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第56話 隣人と班員 二

初心者マーク付きの作者です。

暖かい目でご覧ください。


「ほえー、ジャックんと部屋隣なんだー。あの子ぜぇぜん目ぇ合わないけど話すと面白いよね」


 座り込んでケラケラ笑うリリアを見て、全く同意だとヴィルが頷く。

 Sクラスは朝から濃密な座学を終え、今は実技の授業と学外演習に向けた体力づくりを兼ねて校庭の走り込みを行っているところだった。

 授業と言っても走り込みのペースや距離は班ごとの判断に委ねられており、運動が得意な班は最初から速く長く、逆に不得意な班はゆっくり短く走れば良いという比較的楽な授業内容となっている。

 とはいえ手を抜いて苦労するのは自分達なので、クラスの全員が手を抜く事無く授業を行っていた。

 それはヴィルの班も例外では無く、今は走った後に休憩を取っている最中という訳だ。

 リリアやアンナのような運動が苦手な班員に合わせて休憩の割合を多くしつつ、ヴィルとクロゥは速く短く走る事で体力の増強を図っていた。


「でも意外だなぁ。うちと話した時は口数少なかったのに~」


「それは大人数で話しかけたりしなかった?多分ジャックは大人数相手には腰が引けてしまうんじゃないかと思うんだ。今度一人で訪ねてみれば喋ってくれるかもよ」


「なーるほど、それいただき!あとで話しかけてみよー、っと」


 腕の勢いで起き上がり手に付いた土を払うと、休憩を終えて再度走るつもりなのか、リリアが伸びや屈伸を始める。


「そいや、ジャックんって、今回、どこの班、だっけ?」


「クレアの班だね。他の班員はカストールとフェローだったから、個人の速さで言えばあの班が一番早いんじゃないかな」


「くじ運強!……あ、ヴィルっち。今度クレアさん紹介してくれない?まだ喋ったことなくてさー。うちの目標が夏休みまでにクラス全員と仲良くなることだから、はやく攻めたいんだよ。もうほとんどの子は元々知ってるか話したかしたしね!」


