の機会となっている事だろう。

 しかも金と治癒を通じて、貴族同士の繋がりまで形成される。

 資金調達と成長、そして人脈の構築を兼ねた一石三鳥の策。

 シャバネール子爵家の当主は中々に強かな人物らしい。

 そんな話をしつつ歩いていると、次のアンナお目当ての店に到着したようだ。


「ここは古物商でして、何度か来たことがあるんですけど結構いい品があるんですよ」


「へぇ、アンナさんは古物も買うんだね。何を買うの?」


「えーと、一応お目当てとしては本とか小物類ですかね。もちろん古物商なので売ってる品次第ではあるんですけど」


 苦笑気味に言うアンナの表情はワクワクという言葉が良く似合い、今から入る店への期待に逸る気持ちが隠しきれていない。

 そうして二人は店内へと足を踏み入れた。

 外の喧騒が嘘のような静かな店に入るとまず目につくのは、所狭しと並ぶ様々な商品の数々だ。

 棚には大小様々な商品が置かれ、見た目も価値もまるで統一感が無い。

 その中には、用途のよく判らないものも多く並んでいる。

 中にはヴィルの知識の中に無いような形状のものもあって、見ているだけで興味を惹かれる。


(これは一体どういう仕組みで……こちらは家にあるものと同系統だが形が違う……)


 アンナが品物を物色する傍らで同じく見て回るヴィル。

 こうして未知に溢れるこの古物商という場は、知識欲旺盛なヴィルにとって意外にも相性が良いのかもしれない。

 そうしてヴィルが存分に知識を満たしていると、入店して十分も経たないにも拘らず既に買う商品を決めたらしいアンナが、両手に品を持って様子を見に来た。

 その顔にはちょっとした安堵が浮かんでいて、


「ヴィルくんにも楽しんでもらってるみたいでよかったです。ずっと不安だったので」


「ちゃんと満喫できてるよ。アンナさんはもう買うもの決めたの?」


「はい。というかもう買っちゃいました……」


「早いね?一体いつの間に」


「ここの店主さんは無口な方ですから」


 ちらとはにかむアンナ越しに奥を見れば、白髪の老人が店の商品を整理しているのが見えた。

 見るからに気難しそうで静かな人物だが、それがこの店の雰囲気作りに一役買っている。

 今度また誰かを誘って来ようかと考えつつ、ヴィルも数点古物を購入して二人は店を後にした。


「次はどこに行くの?」


「えーと、次に向かうのはあそこです」


 アンナは通りの先に見える大きな建物を指差す。

 それは王国でも有名な平民向けの服飾店で、ヴィルも名前だけは聞いた事があった。

 服を買うにあたって必ず行こうと考えていた店だったのだが、まさかアンナに同行して同じ店に行く事になろうとは。


(もしかすると合わせてくれたのかもしれないな)


 ここまでの道中で、ヴィルはアンナに元々の今日の目的も話していた。

 人の心の機微に敏感なアンナがその事を覚えていて、気を遣ってくれていたとしても不思議ではない。


「――ありがとうね」


「?どういたしまし、て?」


 突然のお礼の言葉に疑問符を浮かべつつも笑顔で返すアンナ。

 そんな彼女に微笑み返しながら、ヴィルはアンナの後に続いて歩を進める。


「いらっしゃいませ!」


 店内に入るなり元気な声に出迎えられ、店員がアンナの傍にすり寄って来る。


「失礼ながら貴族の方とお見受けしますが、本日はどのような商品をお求めでしょうか?」


「え?あ、いや、その、」


「特にお目当ての品がないようでしたら、こちらでお勧めさせて頂いてもよろしいでしょうか」


「あ、えっと、あの、えーと……」


 戸惑うアンナに構わず、ぐいぐいと迫ってくる女性店員。

 人見知りをするアンナは怯み気味だが、特段人と接する事に抵抗を感じないヴィルもまた気圧されていた。

 満面の笑みで、完璧な所作で、自らの店の商品を買ってもらおうという意思をひしひしと感じる。

 思いやりを内包しつつも商魂逞しい、貴族であるヴィルはそうした店員の態度に慣れていないのだ。

 だが――


「申し訳ありません。自分達で見て回りたいのでお断りします」


「あ……そ、そうでしたか。何かあればお申し付けください。それではごゆっくり」


 しかし気圧されたとはいっても、一瞬の物珍しさ故だ。

 嫌味無く微笑むヴィルに言われ、若干頬を赤らめつつ店員が引き下がっていった。

 人が離れた事で落ち着きを取り戻したアンナが、顔を伏せ気味に口元を寄せる。


「ごめんなさい。自分で行きたいと言っておいてなんですけど、やっぱり初対面の人と話すのは苦手で」


「気にしないで。これでゆっくり見て回れるしね」


 これで落ち着いて……と考えたヴィルだったが、アンナはどうにも周りの視線が気になるようだった。

 先の店員もそうだが、店内にいた客からの視線も集めているからか。

 普段から見られる事に慣れているヴィルは、最早気にも留めていないのだが。


「なんか、すごく見られてる気がします」


「ごめんね。多分だけど僕のせいだ。僕って外を歩いてても結構目立つから、迷惑を掛けるね」


「あ、全然。ホント、気にしてないですから」


(気になるんだろうなぁ)


