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第12話 少しだけおやすみ 一

 

「こっち、準備できました」


「こちらもいつでも出発できます」


 年を跨いで冬の霧掛かった早朝、シルベスター邸では着々と準備が進められていた。

 その後レイドヴィルは急激な発熱や低体温に悩まされ、移動もままならず寝たきりの生活を続けていた。

 そんな中あれから三ヶ月、とある計画が進行していた。

 レイドヴィルを救う、その目的のための内密の計画だった。

 そして今、アルシリーナとイザベルは最後の話し合いをしていた


「イザベルちゃん、引き返すなら今よ。ここを出発したら、もう引き返すことは……」


「分かってます。準備は万全、心ももう決まってます。それにこんな所で引き返すなんてカッコ悪いこと、できませんよ」


 いつも通りの元気な笑みで答えるイザベルに、アルシリーナも覚悟を決めた。

 それから今のありのままの気持ちを伝えようと、イザベルを引き寄せ抱きしめる。


「そう……ありがとう、ごめんなさい、イザベル」


「お礼も謝罪もいいですから。私が起きた時には、おかえりって、言ってください」


「ええ、必ず。皆で」


 あくまでも明るく話すイザベルとは対照的に、アルシリーナは悔し気に唇を嚙んでいる。

 それも当然か、本来民を守り頼られるはずの貴族が何もできず、逆に頼って家族を助けようというのだ。

 ――それも助けようとしている少年が好いている、姉のような存在を犠牲にして。

 そこにメイド長と、車輪の付いた移動可能なベットに寝かされたレイドヴィルがやってきた。


「奥様、レイドヴィル様の準備も整いました」


「ヴィル、今は平気?どこか痛い所はない?」


「心配ありませんよ母様。治療が終わったらみんなで散歩したい気分です」


 皆に心配させまいと冗談めかして答えるレイドヴィルだが、場には沈鬱な空気が漂っている。

 これからたどり着くのはバットエンドでしかありえない。

 そしてこの場で何も知らないのはレイドヴィルだけ。

 これはせめて最後まで楽しい時間を過ごしてほしいという、イザベルたっての頼みであったが、アルシリーナはこれがレイドヴィルにとって、より残酷な選択になってしまっているのではないかと思えてならないのだ。

 だがもう引き返す事は出来ない。

 ただ決められた結末を迎えるのみだ。


「リーナ、そろそろ行こうか、街がが活気付く前に王都を出たい。ローゼル、屋敷の事は頼んだぞ」


「は。全てお任せください。皆様、行ってらっしゃいませ」


「私も微力ながら……どうか皆様に星の加護があらんことを……」


 初老だが年齢を感じさせない前執事長のローゼルが屋敷の業務を引き継ぎ、今回は留守番となったミヤに見送られながら大型の馬車にアルシリーナ、ヴェイク、レイドヴィル、イザベル、メイド長の五人が乗り込み、シルベスターの敷地を出発した。

 馬車の前後にはさらに数台の馬車が挟み込むように並んでおり、万が一の備えも万全となっている。

 イザベルが窓の外から屋敷の方を見ると、ローゼルがまだこちらに向かって深くお辞儀をしていた。


「ローゼルさんってすごいですよね。なんかこう、オーラみたいなのが普通の執事じゃないっていうか」


「ええ、本当に。ベルト殿が執事長として一歩引いたような振る舞いをするのも頷けます」


「私もローゼルにはちっちゃな頃から世話になったわ。レイドヴィル――もといヴィル・マクラーレンくんの偽装工作の方もやってくれてるのよね?」


「ああ。今は孤児院で院長を務めてくれている。彼に任せていればまず問題はないだろう」


「そんなにすごいんだ。僕もしっかり話してみたいなあ」


「ヴィルは覚えてないかもしれないけど、おしめを替えてもらったこともあるのよ?それ抜きでも、学園に通うようになったら沢山お世話になると思うわ」


 馬車の中、まず話題になったのは前執事長のローゼルの事だった。

 彼は今、孤児院の院長として孤児たちの面倒を見たり炊き出しを行ったりしていて、街からの評判も随分と良いらしい。

 彼の仕事を引き継ぐ形で新しくやってきたベルトもまた優秀だ。

 ローゼルのような万能さはないが、彼が今まで培ってきた経験がしっかりと生かされているようで、こと接客においてはそのローゼルも認めるほどである。

 そんな話をしながら時間は経過していき、次第に会話はレイドヴィルが通う予定の学園の話題へと移っていった。


「そういえば父様、僕が通うという学園はどこになるのですか?」


「そういえば言っていなかったな。お前が通うのは王都にある王立アルケミア学園だ。王国でも最も力の入った教育機関で、貴族平民などの出身に関わらず試験を受け実力を評価される。過去名だたる実力者を輩出している名門だからな、きっと良い経験になるだろう」


