第29話 能力測定 三
初心者マーク付きの作者です。
暖かい目でご覧ください。
「はあ、はあ……」
喉の奥の方に鉄の味が混ざり、酷使した肺が悲鳴を上げて酸素を求めているのが分かる。
全力疾走の代償に肩で息をしながら、バレンシアは先の戦いを思い起こす。
能力測定の最初の種目、徒競走。
バレンシアは序盤からヴィルに後れを取りつつも良いスタートダッシュを決め、先頭集団に紛れて互角の戦いを繰り広げていた。
それは魔術を使用し始めた四周目も同じ、誰が勝ってもおかしくはない膠着状態だったのだ。
事態が動いたのは、丁度五周目の時だった。
最高速度だと思われていたヴィルが、そこから更なる加速を見せたのだ。
既に全力を出していたバレンシアはそれに追いつく事が出来ず、惜しくも二位という結果になってしまった。
誘拐事件の時から強いと確信していたが、まさか魔術を交えた走りがこれほどまでに速いとは思わなかった。
周囲と違いやや息を乱すに止める彼を見るに、どうやら体力の方も桁外れらしい。
普段から運動しているバレンシアでさえ、こんなにも息が上がっているというのに、一体どんな鍛え方をすればあれ程の境地に至るのだろうか。
(やっぱり私の考えは間違ってなかった)
事件の時から感じていた片鱗、ヴィルを含めた生徒の質。
バレンシアがこの学園に来た目的である強者との邂逅、それが既に果たされつつある。
先程のレースがその証拠、バレンシアが二位にはなったものの、内容は決して余裕ではなかった。
クレアもフェローも、あと少し何かが違えば順位が変わっていた事は想像に難くない。
それ程までに拮抗した戦いだったのだ。
これだけでもバレンシアとしては嬉しい限りだが、ヴィルはそれら全てを差し置いて一位になって見せた。
最早疑うまでもなく確信する。
ヴィル・マクラーレン、彼こそがバレンシアの求めていた存在であると。
「……ふぅ」
やや掛かって呼吸を整え、ヴィルの元へと向かう。
既にニア、クレア、ザック、クラーラがヴィルを囲んでおり、皆楽しそうに……クラーラに関してはちょっと分からないが、楽しそうに談笑しているところだった。
やがてヴィルが気付くと、疲れを感じさせない微笑でバレンシアに手を振り始める。
バレンシアはヴィルの元へ辿り着き、お互いを労い合う。
「お疲れ、シア。いい勝負だったね」
「ええお疲れ様。いい勝負、というには少し差が付きすぎたけれどね。それにしても……」
一度言葉を切って聞くべきかどうか逡巡し、それでも聞く事を決める。
「あなたはどういう魔術を使っていたの?ただの身体強化には見えなかった。魔術特性を隠すのは魔術師の当然の権利だから無理にとは言わないけれどね」
ヴィルは少し驚いた顔をして、いつもの優しい顔で、
「基本的には普通の身体強化だよ。風魔術と土魔術で抵抗と摩擦を若干操作したけどね」
嘘……を言っているようには見えない。
確かに風魔術で空気抵抗を、土魔術で摩擦を操作する事自体は可能だ。
それほど難易度の高い魔術でもないため、多少の適正さえあれば習うまでもなく使う事が出来る。
筋も通っており疑うべき点は無い、だがどこか聞かれる事を見越して考えていたような……
「素晴らしい走りだったと言っておこう、ヴィル・マクラーレン。私もこれから四年間退屈せずに済みそうで安心だ」
そう言ってやって来たのは、腕を組んだグラシエルだった。
長耳族には珍しい豊満な胸を押し上げて満足げに微笑んでおり、結果に満足しているようだ。
「それは良かったです。これからもグラシエル先生のご期待に沿えるよう精進していきますよ」
「ハッ、それじゃあ楽しみにしておこうか。次は実技棟に移動だ、遅れるな」
大仰な仕草を取るヴィルを鼻で笑い、グラシエルが先導して次の測定場所へと移る。
移動中、話題に上るのは当然先程の徒競走についてだ。
「いやーにしても惜しかったな。四周目までは本当に誰が勝つか分からなかったからよ。スゲー熱い戦いだったぜ」
拳を打ち合わせ歯を見せて笑うザック。
確かに彼は、ああいう戦いが好きそうなタイプではある。
どうやらその見た目通りに、ヴィル達の戦いに胸を熱くしていたらしい。
その様子を見てクレアは短く息を吐き、
「まったく、走りには自信があったんだけどなぁ。二人も抜いてくるなんてチョット自信無くす」
「そう言うクレアも相当早い部類だと思うよ?前半戦なら一位取っててもおかしくなかったし」
口を尖らせて拗ねるクレアをニアが宥める。
事実、仮にクレアが前半のレースに出ていれば、上位三人の中に入ったのは間違いないだろう。
彼女はそれだけの資質を秘めた生徒であり、即ち身体強化では学年でもトップクラスという意味でもある。
その事が分かっていないクレアではないが、どうしても納得できないらしい。
「……よし、毎日走ろう」
「出たね負けず嫌いさん」
「うるさいわね。別にいいでしょ走るくらい。ていうかヴィルって普段どうやって鍛えてるワケ?がたいがいい方でもないし、けどすっごい速かったじゃない。秘訣とか何かないの?」
からかった代償か、そんな事を聞かれるヴィル。
聞かれたヴィルはそうだな、と顎に手をやり、
「まずは日頃の鍛錬、筋トレとか模擬戦とかだね。それから冒険者活動なんかの肉体労働も良いと思うよ。普段使えない筋肉も使えるからオススメだよ」