 このリリアの発言には、ヴィルも素直に驚く他無い。

 まさか学園に通い始めて二週間で、そこまで交友関係を広げているとは。

 人との繋がりを重視する貴族とはいえ、これも一種の才能か。

 それと彼女の人徳の成せる業だろう。


「了解。早めに話しておくよ」


「やった!そんじゃ行ってきまーす」


 再び走り出したリリアの背中を見ながら、自分も負けていられないと軽く足を動かすヴィル。

 先の走りの疲れも取れ、再度走り出すのに些かの支障も無い。


「クロゥもどうだい?そろそろ疲れも取れた頃だろう?」


「フ、問題無い。時は満ちた。参ろうか」


 不敵に嗤うクロゥの様子からは先程までの疲労が全く感じられず、寧ろ気力に満ち満ちている。

 小柄な見た目とは裏腹に、体力には自信があるようだ。


「アンナさんはどうする?もう少し休んでいくかい?」


「……そ、そうですね。もう少ししたらわたしも走るので、お先に、どうぞ」


 そう言うアンナは地面に座り込んだままで、見るからに疲労困憊といった様子だ。

 まだ少し走った程度なのだが、自己申告の通り運動が苦手なだけでなく体力も無いらしい。

 だが本番ならともかく、今回の学外演習はあくまで重装備での登山に慣れる事だ。

 速さが求められるわけでもないし、体力もこれからつけていけばいいだけの話である。


「分かった。気にしないで自分のペースで、ね」


 申し訳なさそうにするアンナに優しく声を掛けつつ、ヴィルとクロゥが走り出す。

 先はああ言ったが、これまでの人生で人より多くを経験してきたヴィルも、流石に重装備で山を登った記憶は無い。

 大体このくらいだろうという想定はあるものの、気を抜いていては足を掬われてしまう。

 何事も全力で行うのがヴィルの流儀であるし、体力が付いているに越した事は無い。

 最初はゆっくり、身体を驚かさないよう、負荷を掛けないよう準備運動のつもりで。

 次第に速度を上げ、ペースを維持できる限りの速さで、魔術無しで身体を動かしていく。

 やがて体が温まってくると、最終的には魔術を使い強化するのではなくその逆、弱化を掛け負荷を掛ける事でより効率的に肉体を鍛える。

 この一連の流れは、ヴィルがシルベスター邸で行ってきた訓練方法と全く同じ。

 慣れ親しんだものであるが故に、その効果についてもヴィルは良く知っている。


「ふっ……ふっ……ふっ……」


 変に息を乱さないよう、リズムを保って呼吸をする事も忘れてはならない。

 その事を知らずに運動すればどうなるか、ヴィルは幼い頃の経験からそれを知っていた。

 それにしても、と隣を走るクロゥを見てヴィルは思う。

 ヴィルは今魔術で自分の身体に枷を着けて走っている訳だが、それでも一般的に見れば相応の速度で走っているのだ。

 この年齢で、しかも女性ながら銀翼騎士団(シルバーナイツ)トップクラスの身体能力を持つヴィルと並走するとは、生半可な鍛え方ではない。

 勿論魔術による身体強化を使っていない訳では無いのだが、隣に居ればクロゥのそれが全力と程遠い事が容易に知れた。

 ――余談だが、通常の魔術師は他人の保有魔力量や身体強化に使っている魔力量について、正確に把握する事はほぼ不可能とされている。

 魔力測定の時に使用した専用の魔術具や、それに類するクォントがあれば話は別だが、それ抜きでは長年の経験や勘でしか推し量る事が出来無い。

『肉体は魂の器、肉体は魂の聖域』、それが世界の理だ。

 だが、ことヴィルの空間把握能力『第二視界領域(プライベート)』に関しては例外だ。

 エネルギーという複雑かつ、世界の根幹に関わる概念を操作できる魔術特性を持つヴィルは、通常の魔術師が持つ術式範囲(魔術発動の起点を作れる範囲であり、副次効果として魔力の流れを大まかにだが把握する事が可能)に比べて、より詳細な情報を正確に拾う事が出来る。

 最早クォントといってもおかしくない性能だが、『第二視界領域(プライベート)』は全ての魔術師が持つ術式範囲の能力拡張版に過ぎず、それ故にヴィルはこれを既存のどれにも当てはまらない異能として認識している。

 ヴィルの空間把握能力が拾う情報は風や水の流れ等の運動、熱、光と様々だが、今回の場合はクロゥの消費魔力量を視る事で身体能力の度合いを測ったという訳だ。

 ――閑話休題。

 ヴィルが小柄な見た目に見合わず体力のあるクロゥに感心していると、思ったよりも余裕があるのか、手持ち無沙汰のクロゥが横目を向ける。


「フ、流石、と言うべきか。此の我と並走しようとは……」


「冒険者もやってるし、毎日鍛えてるからね。走るのも嫌いじゃないし」


 そのヴィルの発言に、クロゥは自嘲混じりの笑みを浮かべ、ここではない、どこか遠くを見ていた。


「ああ、懐かしいな。汝は憶えているか?二人フェラリアの地を駆けた事を。あの頃の世界はまだ魔力も濃く、魔術でなく魔法が飛び交っていた。あれは実に良い時代だった」


 当然の事として、ヴィルにはさっぱり覚えがない。

 だが走っている内に、ヴィルは以前読んだ本の中に良く似た話があった事を思い出した。


「もしかしてだけど、『銀閃と黒狼』が元になっていたりしないかい?」


「ッ!?……よもや、よもや我の他に彼の物語を知る者が居ようとは……」


 ヴィルとしては只の推測を話しただけだったのだが、どうやら正解だったようである。

 それだけでなく、クロゥはいたく感動したように瞳を潤ませてヴィルの方を見ており、その姿が班の自己紹介の時のクロゥと同じに見える。

 ヴィルはまた何か彼女の琴線に触れてしまったらしい。

 それから咳ばらいを一つ、クロゥは気を取り直して、


「……あの物語、好きなのか?」


 訂正、クロゥは気を取り直し切れておらず、口を尖らせ何でもない風に装いつつ瞳に期待を隠し切れていない。

 意外というかなんというか、クロゥは感情面で素の出てしまうキャラのようだ。

 ヴィルは正確な呼吸を保ちつつも、与えられた質問についてそうだねと考え、


「特別読み返したという訳でもないけど、結構好きな部類のお話だよ。クロゥこそ良く知ってたね、あれ結構マイナーな物語だと思ってたんだけど」


 そう返すと、目を一際輝かせたクロゥが豹変した。


「そうなのだ!我も数々の冒険譚を読み世界に触れてきた歴戦の読者(戦士)ではあるが『銀閃と黒狼』が一番好きでな、中でも物語の最後主人公のレギンと黒狼のミナが共に戦場を駆け魔獣共を狩る場面等はそれはもう何度も読み返したものよ。しかし惜しむらくは汝の言う通り知る者の少ない事よな、あれ程心躍る物語は他に無いというのに。ぜぇはぁ……」


