ハンの過去
武器商人の過去、判明。
ジオがクロにきちんと説明をすると、「道理でおかしいと思ったんだ」とガハハとクロが笑った。所帯持ちの意味もジオに教えてもらい、傍から見たらヒースとニアとクリフは夫婦と親子に見えなくもないのだと思うと不思議な感覚だった。
そもそもこれまで周りに一切女がいなかったのだ、女が隣にいるとどう見られるかなど考えたこともなかった。
「お嬢ちゃん、済まなかったな」
「わっ私はっまだそのっ」
まだ顔が赤いニアは吃ってしまって何を言いたいのかよく分からない。クロはもうそれ以上この話題には触れない方がいいと思ったのか、ジオに向き直ると顎をくいっとさせて街へと歩き出した。
「しかし女なんて珍しいな。どこに隠してたんだジオ?」
「隠しちゃいねえよ。ニアは妖精族だ。こっちに来たのはつい最近だからな」
「ほお、妖精族! それも随分と久々に聞くな」
ヒースはクロに尋ねた。
「クロは普段、人と会うことがあるのか?」
この話ぶりだと、ずっと一人きりではなさそうだ。するとやはりクロが頷いた。
「ハンはここを休憩所にしてるからな、ジオの所に行く度に寄って来るぜ」
「そうなんだ」
ここでもハンは有名人らしかった。
「ハンは元々知り合いなのか?」
「何だジオ、お前話してないのか?」
意外そうにクロがジオを見上げた。クロはジオに比べれば背が低いが、近くで見ると腕の筋肉がくっきり見える。毎日ああやって草むしりをしているのかもしれない。足腰も頑丈そうだった。
「あー、言ってない」
「どうせ説明が面倒臭かったんだろう」
「俺は口下手なんだよ」
「どうだか」
軽口を言い合うジオとクロは仲が良さげだ。何故数年も会いに来なかったのか、この感じを見ると不思議で仕方ない。クロがヒースに説明をしてくれた。
「あー、ハンはな、俺の兄貴なんだよ」
「え? は?」
この見た目六十過ぎの爺さんの兄が、何がどうなったらハンの弟になるのだろうか? 疑わしげなヒースの目線にクロが更に教えてくれた。
「正確に言うと異父兄弟ってやつだな」
「いふ……」
「お父さんが違うってことよ、ヒース」
こっそりとニアが教えてくれた。成程、母親は一緒ということか。
「あいつの父親はエルフの血を引いてたからな、ハンも見た目は若いが相当な爺だぞ」
「ああ、あれってエルフの血だったのか」
「なんだジオ、お前まで。あいつ言わなかったのか?」
「聞いてねえし聞かなかった」
クロが鼻で笑った。
「あいつは若い頃は人より幼く見えるのを極端に嫌がってたからな、必要がない時以外は話さねえか」
「えーとごめん、クロちょっといいか?」
ヒースが手を上げた。クロがヒースをちらっと見る。
「何だ?」
「エルフって?」
小人族は知っているが、エルフという名前は聞いたことがなかった。
「亜人種の一つさ。まあ滅多にお目にかからないからお前みたいな若造は見たことないか。長寿の所為か人口も極端に少ないらしいしな、俺だってハンがいなけりゃ本当にそんなのいるのかって思ってたかもしれねえしな」
そういえば以前ジオが言っていたのを思い出した。ハンの見た目は初めて会った頃からあまり変わらないようなことを言っていたじゃないか。それはこういう意味だったのだ。
クロが続ける。
「あれで大分血は薄まってる様だけど、それにしたって長寿だよな。人間の世界で生きるにはちと可哀想ではある」
「どういうこと?」
クロが肩をすくめた。
「惚れた女も友人もどんどん先に年を取っちまう。ハンの年を取るスピードは子供の頃からゆっくりだったからな、俺より十歳上なんだが見た目はその半分くらいだったなあ。俺が十歳の時に丁度同い年くらいに見えたけどさ、中身は二十歳だし、周りもどう扱ったらいいものか迷ってる風はあったな。俺なんかは生まれた時から一緒にいるからハンはハンだったけど」
