仲間に殺される
逃げるヒース。
ニアは真剣だった。これ以上ない位くそ真面目な表情だ。
「ニア、落ち着こう! な!?」
ヒースは完全に逃げの体勢に入っていた。
クリフが見事な攻撃を見せた後、ニアはとある仮説を立てた。ヒースの属性は非常に珍しいものとなるが、何かとヒースを繋ぐものではないかというものだ。クリフはヒースの背中にある鹿の角の形の痣を介してヒースと繋がっているらしく、クリフが技を繰り出した時痣が光ったという。残念ながら背中なのでヒースには見えなかったが、ニアが飛びついてきたのでそうなのだと思う。
そこで次はニアと武器を、ヒースを介することで繋げないかという話になった。もうこの辺りまでくるとヒースにはチンプンカンプンだったので、考えるのはニアに任せっきりにしてヒースはクリフを腕からぶら下げたりして遊んであげていた。ジオは作業があるからと作業場に消えていった。
するとニアが突然ヒースの肩に噛み付いてきたのだ。
「いっ痛えええ! 何するんだよ!」
急いで腕にクリフをぶら下げたまま逃げると、口の端にヒースの血を滲ませたニアが聞いてきた。こいつ、血が出る程噛んだのか。
「どう? ヒース!」
「何がだよ!」
半泣きで返すが、ニアの目は輝いている。
「私と繋がった感じはある!?」
「そんなの分かんねえよ! とりあえず痛い!」
「うーん、これじゃ弱いのかなあ」
ヒースはハッと気が付いた。ニアが何を考えているか分かったのだ。ヒースとクリフを繋げている媒介はヒースの背中の痣である。だからニアは自分がヒースに傷跡を付ければ自分とヒースが繋がると考えたに違いない。
何という短絡思考。ヒースは急いでニアから更に距離を置いた。
「そうしたら、ちょっとナイフで」
「ジオ! ジオ助けてくれ! 殺される!」
「殺さない、安心して」
「いやいやいやいやお前は絶対思い切りやる派だ!」
この噛みつきの遠慮のなさからも考えると、恐らくヒースのその予想は間違ってはいない。
「ニア! ヒースいじめちゃ駄目!」
するとヒースとニアの間にばっと立ち塞がったのはちびっ子姿のクリフだった。それを見てニアが怯む。効いてる! 効いてるぞクリフ! でかした!
「クリフ落ち着いて! これはヒースを助ける為に必要なことなの!」
「ヒースを助ける?」
「そう! 私とヒースを繋げられることが出来たら、私の吸収の力をヒースに流すことが出来る! そうしたらヒースは怪我をしてもきっとすぐ治るに違いないの!」
「ニア凄い!」
クリフは一瞬で陥落した。駄目だこりゃ。
「ヒース! 物は試しだから!」
「ニア! クリフもお手伝いする!」
「ありがとうクリフ!」
ニアが背中からバッと羽根を出すとふわりと飛び、猛スピードでヒースに向かって来た。ヒースは大慌てで森の中に逃げ込もうとすると、四足で駆けるクリフに先回りされた。万事休すとはこのことである。森の手前に沿って逃げようとするがクリフが回り込んで来てしまう。背後にはニアが浮いている。
ああ、ここで死ぬのか? しかも仲間の手によって。
半ば本気で死に直面した気分になったヒースであったが、そこに天の助けがやってきた。ヒースの叫び声を聞きつけたのだろう、ジオだった。
「おい何やってんだ!」
「ジオおおおっ!」
ニアがジオを振り返った隙を逃さず、ヒースはそのまま真っ直ぐジオの元に走っていくとジオの大きな背中の後ろにさっと隠れた。
「ジオ! あいつら俺を殺す気だ!」
「ああん? 遊んでんじゃねえのか?」
「ナイフで刺すとか言ってんだよ! 俺やだよそんなの!」
「ナイフ? またそんな物騒なもんどうすんだ」
「俺に傷を付けるって!」
するとジオが大きく長い溜息をついた。
「おい、ニア!」
「は、はい!」
