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第46話 月夜行軍 二

初心者マーク付きの作者です。

暖かい目でご覧ください。


 ガタンと一際強く馬車が跳ね、車内が大きな揺れに襲われる。

 時々浮いているような、と形容しても違和感の無い揺れがある程の悪路だが、馬車の中に居るのはいずれも、鍛えられた銀翼騎士団(シルバーナイツ)の精鋭騎士ばかり。

 ただそんな中にも揺れに弱い者は居る訳で、その人物は馬車の跳ねる度に声を上げていた。


「う!きゃあ!」


 本人的には頑張って抑えているつもりなのだろうが、声に加えて振動で左右に激しく揺さぶられて、両隣の人に何度も体をぶつけてしまっている。

 と言っても、それは両隣が二人掛かりで振動を抑え込んでいると言う方が正確なのだが。


「大丈夫かいムーナ。この前の嵐からこの辺は道が相当荒れてるみたいだ。ニアは大丈夫?」


「うーん!てかすっごい揺れる!お尻が痛い!」


「普段使われてない道だから仕方ないけど、これは確かに辛いかもな」


 そんなレイドヴィルの呟きも、激しい揺れに伴う轟音が完全に掻き消してしまう。

 レイドヴィルとニアに挟まれるようにして座っているムーナが、辛うじて聞こえたかどうか。

 先程歴戦の騎士達が乗っていると言ったが、その騎士達も揺れに耐えるのに必死といった表情だ。

 少しでも気を抜けば、馬車の中で転げ回る醜態を晒してしまいかねない。

 夕方頃にシルベスター邸を出発してしばらく、突入班を乗せた馬車と離れる事五分でこの惨状だ。

 このまま進めば間に合わないという事はないだろうが、馬車の耐久面には不安が残る。

 車輪が外れたり馬車が破損する事になれば、それこそ作戦時間に間に合わなくなるのだから。

 そんな心配をしていると、平地より速度を落としながらも走行していた馬車が動きを止めた。


「レイドヴィル様!流石にこの悪路ではこれ以上の行軍は不可能です。予定地点まではあと少しですし、ここからは徒歩で行きたいと思うのですが、如何致しましょう」


 御者を務める騎士が馬車の扉を開けてそう進言し、レイドヴィルの判断を仰ぎに来た。

 正直あと数分経ってこの発言が無ければ、レイドヴィルの方から提案するつもりだったので、ナイスタイミングであると言える。


「そうだね、そう判断したなら任せるよ。念のため向こうに十分くらい遅れる連絡を入れておくけど、構わないよね?」


「そうですね、急ぐと怪我の可能性も増えると思いますし、妥当な判断だと思います。それでは指示をお願いします」


 レイドヴィルは御者の言葉を受けて軽く息を吸い込み、


「全員聞いての通りだ。僕達はこれより目標地点まで徒歩で移動する。御者ともう一人馬車に残して移動する事になるから、今直ぐ荷物を纏めてくれ」


「「「「了解!」」」」


 レイドヴィルの指示に従い、全員が速やかに馬車を降りる準備を始める。

 その合間に突入班への連絡を済ませ、レイドヴィルも遅れないよう荷物を纏める。

 とは言っても、持っていく物は自分の剣と霧相の面くらいのものだ。

 そしてそれも場所を取らないよう元から纏めて置いておいたため、ただ装備するだけでレイドヴィル自身の準備は終わってしまった。

 そうして手持ち無沙汰になってしまったところで、レイドヴィルは改めて大型に分類される馬車の中を見渡す。

 そこに居たのはレイドヴィル、ニア、ムーナを含めて七人。

 加えて外に二人居て九人、そこから馬を見る役目で二人抜けるので計七人での作戦となる。

 正直ムーナと天候を操作する術師の護衛には過剰戦力気味なのだが、それ程にムーナの魔術が重要視されているという事だ。


「全員準備は良いね。それじゃあ出発しようか」


 居残り組の見送りを背にそう号令をかけ、山路に詳しい騎士二人を先頭に馬車を断念した険しい山の中を歩いていく。

 この辺りを襲った嵐というのは相当に厳しかったらしく、馬車に乗っていた時から散見された小岩だけで無く、道を塞ぐような大岩さえも見かけられるようになってきた。

 レイドヴィルは数十メートル歩いただけで、御者の判断が正しいものであった事を確信した。


「はあ……はあ……はあ……」


「大丈夫?無理してない?予定時刻までに着こうと思うとペースは落とせないし、手を貸そうか?」


「はあ……はあ……いえ、ただでさえ、荷物も持ってもらって、ますし、これ以上迷惑を掛けるわけには……」


 気丈にも笑顔を見せてレイドヴィルの声に答えるムーナだが、肩で息をするそれが強がりである事は明白だった。

 荷物を預けていると言っても、最低限急所を守る防具は登山には重く、また山にも慣れていなければ厳しいだろう。

 固定砲台としての役割を果たす事が多いムーナにとっては、苦行以外の何物でもない。


「けど一人遅れると行軍にも影響が出るだろう?手を貸すと言っても魔術でサポートするだけだし、さあ」


 レイドヴィルはムーナに強い印象を与えないよう柔らかな声色で諭すように言い、右の手を差し伸べる。