「へえ……」
大分血が薄まっている状況で普通の人間の半分の速さでしか年を取らないなら、純血のエルフは一体どれだけ長生きなのだろうか。
「その所為だろうな、ある日突然ふっといなくなって、戻ってきたら行商人になっていた」
「その所為って?」
「一箇所にいるのが苦痛だったんだろうよ」
「あ、周りだけ年を取るから」
「そういうことだな。あいつは家庭を作るのももう諦めた様だし、あちこち飛び回って色んな人間以外の奴らとも交流があるようだしな、そういう生き方に切り替えたんだろう」
「……そっか」
クロの見た目から換算すると、ハンは七十代。その半分程度の見た目と考えると、今の三十代半ばの見た目も計算と合う。
ハンの話をしている間に、一行は墓場の外れまで辿り着いた。街をぐるりと囲んでいたのか、崩れた岩壁がある。門だったらしき場所を通ると、外壁のもう一枚奥にまた岩壁があった。こちらは外壁よりもまだ高さが残っている。
中に入ってみて初めて分かった。ヒース達が立っていた場所は、丘の頂上だったのだ。丘に沿う様に岩で出来た家屋や壁が眼下に広がっていた。かなり大きな街だったのだ。その中央の窪みに、黒焦げた一際大きな建造物があった。
「あそこは中央教会だった所だな」
円形型の建物の天井が一部崩れ落ちているのが見えた。
「あれは……魔族に焼かれたのか?」
「うんにゃ。連れ去られたくない女子供があそこに逃げた後、自分達で火を点けたんだ」
ニアがはっと息を飲む音がした。振り返ると、口を押さえて目線を落としている。そうだ、誰も彼もが進んで魔族に従った訳ではないのだ。生かされるのが分かっていても、それよりも自身の子供や家族と離れることを是とせず、代わりに死を選んだ人もいたのだろう。
「……ハンの初恋の奴もあそこに逃げ込んだ」
ポツリとクロが言った。空の青さと反比例する様な教会の黒さに、ヒースは言葉を失っていた。
「あそこから奴を運び出して埋葬したのはハンだ。だからさ、ハンにはさ、初恋の人の話とかは本人が言う迄は聞かないでおいてやってくれ。な?」
「ハンの奴、俺にはぺらっと口説き文句まで喋りやがったぞ?」
ハンの黒歴史の件だ。一体どんな恥ずかしい台詞を吐いたのか物凄く気になったが、実の弟にこう言われてはそれももう難しい。
「俺の妻と娘もあそこで死んだ」
クロが遠い目をした。鼻をふん、と鳴らしているのはどういう意味だろうか。
「まさか火が点くなんて思ってなかったからさ。奴らの矢に当たって気絶して目が覚めた時には、もう全部終わってた」
そうか、気絶しているのを死んでいると間違われたに違いない。その為襲撃が終わった後、遺体を埋葬することが出来たのだ。他にも数人いたというのは、恐らくそういった僅かな生き残りが他にもいたのだろう。
「どっちが良かったんだか俺には未だに分からん」
「クロ」
ジオがクロの背中をポンと叩いた。
「俺だってそうだ、師匠や弟弟子達が俺を道具置き場に放り込んでよ、お前は好きな奴がいるんだろっつって笑いながら閂掛けて行きやがって、あいつらそのまま連れて行かれちまった。俺なんて元々どこにもいない様に振る舞ってよ」
前に聞いていた話と違うじゃないか。あの言い方だと、ジオが好き好んで残った様な言い方だったが。ああでもそうか、とヒースは納得した。ジオが人の所為なんかにする筈がない。ジオの中では、それも自分の所為だったのに違いない。
「あいつらに、好きな奴がいるなんて話をした俺が馬鹿だったなあ……」
「ジオは馬鹿じゃないわ!」
すると、ニアが半泣きの顔で言ったのだった。
次話は明日投稿します!