途端、ピシッと直立するニア。ヒースに対する態度と明らかに違うがこれはどういうことだろうか。納得いかない気持ちを抱えながら、ヒースはジオの影からニアの様子を眺めた。
「どんな理由があるか分かんねえがよ、ヒースを傷つけるのはなしだ。怪我をすると俺が困る」
「ジオが困る……分かった」
それだけでいいのか。ヒースは愕然とした。
「俺も一緒に考えてやるから、ちょっと一旦落ち着け。な?」
「ジオが一緒に……? は、はい!」
今度は頬をぽっと赤らめてもじもじし始めた。何だニアのこの反応は。ヒースに対するものと本当に全然違うじゃないか。何で急に可愛らしくなってるんだ。さっきヒースに思い切り噛み付いてきた奴と同一人物だとは思えない。
「ジオ、そうしたら私の仮説を聞いてもらえる?」
「分かった分かった。じゃあ一旦家の中で話そう」
「うん!」
ニアが嬉しそうに、これは照れているのだろうか、少し上目遣いでジオに駆け寄って行った。その場に残されたヒースと、森の手前で立ち尽くすクリフ。
クリフがヒースに尋ねてきた。
「ニア、もういいのかな?」
「……いいんじゃね?」
「クリフ、鹿に戻る」
「そんなこと出来るのか?」
「出来るかな」
クリフはそう言うと四足の体勢になり、そのまますっと鹿の姿に戻っていった。くるりとヒースを振り返るその顔はドヤ顔だ。
「ほーらね!」
あっさりと戻ってしまった。恐るべし化ける力である。ヒースはクリフの首を撫でると、懇願した。
「クリフ、頼むからあんまりニアの言うことは鵜呑みにするな」
「何で?」
「俺、ニアに殺されるところだったんだぞ」
「そうなの?」
「そうなの!」
ふうん、と首を傾げると、クリフはまたすりすりしてきて言った。
「分かった。ヒースの言うこと聞くから、ヒース一緒にお昼寝しよ」
「ニアが近付いてきたら教えてくれよ」
「うん」
ヒースが草の上に寝転がると、ヒースの太ももの上に鹿に戻ったクリフが頭をぽてんと乗せた。陽の光がポカポカと温かい。昨夜はニアの言う通りニアに起こされてしまった所為でまだ眠かったので、ヒースはそのまま昼寝を決め込むことにしたのだった。
◇
ふと目を覚ますと、目の前にハサミを持ってヒースを覗き込んでいるニアがいた。
「うっうわあああ!」
まだ諦めていなかったのか!? ヒースが上半身を起こして後ずさると、ヒースの頭をがしっと掴んだ力強い手があった。
「ジオまで!」
「危ないから大人しくしてろ」
「どういうこと!?」
そのままぐるりとひっくり返されると、ジオに背中に乗られて頭を地面に押し付けられてしまった。
「ひっひいいい!」
「うっせえな、落ち着けって」
「お、俺今日でジェフの所に行くのか……!」
「行かねえよ。――ほらニア、こいつうるせえから早くやっちまってくれ」
「ニア怖えっやめろおおお!」
「怖いことないよ、ヒース」
「優しい声で言うな! 余計怖えよ!」
ああ、もう終わりだ。ジオまでおかしくなってしまった。ジオの力はとてつもなく強いので、身動きが取れない。このまま死ぬんだろうか。ジェフ、思ったよりもジェフの分まで生きれなかったかもしれない。悪かったジェフ……。
ジャキッ
「ん?」
「あ、ちょっと短いかな?」
「もう少し根元の方からやっちまえ。あ、でも天辺は笑っちまうから下の方にしといてやれ」
「分かった!」
髪の毛が引っ張られている。どうも後頭部の辺りの髪を根元からジャキジャキ切られているらしい。
「え? え? 何?」
「よく寝てたからさっさと切っちまおうと思ったのによ、お前が暴れるから」
「髪を切りたかっただけ?」
「そうだよ、大袈裟なんだよお前は」
「ていうか言ってよ」
「言ってなかったか?」
「いきなりひっくり返しただろ」
「そりゃ悪いな」
ジオがしれっと言った。
次話は明日投稿します!