意外と丁寧なアドバイスをヴィルに送られ、クレアも真剣に考えこむ。
そしてそうだ、と何かを思いついた表情で、
「冒険者か……ねえヴィル、今度でいいから冒険者ギルドに連れてってくんない?アタシ実はまだ行ったことないんだよね」
「勿論だよ。どうせならザックとシアもどう?僕はBランクだから簡単なノウハウなら教えられるよ」
「お、そうか?なら厄介になるぜ。俺も冒険者には興味あったしな」
「じゃあ私もお願いできるかしら」
「よし、それじゃあ勉強が落ち着いたら休みの日にでも行こうか」
二人の了承を受けてヴィルが小さく破顔する。
こうしてヴィル一行が友人となって、初の休日の予定が約束されたのだった。
「ねえヴィル、あたし誘われてないんだけど?」
「ニアはどの道ついてくるでしょ?仲間外れに出来るなんて思ってないさ」
もう一人の同行者を連れて。
と、冗談交じりにウインクしていたヴィルが気付く。
自分達の方をちらちらと窺う視線がある事に。
「クラーラもどうかな?冒険者活動に興味があればなんだけど」
「私は……いい。迷惑を掛けるのは好きじゃない」
視線の主――クラーラは目線も合わさずそう言い残して、さっさと歩き去ってしまった。
ヴィルの方を見ていた割に、話しかけられるのを嫌がる態度に違和感を覚えながら、クラーラを見送る。
「別に迷惑なんて思ってないんだけどな……ふむ」
「さてお前達、話は終わりにしろ。ここで行うのは身体測定と魔力測定だ。身体測定は身長や握力など一般的なものだと思ってくれればいい。これはアルケミア学園の教育が生徒にどのような影響を及ぼすのかを知るためのデータ収集だ」
口の中だけで呟くヴィルの思考を遮ったのは、次の測定場所に到着したグラシエルだ。
Sクラス一行が到着したのは実技棟の入り口付近、ここでは基礎的な能力を測るらしい。
「それからこの測定はお前達自身が自分の成長具合を知るためのものでもある。まあ手を抜く部分もないだろうし気楽に受ければいい。ちなみに王国で記録された最も高い魔力量は3500――そう、この私の事だ。この記録を超える事が出来ればまず間違いなく宮廷魔導士になれるだろうな。精々頑張る事だ」
悪戯小僧のような悪い笑みを浮かべ、説明を締めたグラシエルが建物の中へと入っていく。
Sクラスの生徒達はやる気になる者、そんなのは無茶だと足取りを重くする者とそれぞれに、仕切りで仕切られた魔力測定を行う一角へとグラシエルに続いていく。
「ヴィル、行かないの?」
「ああ、少し考えてるよ。後で行く」
「分かった。いつものね」
ヴィルの理解度が非常に高いニアを最後に、Sクラスの生徒達が教室へと入っていく。
こうして一人熟考することがヴィルの癖だと知っているニアに感謝しながら、壁を背に目を伏せる。
この身体測定は、基礎能力と魔術を交えた実技能力の差で、魔術使用による振れ幅を知る狙いがあるのだろう、とヴィルは認識している。
前者の基礎能力に関しては問題ないが、ヴィルにとって出力されるであろう魔力測定の結果が問題だ。
王立アルケミア学園が採用している魔力測定器は、触れた人物の肉体に宿る魔力を測る為、偽る事は不可能と言える。
通常の手段ではあり得ない魔力回復の手段をヴィルが持っている以上、今の魔力量では今後色々と不都合が多くなってくるだろう。
不都合というのは誤魔化し方が無い訳ではないが、今後ヴィルが自分の実力を発揮していく上で足枷になる事は間違いない。
所持を証明する事の出来ないクォントであると言ってしまえばそれまでだが、要らぬ注目を集める可能性は十二分にある。
両親やローゼル、学園長とは魔力高速回復のクォント持ちという方向で一応の一致はしているが、本当にそれでいいのかとヴィルは思ってしまったのだ。
今更変える事の出来ないものだが、ヴィルの中にほんのまれる事も予想されれており、その辺りもケアが必要だ。
ヴィルは一旦魔力についての思考を切り上げ、目下の問題である『視線』について思案する。
今日の朝から、厳密に言えば入学初日から微かに感じていた視線が、ここに来て露骨になり始めたのだ。
流石に授業中には視線を送って来ないものの、休み時間、教室の移動、登下校時など事ある事に視線を向けられる頻度が高くなってきている。
ちらちらと盗み見られる事には慣れている為気にならないが、それに負の感情が混じっているとなれば話は別だ。
幼少から実戦経験のある大人達と組み合い、犯罪者とぶつかる事も多かったヴィルは、他者の害意や悪意に敏感になっている。
そして今回そのセンサーが反応を示したのだ。
それも妬みや嫉みの感情は一切ない、だが雑念の入り混じる害意、と表すのが最も近いだろうか。
確固たる意志を感じさせないブレた害意ではあるが、それでも向けられた本人には分かる程の質。
可能ならば直ぐにでもローゼルに連絡を取り解決に移りたい場面だが、ほんの些細な違和感が決断を鈍らせる。
向けられた『視線』とあの目、その違い。
それら二つに共通する込められた感情は恐らく……
――そこで一手、ヴィルは真の意味での解決への手を打つ事を決めた。
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