4 出会い
広大な森を抜け、山道を進む。
幾つもの町を通過し砂漠の手前にある町シェールンに到着したのは、王都を出てから半月が経ってからだった。
竜人族のように空路を行ければ数日の距離も、地を歩くしかないナハトにとっては長い行程だ。
獣人族であれば持ち前の脚力でナハトの半分程度の日数で着いたのだろうが、ナハトには人間と変わらない足が二本あるだけだ。これが限界だった。
鞄の中の封書の中身が何かは、ナハトは預かり知らぬところだ。防水の為に蝋が塗ぬられた紙に包まれ、更に封印にはきっちりと魔法も掛けられている。
梱包の厳重さから相当やばい中身なのだろうとは予想できたが、差出人が誰かも知らされていない以上、ナハトに中身を予想するだけの情報はなかった。
知っている事実は、依頼者が竜人族であることと、受取人も竜人族であるということだけだ。勝手に封を開けようとした途端、火の魔法で封書は焼き尽くされる。そういう仕組みになっていたから、成功報酬として残りの半金が欲しければ、大人しく配達するしかない。
余計なことに首を突っ込んでも、いいことは何もない。ナハトに必要なのは、ひとりで生きていく為の金だった。
シェールンは西ダルタン連立王国に入る前の最後の町だ。その先は、ひたすら砂漠の行路が続く。徒歩で半月ほど進めば、渓谷に到着するのだそうだ。
渓谷には昔からそこに住まう獣人族の集落があり、本国からの旅人はそこでしばしの休息を得る、と聞いたことがあった。
その先は、人間の国。だが、殆どの町は滅ぼされ、主に軍隊を中心とした魔族が集落に住んでいて、無傷の人間の町は残っていないとか。
だが、魔族は人数が少ない。反比例する様に人間の総数は多かった為、今も隠れ潜んでいる勢力があるらしいとの噂だった。
噂が本当かは知らないが、広い国土に散らばった人間を全員捕まえることなど、土地勘のない魔族には難しいのだろうと思った。
どこまでも罪深い魔族の所業。その血は、自分の中にも流れている。黄色い虹彩に切れ込みの様に縦に伸びた瞳孔が、否が応でもナハトに自覚させた。
――出来損ない――!
何度も罵倒されたお陰で、思い出したくないのに女の怒鳴り声はいつでもナハトの脳裏に蘇る。まるで今聞かされているかのように。
ナハトは頭を振ると、フードを目深に被り直した。わざわざ顔を晒す必要はない。不要な争いには巻き込まれたくはなかった。
町中は、全体的に砂っぽく黄色味を帯びている。ナハトは大通りを進んでいくと、目的の竜人族が住まう屋敷へと足を向けた。
◇
封書を無事手渡し、受領書にサインをもらうと屋敷を後にする。
念の為「向こうに届ける物はないか」と確認してみたが、依頼する物はないという返事だった。何やら重要そうな封書だったので、もしかしたら復路にも依頼を受けられるかと思っていたが目論見が外れる。ただ帰るだけでは、利益が薄くなってしまうのだ。
封書運びは比較的楽な仕事だが、反面報酬を得られるのが片道だけの可能性も高い仕事だ。だからあまり引き受けたがる者がいないので、ナハトのような半端者でも依頼を受けることができるのだが。
「参ったな……」
往路はほぼ野宿で来たが、この町で依頼を探すとなると宿屋での宿泊が必要となる。手持ちはあるものの、依頼がすぐに見つかる保証はどこにもない。
屈強な男や魔力の高い者であるならともかく、ナハトはひ弱な上に魔法も使えない。どこかの廃屋の軒下で野宿などしたら、人攫いや強盗に遭っても文句は言えない。このシェールンの治安は、それくらいは悪かった。
なんとかして依頼を見つけ、できれば一泊して明日にはこの町を去りたい。
「仕方ない、安宿を探すか」
寝床を確保した後は、仕事探しだ。この町にも、便利屋のツテはある。ナハトの縦の瞳孔を嫌そうに見る相手ではあるが、拒絶まではしないから話くらいは聞いてくれるだろう。