 興奮冷めやらぬ様子で語るクロゥだったが、すぐに呼吸が乱れ始める――走っているのだから当然だが。

――『銀閃と黒狼』というのは神話の時代を描いた冒険譚なのだが、前述の通り知る者の少ない物語であり、蔵書数の多い施設でもお目に掛かる事が滅多に無い本である。

 内容としては、シルベスター家の始祖であるレギン・シルバーと、黒狼の二つ名を持つ冒険者のミナが物語の主人公で、その二人が様々なクエストやダンジョンに挑むという、よくあるありふれた話なのだが、この本の特徴としてとにかく戦闘の描写が多いのだ。

 導入部分がダンジョンでの魔獣との戦闘から始まり、クエストで戦闘、ダンジョンで戦闘、挙句の果てに街中ですら酔った末に戦闘という有様。

 そんな独特な書き方が一部にコアな愛読者を持つ作品なのだが、如何せん需要が少ない為に発行部数も少なく、既に増産が停止している為入手も困難だ。

 増産が停止した理由として挙げられるのは、まずレギン・シルバーについて描かれた作品が多過ぎる事だろう。

 通常の小説を始めとして王国の保有する歴史書、叙事詩、歌、童話、果てはゼレス教の神話にまでレギン――初代勇者は登場しており、そのどれもがレギンを主人公とするものばかりであった。

『銀閃と黒狼』もまた例に漏れずレギンを主人公としているのだが、致命的な欠点として、事実であるとされている他の作品と矛盾点が生じてしまっているのだ。

 特に矛盾が激しいのがクロゥも語った物語の最後、『銀閃と黒狼』では魔王との決戦の際、レギンはミナと共に魔獣のみを倒して戦いを終えるのだが、ゼレス教の神話ではレギンは勇者として魔王を討ち果たし、終戦の英雄として語り継がれている。

 世界宗教たるゼレス教が認める神話と普通の小説、どちらがより信憑性があるかは一目瞭然。

 そんな訳で創作小説の海に沈んでしまった作品なのだが、これほどの情熱を持つ愛読者が近くに居るとは。

 ヴィルは再度『銀閃と黒狼』を読み返す事を決めた。

 ちなみに先の記憶に無いクロゥの発言は、物語の中でも稀なレギンとミナが草原を駆ける日常を描いたシーンと、ヴィルとクロゥの今を重ねた創作である。

 髪の色からして配役はレギンがヴィル、ミナがクロゥであろう。

 初代勇者の直系であるヴィルからすれば、こうして当てはめられた偶然には少し驚くものがあったが。


「だが難義な事に、幼い頃本を無くしてしまってな。あれだけ読み返して大切に扱っていたというのに、一体何処へ行ったというのか……。あれ以来一度も読めておらず、何軒も書店を巡ったのだが収穫は無し。此の頃図書館を漁っているが、本の山に屈するばかり……」


 拳を握り、今にも何かにぶつけそうな程心底悔しそうな表情を浮かべるクロゥ。

 再度言うが、現在二人は走っている最中なのであり、決して座って雑談をしているのではない。

 そんな中でも速度を維持しながらも器用に感情を表すのは、クロゥの優秀さの証と言えなくも無い。

 ヴィルはクロゥの言葉を聞きながら、ふむと考える。

 確かに王国でも最大の蔵書数を誇る王立図書館で、たった一冊の本を探し出すのは容易な事では無い。

 厳正に管理されている以上、時間を掛ければ見つかるだろうが、学業に多忙の身であまり多くの時間を割く訳にもいかないだろう。

 故にヴィルの同志たる一人の読書家に本を貸す事に、些かの躊躇も無い。


「なら僕が読んでたのを貸してあげようか?」


「何!?まさか汝の読んでいた本は借り物ではないのか!?てっきり何処かで借りた物なのだとばかり……」


「正確には僕の所有物じゃなくて孤児院の院長の私物なんだけどね。けど事情を説明すれば貸してくれるはずだよ」


「なんと!!」


 クロゥがここ最近で三度目の輝く目を披露する。

 正確には院長の私物ではなくシルベスター家所有の物なのだが、この場で言及する必要はない。


「ぜ、是非、是非貸してくれ!ハアハア、漸く『銀閃と黒狼』を、ハアハア、再びこの手に、ハア、ハア、出来る、とは……ぐはぁ」


 ……繰り返し言うが、現在二人は走っている最中なのであり、そんな時に舞い上がれば息が切れる事は必定。

 その後ヴィルは座り込んだクロゥを介抱する羽目になり、実技を授業を終えたのだった。


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