6 ヴォルグと混血
久々すぎる更新で申し訳ありません!
ヒースは一旦部屋に戻ると、呑気にいびきを掻いているヴォルグを起こすべく、肩を揺すり始めた。
「ヴォルグ! 起きてよ!」
なんせヴォルグは大きくて重いので、揺するのも一苦労だ。それでも、ヒースだって筋力はそれなりに自信がある。
懸命にゆっさゆっさとヴォルグの肩を押して引いては、「起きて! 起きろ!」と揺さぶり続けた。身体はガックガク動いているが、ヴォルグは一向に反応を示さない。
こりゃ駄目だ。呆れたヒースは奥の手に出ることにした。
顔をヴォルグの黒い獣の耳に近付けると、怒鳴ったのだ。
「お! き! ろ!」
「……――フガッ!」
いびきを掻いてなかったら死んでるんじゃないかというくらい深い眠りについていたヴォルグが、ようやく反応を示す。薄っすらと瞼を開いた奥にある赤い目がヒースの顔を捉えると、再びゆっくりと瞼を閉じた。
……いや、閉じるなよ。思わず心の中で溜息を吐く。
「ううん……うるさい……」
物凄い低い声で、唸るように返される。
どうしてヒースだと確認したらまた寝るのか。ヒースは深い溜息を吐いた。獣人族の集落を出て以降、明らかに溜息の回数が激増している。よくない傾向だ。
奴隷時代、溜息を吐きたくなることは山のようにあった。そんな時、ジェフがヒースの頭を撫でながら言っていたのだ。「溜息を吐くと幸せが逃げてくぜ」と。だから自分の溜息の数が増えていくのは何となく嫌だなあと思っていた。
まあそれを言われた時は「奴隷に幸せも何もないだろ」と思ったりもした。だけど、ヒースはジェフとの何気ない会話に幸せを感じていたと、失ってしまった今なら分かる。
奴隷ではなくなった今だって、決していい状況に置かれているとはとてもじゃないが言えないのが事実だ。人間の男はどこに行っても命を狙われ、隠れ潜むかヒースたちのように魔族の庇護下に置かれるかしか選択肢がないのだから。
でも、小さな幸せはそこかしこに存在していた。ニアの隣にいる時や、ジオが馬鹿だなあと言いながらも優しい眼差しで見てくれていると分かる時や、美味しい物を食べている時だって。
よし、とりあえず今日はもう溜息は吐かないぞ! と気合いを入れ直し、ヒースは今度はヴォルグの頬をペチペチと叩き始めた。
「ヴォルグ、大事な話があるから起きてよ!」
「うう……殴られたいか……」
「何言ってんだよ! 嫌に決まってんだろ!」
まさか本当に殴ることはないと思うけど、正直少し怖い。寝ぼけたヴォルグが力任せに張り倒しでもしたら、きっとヒースはひとたまりもないだろうから。
それでもヒースは起こし続けた。呆れ顔で、それでも待ってくれている竜人の子を、これ以上待たせたくはない。
「ヴォルグ!」
だが、揺さぶるのをやめた途端にいびきが再開する。
「うーん……」
あまりこの手は使いたくなかったが仕方ない。多用すると効果がなくなりそうなので、ここぞという時の切り札だからだ。
ヴォルグの耳元で、切迫詰まった声を出した。
「ヴォルグ! カイネに怒られるよ!」
「カイネだと!」
飛び跳ねるように起き上がったヴォルグが、キョロキョロと辺りを確認する。
「……カイネは?」
人相の悪い大男が小首を傾げても、可愛くはない。
「カイネとも話をしたいから、起きて」
「……なんだ、そこにいるのかと」
耳がしょんぼりと項垂れた。これで色恋の感情じゃないというから不思議だ。忠誠心というよりは信仰心に近いヴォルグのカイネに対する想いは、一瞬たりと薄れることはない。
するとようやく目が覚めてきたのか、ヴォルグの目線がヒースの後ろに少々呆れ顔で立っている竜人の子に向けられた。
「ん? そいつは誰だ?」
「だから、それをこれから話したいと思ってたのにヴォルグがいびき掻いて起きないから」
「俺はいびきなど」