 ムーナは差し出された手の平に僅かな逡巡を見せたが、迷惑を掛けるのは本望では無いと考え至ったのか、おずおずと申し訳無さそうにレイドヴィルの手を取った。

 印象通りの華奢な手から身体接触を確認し、レイドヴィルが無詠陣でエネルギー操作魔術を発動。

 直後音も光もなく魔術が効果を発揮し、ムーナの体重――体に掛かる重力を低減する。

 いきなり十数キロも減らしてしまっては、満足に歩く事も出来なくなるので数字的には微々たるものだが、これでムーナの足取りも大分軽くなった筈だ。


「すごいですこれ!体が羽みたいで……ありがとうございます。これで遅れずに歩けそうです!」


 表情を明るくして感謝を述べたムーナは、言葉通りペースを上げて遅れを取り戻さんと進んでいく。

 傍から見れば仲良く手をつないで登山をしているやや恥ずかしい構図になるのだが、迷惑を掛けまいと必死なムーナはその事に気が付いていないらしい。

 もっとも、気が付かなくても良い事ではあるのだが。


「ああ、レイドヴィル様!私も足が限界ですのでお手を……」


「いやニアは平気だよね?単に僕の手が触りたいだけだよね。というか、そんなに体力が無いならローゼル考案スペシャルメニューの特訓を強化してもらうよう提案を」


「お断りします」


 そう言ってすたすた歩きだしたニアに苦笑しつつ、空いている左手でニアの手を掴みムーナと同じように魔術を使う。

 これで両手に花状態となったのだが、レイドヴィルは作戦の為と自分を誤魔化し深く考えないようにした。


「ちょっと、そちらから握られるとそれはそれで恥ずかしいと言うかなんと言うか……」


「なんだよ面倒くさいなぁ。今は良いけど、登山本番じゃ僕は隣に居ないんだから、班に迷惑かけないようにしなよ?」


「本番?本番ってなんの事です?」


「知らないの?アルケミア学園一年生の伝統行事の中に霊峰エルフロストの登頂っていうのがあるんだけど、クラスに専門のガイドが付いて登るんだよ。事前訓練の登山の班決めはくじ引きで、完全なランダム、その班で行う割と有名なイベントなんだけど」


「そ、そういえばそんなお話があったような気がします」


 露骨に目が泳ぐニアを見て、溜息を吐くレイドヴィル。

 どうせ興味が無いから忘れていたとか、そんな所だろう。

 霊峰エルフロストというのは大陸南部に存在する王国の背中、海と王国を分かつレンジ山脈最大の山である。

 魔力が溜まる関係上通年で雪が降り、王国の銅貨にも描かれる程国民にとって馴染みのある山だが、とある理由から実際に登った事があるという人はそういないだろう。

 受験生の中には、この厳しい霊峰登山があるからアルケミアを選ばないという人もいるくらいなのだが、レイドヴィルと同じ学校に通う事を決めてられていたニアからすれば、あまり関係の無い事だったのかもしれない。


「と言っても行事自体は少し先だろうけどね。体力づくりも必須だし、その前には新人戦も控えてるし、夏休み明け少ししたらじゃないかな」


「あのエルフロストに登るんですね。それって結構危なくないですか?実際毎年何人かの方は亡くなってるわけですし」


 窺うような表情を見せるムーナの心配は杞憂ではなく、毎年霊峰に挑戦するアマチュア登山家の死亡事故が後を絶っていない事は事実だ。

 ムーナはその事を言いたかったのだろうが、ことアルケミア学園においてはその心配は杞憂だと言える。


「まあ心配ないよ。僕らの学園には国が付いてるからね、全生徒が魔術具をフル装備して挑戦するんだ。死亡事故が無いとは言わないけど、滅多に起きるものじゃないよ」


「はあ、なるほど。王立の名は伊達じゃないって事ですね。すごい優遇っぷりじゃないですか」


「うん。正直アルケミアくらいの財力がないとと霊峰登山は出来ないんじゃないかな。出来そうなのを王国だけで言うなら二、三校くらいだと思うよ」


 レイドヴィルの言葉を聞いて、ニアとムーナは感心した様子で納得した。

 王立アルケミア学園が、国から小さな街程度なら余裕で回る程の運営資金を受けているのは有名な話で、その資金が魔術具にも振り分けられるのであれば、確かに学生でも安心して霊峰に挑戦出来る環境を整える事は可能だろうと。

 と、そこでムーナがクスリと笑った。


「レイドヴィルさん、楽しそうで良かったです」


「そうだね、学園は楽しいよ。そのせいで騎士団の活動に参加できてないのは、自分でもどうかと思うけどね」


「せいだなんて。十五歳で学園に通うのは当然の選択です!まあわたしは選びませんでしたけど……将来銀翼騎士団(シルバーナイツ)を引っ張る立派な騎士になるためにも、レイドヴィルさんは学業に専念してください。その分わたしたちが頑張りますから!」


 片手の手振りで器用にやる気を表すムーナの激励に苦笑いを浮かべつつ、レイドヴィル一行は既に暗くなった森の中を進んでいくのだった。


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