「アルケミアっていうと王族御用達の超エリート校じゃないですか!試験だってかなり難し……ってヴィルくんなら大丈夫ですよねー。いーなー、私もヴィルくんの制服姿見たかったなー」


「……?見たらいいのに、見れないの?」


「あ……えっと、ほら、その頃になると私の研究も大詰めじゃない?これまでも治療の準備に追われてたし、だから忙しくて見れないかもな、って……」


「そっか。じゃあ入学式の後ベル姉に見せに行くよ。楽しみにしててね」


「――うん。楽しみにしてる」


 真面目な顔で、慈しむような眼でこちらを見るイザベルに、レイドヴィルは首を傾げる。

 イザベルその瞳の奥には、わずかな寂寥が燻っているように見えた。

 ――その後何事も無く一週間が過ぎ、レイドヴィル一行は旅の終着、シルベスター領へと到着した。


 ―――――


 整備された道の上を進んだ馬車の中ベットの上、凝り固まった体をほぐす事も叶わないレイドヴィルは、閉じられたカーテンを見て実感のないまま、二度目のシルベスター領へと足を踏み入れていた。

 サナティエ地方にあるシルベスター領は意外にも自然が多く広がる土地で、周囲を雄大な山々に囲まれている。

 かと言って人口が少ない訳ではなく、それぞれの貴族に裁量が任せられる税率も低いため、住みやすい土地だとして評判だ。

 今は見えないがカーテンの外はもう暗く、今はアルシリーナやヴェイクが領地の人間と話をしている。

 レイドヴィルにはまだその方法は知らされていないが、この領地で怪我あるいは病気の治療をするらしい。

 この提案の発案者はイザベルらしく、自身の現時点の研究成果をフルに活用したものになるのだと誇らしげに話していた。

 ――本当に頭が上がらない、これからどうやって恩を返していけばいいのだろうか。

 レイドヴィルは考える。

 自分に出来ることは何か……それは一つしかない。

 ――強くなって、彼女を守る事だ。

 レイドヴィルは決意を新たにする。

 彼は既に、自分の気持ちに気付いていた。

 八年という年の差はあるものの、彼はその事を全く気にしていない。

 しかし、それを実現させるにはまだまだ自分は未熟すぎる。

 今だって彼女の世話になりっぱなしだ。

 故に、今はただ、強くなることを誓う。

 そしていつか、必ず、この気持ちを伝えるのだ。

 と、そこに話し合いから戻ってきたヴェイクがやって来た。


「待たせて悪かったな、ヴィル。たった今話し合いが終わった。屋敷へ入ろうか」


 ヴェイクの先導の元、メイド長に運ばれレイドヴィルは屋敷へと案内される。

 そこではまだアルシリーナとボールドが真剣な表情で何事か話し合いをしていたが、入ってきたこちらに気付くと話を切り上げたようだった。


「よく来たなヴィルの坊主。今回もまた大変な事になってるな。ここに来たときは毎回何かしらのハプニングが起こってる気がするが……気のせいか?」


「お出迎え感謝します、叔父様。もちろん気のせいですとも。症状が回復したら今度こそゆっくりさせてもらいますよ」


「そうか。長旅で疲れたろう、少し遅いが食事も用意してある。今日はしっかり体を休めて、そんでから治療に専念すればいい。自分の家だと思ってくつろいでくれよ?」


 そう冗談で締めくくって暖かく迎え入れてくれたボールドに、一つ質問をする。


「――叔父様、後でエミリーに会うことは出来ますか?以前の事を謝りたくて」


「あー……エミリーは丁度所用で領地を出ていてな、あの時はエミリーを助けてくれたのに済まんな。俺も何度も言い聞かせたんだが」


「仕方ありません。誤解はこちらで解きますから、お気になさらないでください」


「はあー。会うたびに言ってる気がするが大きくなったなあ。身体だけの事じゃなくて精神的にもな」


「そんなことありませんよ。今もみんなに迷惑を掛けっぱなしです。今回の事は早く立派にならないと、って決意させてくれたいい機会でしたよ」


 ボールドはそれを聞いて感心したように笑うと、


「そうかそうか。ならまずは元気にならないとな。食堂はこっちだ、案内する」


 振舞われた食事はシルベスター本邸と並ぶもので、今夜はぐっすり眠れそうだと思うレイドヴィルなのだった。


