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5 道案内人

 宿屋に部屋をふたつ取ったはいいが、基本自由に何となくうまくやるニアはともかく、喧嘩っ早いシーゼルから目を離すのは恐ろしくて仕方ない。


 部屋のドアを開けた瞬間、壁一面に血飛沫が広がってました、なんてことも十分考えられる。それがシーゼルだから。


 どうしても落ち着いて部屋で休憩する気分になれなかったヒースは、「疲れた、少し休む」と横になって早々いびきをかき始めたヴォルグは放っておき、すぐ隣の部屋を訪ねることにした。善は急げというやつだ。


 各々の部屋に別れる際、「ふらふら彷徨いちゃ駄目だよ。ヒースは若いし健康に見えるから、いい労働力になっちゃうからね」とシーゼルに忠告されてはいた。だけど、その張本人が一番何をしでかすか分からないことに一番の問題があると、ヒースは思っている。


 ヴォルグよりはマシだが、カイネはカイネですぐにシーゼルを苛立たせる特殊能力を持っている。カイネの父親で族長のティアンも何だか掴めない獣人だし、そういえばいきなり獣化してヒースの首を絞めてきた。考えたら酷すぎる。みんな、人の扱いが雑すぎる。


 どいつもこいつも、唐突に何かをしでかす可能性を秘めた奴らばっかりなのだ。


 そんな奴らを何故ヒースが束ねて一緒に来ないといけなかったのかは、未だに納得していない。でも、確かにヴォルグやカイネが竜人とまともに交渉できる気は一切しないから、人選としては合っているんだろうなあ、と嫌々だけど思わざるを得なかった。


 みんな、喧嘩っ早すぎる。もっと穏やかに生きてほしい。どうしてそれができないのか、そっちの方が不思議だった。


「……頼むから大人しくしてくれよ」


 小さな溜息を吐きながら、廊下に出る扉を開けて一歩出る。直後、横からくすんだ色のマントを被った誰かとぶつかってしまった。


「うわっ!」


 少し掠れた高めの声が、小さな叫び声をあげる。


「危ない!」


 ヒースにぼふんとぶつかった人物はあっさりと弾き飛ばされてしまい、慌ててその人の腕を掴む。


「えっ」


 直後、その腕のあまりの細さに、折れるんじゃないかとギョッとしてしまった。


「だ、大丈夫!?」


 ヒースよりも頭ひとつ分は背の低いマントの人物に向かって、声をかける。


 薄汚れたフードで顔の大半が隠れていて、よく見えない。目と鼻先だけは辛うじて見えるものの、男か女かも分からなかった。先程の中性的な声から察するに、若そうではある。


「だ、大丈夫……ん?」


 少し吊り上がった涼しげな黄色の瞳が、ヒースの顔を凝視した。どうも、ひどく驚いている様子だ。


 黄色の瞳の中心に縦にスッと伸びた瞳孔は、この人物が当然だが人間ではなく魔族の血を受け継ぐ者であることを語っていた。奴隷時代に何度か見たことのある、いつも偉そうだった竜人の瞳と同じだ。


 つまり目の前の人は、竜人だ。でも、ヒースの記憶の中では竜人は人間の男よりもひと回り大きくて、もっと威圧感がある。例外がなかったのは、彼らが軍人だったからなんだろうか。


 フードを被った頭には、竜人だったらある筈の二本の角の尖りが見当たらない。耳はフードに隠れて見えないが、竜人であれば硬そうな耳がひらひらしている筈だが、それがある膨らみも分からない。


 これまで見てきたどの竜人と比べても壊れそうなほどに頼りない細さに、もしかしたらまだ子供なのかな? と推測した。


 この小ささに細さも、子供なら十分に考えられる。竜人にいつから角が生えてくるのかは知らないけど、子供の内は生えてなかったり小さかったりすることもあるのかもしれない。


 獣人族の集落のリオを、ふと思い出す。まだ小さいのに一人前にヒースを心配する場面を見ては、可愛いなあと思っていた。


 奴隷時代は自分よりも若い人間は殆どいなかったから気付かなかったが、どうやらヒースはクリフといいリオといい、小さな子供が好きらしい。あの子たちは、純粋でただひたすらに可愛いから余計だった。