町の中心に続く大通りに出ると、宿屋を探した。軍が滞在している時は宿が埋まっていることもあるが、見たところ軍人らしき男の姿は見かけなかった。ならば多少値切ることもできるかもしれない。
繁盛してそうな立派な店構えだと、値段が高い。かといってあまりにもひなびた宿屋を選ぶと、値段は安くてもろくな奴らが宿泊しておらず、非力な上に単独行動を取っているナハトは絡まれる可能性が高かった。野宿しているのとそう変わらないのだ。
なので、狙うは中くらいの何の変哲もない可もなく不可もなさそうな店構えの宿屋だった。
「あそこでいいか」
大きさはそこそこ、でも少し年季が入ったように見える外観の宿屋の中を覗く。中は案外綺麗にされている。
入り口を潜り壁掛けの値段表を見ると、決して安くはない価格が書かれていた。だが出せない額でもない。受付の向こう側に座っている店の主人らしき獣人が、ナハトを見ると笑顔に変わった。
「いらっしゃい! ひとりかな?」
「ああ。なるべく安い部屋がいいんだけど」
「安い部屋? 大部屋があるにはあるけど、あんた――」
すると主人は、じっと目を凝らしてフードに半分隠れたナハトの顔を覗き込む。鼻をスンスンと動かすと、獣人の耳がピクピクと動いた。
しばらくまじまじと見ていたが、「んー」と頭をガリガリ掻くと、料金表を指さす。
「……大部屋は今は柄のよくない奴らが集団で泊まってるから、やめといた方がいい」
主人の言葉に、ナハトはひやりとする。
「あの、俺は――」
「あー、いいから」
ひらひらと手を振ると、主人はひとり部屋の値段の上をトントンと指で叩いた。
「これよりちょっと割り引いてやるからここにしておけ」
「でも」
「いいんだよ。どうせ部屋は空いてるしな。それにうちの宿で問題を起こされたら評判に関わるんだよ」
悪いこと言わないから、な? と言われ、ナハトは仕方なく頷く。
前金を支払い、部屋の鍵を受け取る。
「通路の奥の階段を二階に上ってすぐの部屋だ。大部屋は一階の通路にあるから、絡まれんようにな」
「……そんなに危ない奴らが宿泊しているのか?」
ナハトが問い返すと、主人は片眉をひょいと上に上げた。
「……獣人の中には俺みたいに鼻が利く奴もいるんだよ」
それが答えだった。
「……忠告ありがとう」
「おう、ごゆっくり」
主人は軽く手を上げると、手元に何かを書き付け始める。
受付に背を向け、言われた通りに通路の奥の階段を上っていった。人が二人辛うじてすれ違える程度の幅しかない。足は疲れて重かったが、トントンと素早く駆け上る。
二階に上がると、通路は左右に分かれていた。
どっちだろう? と壁の番号を見上げながら進んでいく。
すると突然、ナハトの目の前の扉が勢いよく開くと同時に、背の高い影が出てきた。
「うわっ!」
ボンッ! と当たり、ひ弱なナハトは弾き飛ばされる。
「危ないっ」
男の声がした直後、後ろにひっくり返りそうになったナハトの腕が掴まれて引き戻された。
「だ、大丈夫!?」
「だ、大丈夫……ん?」
焦った顔でナハトを見下ろしていたのは、淡い金髪に少し変わった橙色の瞳を持つ若い男だった。両耳の横から、赤い髪なのか、細い三つ編みを垂らしている。筋肉質な腕は、本気を出したらナハトの腕などぽっきり折れてしまいそうなほど逞しくて正直羨ましい。
だが、ナハトは目下驚いていた。
いる筈のない奴が目の前にいるからだ。
丸い耳、丸い瞳孔。どこにも獣や鱗もない、色白の肌。
女ならあり得る。だが、目の前にいるのは明らかに男だ。
「え……に、人間がどうして?」
唖然としてナハトが呟くと、男は困ったように笑いながら、小首を傾げた。
次回投稿は来週金曜日の予定です。