「それにしても、どうして貴族だってバレたんでしょうね。わたしは学園の制服ですし、ヴィルくんも私服なのに」


「もしかすると僕がいたからかもしれないね。ほら、こんな荷物だし、付き人みたいじゃない?」


 殆ど手ぶらの名門制服女子に、傍に控える荷物持ち執事。

 貴族にはありがちな光景だ。


「た、確かにそうかもですね。わたしはてっきり……」


「てっきり?」


「い、いえ、何でもないです忘れてください……」


 消え入るように言うアンナの顔が赤いのは、直前で言い止めた内容に関わる事だろう。

 それから二人は、ゆっくりと時間をかけて店内を見て回った。


「あ、あれとか似合いそうですよ」


「うん?どれの事?」


「ほら、あのマネキンが着てるのなんてどうです?」


 アンナが気になった商品があれば手に取って見せ、それを二人で吟味する。


「これはどうかな?」


「すっごく似合ってます!やっぱり素材がいいとどんな服でも映えますね」


 良しと判断した服は実際にヴィルが着て見せ、さらにアンナが吟味する。

 そんな風にしていると時間はあっという間に過ぎていき、いつの間にか太陽も傾き始めていた。


「これなら……こっちの服と組み合わせたらもっと良い感じになりませんかね」


「なるほど。じゃあこの服も買わせてもらおうかな」


「はい!」


 こうして二人は互いに意見を出しあいながら、ヴィルは何点もの衣服を購入した。


「ふぅ、結構買ったね。ごめんねアンナさん。僕がアンナさんについて行くって話だったのに、結局僕の買い物に付き合わせて」


「いえいえ。わたしもこうしてお目当ての服を買えましたし、荷物もかなり持ってもらっちゃったので当然です」


「そう言ってもらえると助かるよ」


 今日購入した商品(大半がアンナ)が入った紙袋を持ちながら、ヴィルは隣を歩くアンナに微笑む。


「今日は僕の我が儘に付き合ってくれてありがとう。とても楽しかったよ」


「こちらこそありがとうございました。荷物の事もそうですけど、誰かと買い物に出かけるのは本当に久しぶりだったので、すごくうれしくて」


「そうなの?」


「はい。お屋敷にいた時ははお勉強とかお仕事とかで外出する機会自体が少なかったのもありますけど、買い物に出てもメイドさんとなので、なかなか気軽に話せないと言いますか」


「ああ、それは分かる気がするな」


 ヴィルも経験のある話で、貴族の身分では歳の差もそうだが、身分の差も人との関わりを阻害する要因になる。

 ヴィルはまた特殊な立ち位置ではあるが、アンナも同じような経験があったのだろう。

 つまりは同年代の友人が少ないのだ。


「だからこうやって同い年の人と一緒に出掛けられて、人のお洋服を選んだり、お話したり、とっても新鮮でした」


 ――そう言い切るアンナの笑顔には、さしものヴィルも見惚れてしまった。

 瞳を輝かせて笑む彼女の表情は、まるで幼子のように無邪気で、それでいて女性の魅力があって。

 最早当初の固さは微塵も感じられない。

 今日の買い物を通して友人と認め、心を許してくれた結果だろうか。

 やはり、アンナは笑っていた方がずっと魅力的だと、そう思った。

 それから寮へと帰る二人は、友人の距離で話しながら夕暮れに染まるベールドミナを歩いていく。

 とはいえ急激にアンナの対人スキルが上達する訳もなく、道中はヴィルから話題を振る事が多かった。

 もっとも、能弁という方でもないヴィルとここまで話せているのだ、上達も時間の問題だろう。

 ニアやリリアのような生徒達から、どんどん学んでいって欲しいと願う。


「それじゃあここまで、ですね。結局寮まで運んでもらっちゃって、すみませんでした」


「気にしないで。これ荷物ね。それじゃあ、僕はこれで」


「はい。今日はどうもありがとうございました」


 最終的にSクラス寮まで荷物を運んだヴィルは、そこで男子寮と女子寮それぞれに別れる事に。

 ぺこりと頭を下げるアンナに軽く手を挙げ、ヴィルも自分の部屋へと帰宅する。

 部屋に入ったヴィルは早速今日購入した服を取り出し、クローゼットに順次収納していく。

 夏も見据えた今回の買い物で、当分は服装に悩まされる事も無くなるだろう。

 整頓を終え汗ばんだ私服から、夕食に向けて制服に着替え始めるヴィル。

 脱いだ衣服は籠に入れ、後から纏めて洗濯をする事にする。

 この暖かい季節にあれだけの荷物を持って歩き回ったのだ、自然と汗ばむのは仕方がない。

 それが無くとも学内では制服が推奨されているので、着替えていた事に変わりはないが。


(それにしても……)


 今日は予期せぬ幸運に恵まれた日であった、と思わずにはいられない。

 もし男達に絡まれるアンナに出会えていなければ、服選びに難航したヴィルは休日の殆どをふいにしていただろう。

 それがアンナとの出会いによって、充実した一日を送る事が出来たのだから、これを幸運と言わずして何と言おう。

 更に言えば、あの一悶着のお陰でアンナとの関係をより深める事も出来た。

 アンナに不快な思いをさせた彼らの所業は許し難いが、この一点だけは感謝しても良い。

 ここまで積極的にアンナと接点を持ってきたヴィルの苦労も、少しは報われるというもの。

 同じ班員として、これでより円滑に四日間の学外演習を迎えられる。

 最後に制服の上着に袖を通し、ヴィルはベッドに腰を下ろした。

 腰掛けたヴィルの足元の傍には、既に纏められた荷物がある。

 今日は日曜日、週明けの明日はいよいよ学外演習の始まり、学園を発つ日だ。


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