心外そうに顔を顰めるヴォルグに、「掻いてたよ」「掻いてたな」とヒースと竜人の子がほぼ同時に返す。「うっ」と詰まったヴォルグは、頭をがしがしと掻くと大きい身体に見合わない軽やかな動きで床に下りた。
「で? こいつは誰だ?」
竜人の子の身長はヒースの肩までしかないから、ヒースよりも大きなヴォルグが近くに寄ると、大きく仰いで見上げないといけなくなる。すると、竜人の子の被っていたフードがぱさりと背中側に落ちた。
中から出てきたのは、サラサラの焦茶の髪と予想通りの小さな頭だ。こうして見てみると、本当にガリガリだ。まともな食事を取っていたら、こうはならないだろうと思う。
自分だって小さな時から働かされてはきたものの、ヒースの身分はあくまで奴隷だったから致し方ないとは言える。だけど、この子は戦争の勝者である魔族側の人なのだ。
――王都までの道案内を買って出てくれたのは、どう考えても金銭目的だろう。
少なくとも、獣人族の集落では子供は子供らしく伸び伸びと過ごせていた筈だ。だけど砂漠を渡った側は、こんな子供すら働かないと生きていけないほどに状況は悪いのだろうか。
出生率を上げる為に人間の国を制圧したのに、これじゃ本末転倒じゃないか。ヒースは唖然とせざるを得なかった。
と、ヴォルグは何かに気付いたのか、顎に手を当てて屈み、ジロジロと彼の顔を観察し始める。不躾にもほどがあるが、これがヴォルグの常である。一族の次期族長という上の立場にいるのも、原因のひとつかもしれない。
竜人の子の顔を、じーっと凝視した。顔は近い。ヴォルグの人相は悪いから、怯えて泣いたりしないか心配になった。
「その目は竜人の目、だが……」
「何が言いたいんだよ」
不快げな表情に変わった竜人の子が、黄色の瞳を細める。
「混血は信用できないって言いたいのか?」
「ん? いや、そうではなく……」
ヴォルグは首を傾げているが、なんせお喋りでは全くないので、言葉がそこで止まってしまっている。
「はっ。勝手に産ませておいて、純血じゃないとそういう目で見るのがあんたたちだよな」
竜人の子は強気な目つきでヴォルグを見上げているが、どこか傷付いた声色にも聞こえた。
というか、この子は混血だったのか。混血ということは、恐らくは母親が人間なのかもしれない。
改めて、竜人の子を見る。先ほどまでははっきり見えなかったけど、確かに耳が人間と同じものだ。竜人の耳は人間の耳と同じ位置から生えているが、人間のものよりも大きく、上にピンと伸びて尖っている。外側に向かって皮がひらひらとしているのが大きな特徴だった。
「……ま、混血が嫌なら俺はこの仕事からは降りるし」
フードを被りながら呟かれ、ヒースは大慌てで竜人の子の二の腕を掴む。
「待って! 誤解だから!」
「いいよ、慣れてるし、こんなの」
「慣れる慣れないの問題じゃないだろ! ていうか、本当に誤解だから! な、ヴォルグ!?」
ヴォルグを振り返ったはいいものの、ヴォルグは相変わらず首を傾げていて何も言わない。口下手な上に人の感情を読むのが大の苦手だから、もしかしたらこの子が怒っていることすら気付いていない可能性だってあった。
……だってあの超鈍感ヴォルグだから、十分あり得る。カイネと長年拗れに拗れたのは、ほぼヴォルグの方に原因がある。更にまだ幼いアイネが家出してしまったのも、元を辿れば全部ヴォルグに原因があるのだから。
――なんでいつもいつも人間関係の調整ばっかりやってるんだろう。
またしても溜息を吐きそうになりながらも、折角見つけた大事な道案内人をここで逃す訳にはいかないので仕方ない。
「あのね、俺らの中にも混血の子がいてね、このヴォルグは彼のことがだーい好きなんだよ」
「……はあ?」
何言ってんだこいつ、みたいな表情になった竜人の子に、ヒースは必死で説明をすることにしたのだった。
次話は来週の金曜日に投稿の予定です。