 一筋縄ではいかない大人の獣人と大人の人間と大人の妖精と五人で旅をしてきて、ヒースは心底願っていた。癒やしがほしい、と。本来であれば恋人になりたてのニアに癒やしを求めたかったが、状況がそれを許してくれない。なんでカイネの嫁役なんだ。ヒースの恋人なのに。


 竜人の子は、吊り目を大きく見開いてヒースを見上げている。


「え……に、人間がどうして?」


 目の前の竜人は子供だと勝手に断定した途端、ヒースの中の元々大してない警戒心がシューッと消えていった。


 実に不思議そうな顔でヒースを見つめている竜人の子を、怖がらせてはならない。


 ヒースは笑みを浮かべると、少し小首を傾げながら返事をした。


「俺は獣人の主人と一緒に旅をしてるんだよ」

「じゃ……やっぱりお前は人間なのか?」


 竜人の子が、何故か急に声を潜める。つられるように、ヒースも少し屈んで声を潜めた。


「うん。人間の男は珍しい?」

「たまに見かけはするが、お前みたいな若いのは初めて見た」

「へー、そうなんだ。実は砂漠の向こうの集落から今日到着したばっかりで、まだこっちのことは全然分からないんだよね」


 ヒソヒソヒソヒソ。一瞬何をやってるんだろうと客観的な自分がツッコミを入れてきたが、この子を怖がらせてはいけない。


 それに第一、この竜人の子からは敵意が一切感じられなかったのだ。多少なりとも魔力を持つ魔族ならば、ヒースの魔力が相手が自分に持っている感情を勝手に伝えてくる。敵意だろうが、好意だろうが。だけど、この子から唯一感じられるのは、人間に対する好奇心だけだった。


「砂漠の向こう? まさか人間の国からやってきたのか?」

「ううん、境目にある獣人の集落からだよ。俺はそこで鍛冶屋をしてるんだ」


 嘘ではない。子供に全くの嘘を吐くのはさすがに気が引けたので、少しずつ真実を混ぜていった。


「鍛冶屋……へえ、若いのに凄いな……」


 竜人の子は、本当に感心しているらしい。


「まだ鍛冶屋に毛が生えた程度の腕前だけどね」

「いや、主人に認められているんだ。十分すごい」


 褒められて悪い気はしない。実際に認められているのは、鍛冶屋の腕前ではなく話術の方だったが。


 竜人の子が、声を潜めたまま尋ねてきた。


「でも、いくら主人がいるとはいえひとりで歩き回るのは危険だぞ。一階の大部屋にはあまり風体のよくない奴らも泊まっていると聞いたから、気を付けろよ」


 なんと、人間だからと出会ったばかりのヒースのことを心配してくれているらしい。なんていい子なんだろう、とヒースは竜人の子の頭を撫でてやりたくなった。


「ありがとう。隣の仲間の部屋に顔を出しにいくところだったんだ。ちょっとの距離だから大丈夫だよ」


 にこやかに応えた後、ふと思いついて尋ねる。


「ねえ君さ、この辺りの子? 王都までの案内ができる人を探したいんだけど、どこに行けば見つかるか知らないかな?」


 今回アイネを連れ去った竜人は、王都住まいだそうだ。シーゼルでも十分道案内はできるが、王都は広大な森に囲まれているそうなので、出来たら道案内を見つけておいた方が無難ということだった。「魔物も多いらしいしね」とうふふと笑われたら、誰だって道案内を欲しがるだろう。


 すると、竜人の子が再び黄色い目を大きく開く。


「……案内人を探しているのか?」

「うん。心当たりある?」


 ヒースの問いかけに、竜人の子は大きく頷いた。


「丁度俺が明日王都へ向かう。金額によっては案内してやってもいいぞ」

「えっ! 本当か!?」


 ヒースが笑みを浮かべると、竜人の子のツンと澄ましていた顔に、ほんの僅かだが小さな笑みが浮かんだ。

次回投稿は8/25金曜を予定しています。

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