 ―――――――――――――――――――――――


 深夜、与えられた客室で動けないレイドヴィルのためにメイド長が就寝の準備をしてくれていると、イザベルが部屋を訪ねてきた。


「こんばんはヴィルくん、今ちょっといいかな」


 夜用の落ち着いた声色でやって来たイザベルの様子に何か感じ取ったのか、一瞬こちらに意味有り気な視線を送ってから、メイド長が部屋の外で待機していると言って部屋を出ていった。

 メイド長を見送った後、イザベルは近くの椅子を引き寄せてレイドヴィルのベットのすぐそばに腰かける。

 二人きりで部屋に取り残されたレイドヴィルはと言えば、


「…………」


 これ以上ないくらいに心臓の鼓動を意識していた。

 彼女を意識し始めたのはいつからだっただろうか。

 幼い頃の憧憬はどこへやら、成長するにつれてこうして緊張することが多くなったように思う。

 そんなちょっとした沈黙を最初に破ったのは、やはりイザベルの方だった。


「ヴィルくん、あれから調子はどう?ご飯の後も体調崩してたみたいだけど……」


「あーうんもう大丈夫、落ち着いたから。僕はそれよりも食事を食べさせてもらうのが恥ずかしいかな。この歳になって赤ちゃんになった気分で、この感覚には慣れたくないなぁ」


「確かに今も抗魔具で魔力を抑え込んでるんだもんね。それならご飯以外も自分じゃできないんじゃ……」


「やめてその話はしないで」


 多少不本意な話題もあったものの、二人の会話は弾んでいた。

 三ヶ月前にレイドヴィルを治療するという話が出て以降、発案者であるイザベルもとても忙しそうにしていたため、こうして二人きりで話す機会も久しぶりなのだ。

 楽しい時間だった。

 だが不意にすっと会話が途切れた。


「ヴィルくん…………学園は楽しみ?」


「うん?もちろん。それがどうかしたの?」


「うんん、何でもない……何でもない!」


「うわっ」


 立ち上がり、両手で自分の頬をパチンと叩いたイザベルは、レイドヴィルの方を向いてニコリと笑った。


「それなら尚更治療を成功させないとだね!それじゃあ夜遅くにお邪魔しました。じゃねー」


 それからひらひらと手を振って部屋を出て行った。

 そのあまりの早さに、おやすみの挨拶も出来ずに呆気にとられるレイドヴィル。

 と、そこに颯爽と部屋を出たイザベルと入れ替わりにメイド長が部屋に入ってきたため、何事か聞いてみる。


「ベル姉は何でこんな夜遅くに僕の部屋に来たんだろ。心配されるほど症状も重くなかったと思うんだけどな」


「――私にはイザベル様の気持ちが分かる気がします。今ここで言葉にすることは出来ませんが、私が同じ立場でもそうするかと」


「それってどういう……」


「さあレイドヴィル様、明日はあなた様にとって大切な日。そろそろ寝なければお体に障りますよ」


 半ば無理やりに会話を打ち切られ、毛布を掛けられればレイドヴィルも素直に従う他無く、渋々ながら従う。

 手際よく準備を終えたメイド長は、何かあったらお呼びください、と一声かけてからまた部屋の外へと出て行った。


「…………」


 部屋の中は静かで、ただ月明かりだけが部屋の中を騒がせている。

 ただしその光はレイドヴィルまで届かず床を照らすのみ。

 それを見て手を伸ばそうとするが、今のレイドヴィルには天高く在り続ける月どころか、その光にすら触れる事は叶わなかった。

 月の光に触れる事を諦め、レイドヴィルは大人しく目を閉じて眠りに入ろうとする。

 しかし脳裏に繰り返し浮かぶのは、内容の聞かされていない明日の儀式の事だ。

 イザベルや他の皆を信用していないわけではないが、今回の件はどうにも嫌な予感がしてならない。

 最悪自分だけが犠牲になるのならいい、だがもしも父や母、イザベルが犠牲になったらと思うと――――


「やめよう。そんなことには、絶対にならない」


 無理矢理に思考を打ち切り、遠くない内にやってくるであろう眠気に身を任せようとする。

 しかし湧いてくる思考は尽きず、レイドヴィルが眠りについたのはもう少し先の事だった。


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