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3 シェールン

 渓谷に沿って更にひたすら砂漠を進むこと、十日。ヒース達一行は、ようやく砂漠の終着点を目前にしていた。


「町があるぞ!」


 カイネが嬉しそうにはしゃぐ。先日ひとりでなんとか大ミミズを仕留めて以来すこぶる機嫌が良く、数日経った今も上機嫌だ。


 いじけられるよりは面倒がないが、事ある毎に「これで僕も役に立つと分かっただろう!」とふんぞり返るので、若干うざったくはあった。


 勿論そんなことは言わないし、顔にも出さない。言ったら更にうるさくなるのは目に見えている。


 つくづく自分の無表情はこういう時役に立つな、とヒースは思った。


「大きいな……」


 ヴォルグも感慨深げだ。他の小さな集落は訪問したことがあっても、大きな町は初めてらしい。


 ヒースは奴隷時代に西ダルタン連立王国内にある魔族の町を転々としていたので、他所の町もある程度は知っている。だけど奴隷だったので、当然ながら自由行動なんてない。収容所に到着するまでの間、通りを歩いただけだ。


 しかし町に居住、または滞在している魔族の数は決して多くなかった。余所者や魔物、野生動物が入り込まない為か、入り口が打ち付けられて入れない様になっている家をよく見かけたので、恐らくは殆どが空き家だったんじゃないか。


 ちなみにヴォルグは、ここのところカイネの機嫌がいい為、以前よりカイネとの会話が弾んでいて嬉しいんだそうだ。「これは心を許されたということか?」と昨夜カイネが寝た後にこっそり聞かれたのは、ヒースとヴォルグ二人だけの秘密だ。喋ったら、きっと殺される。


 ヴォルグのカイネに対する気持ちは恋愛的なものじゃないという共通認識ができたのはいいが、それでも好かれたいという気持ちに変わりはないらしかった。


 なので、ヒースへの恋愛相談ならぬ「如何に右腕として傍に居心地よくいてもらえるか」相談は、なくなることはなかった。


 できることなら、二人で直接解決してほしい。


「あれが魔族の国にとって最果ての町、シェールンだよ」


 シーゼルが教えてくれる。


「寝泊まりできる所はあるの?」


 ニアの問いかけに、シーゼルはこくんと頷いた。


「あの町に立ち寄るのは西ダルタンを行き来する奴らくらいだから、大抵は空きがある筈だよ」


 さすがはシーゼル、詳しい。


「今夜は砂の上じゃない所で寝られるよ」

「それは嬉しいな。どこもかしこも砂だらけなのよね」


 シーゼルとニアはすっかり打ち解けてしまい、気がつけばこうして二人の間だけで会話が進んでいることが多かった。


 自分の恋人なのに、とヒースは心の中で下唇を突き出す。勿論、顔には出さない。出したらシーゼル辺りがからかうのは目に見えていた。


「お風呂はあるの?」


 ニアが尋ねる。目がかなり真剣なので、これはかなり期待している様だ。


「あると思うよ。僕も綺麗になりたい。折角きれいな肌が、砂だらけだもの」

「よかった! もう頭が痒くて仕方なかったの」

「あそこの町にね、お肌にいいって評判の香油があって……」


 ニアとシーゼルの話題が美容の話に変わってしまったので、ヒースは前に向き直る。


 ヒースといえば、ジオの所で入らせてもらう前は、風呂なんて数年間まともに入ったこともなかった。


 奴隷時代の建設現場では水も貴重品だったので、基本は垢すりをして汚れを落とすくらい。たまに水が豊富な建設現場に行くと、奴隷たちが我先にと水に飛び込んでいた。


 なので、風呂に数日入らなかった程度で堪えはしない。でも、ジオとその後の獣人族の集落での暮らしで、風呂の楽しみを覚えてしまった。だから、ヒースも風呂には是非とも入りたい。


 それに、ヒースには是非町に着いたら叶えたい願いがあった。


 前にニアにねだった「キス以上のこと」はさすがに今夜すぐには難しいかもしれないが、せめてキスくらいしたかったのだ。あと、できればニアの小ぶりで柔らかい禁断の果実に触れたい。


 これまでは周りに人がいるから、ニアと二人きりになって恋人らしい会話もできやしなかった。それにニアは、いつもさっさと羽根の中に包まれて寝てしまう。


 砂漠をひたすら進んでいるから、体力の消耗が激しいのは分かる。でも少しくらい恋人っぽい触れ合いが欲しかった。せめて寝る間だけでもくっついて寝るとかしてみたい。


 ヒースがしょんぼりとニアの寝息を聞いていると、とシーゼルが寄ってきて「ヒース、人肌恋しいなら僕が慰めてあげようか? 隊長には内緒だよ」とか言い出すので、勘弁してほしかった。


 なので、ヒースは期待していた。今夜こそニアと二人きりになれるんじゃないかと。恋人らしい触れ合いをするなら、できることなら身体を清めたい。自分の身体も服も臭うので、ニアにキスしようとした途端「臭い」と言われるのは嫌だった。


 ということで、ヒースは期待しまくっていた。


 だけど、シーゼルの言葉で一気に地獄に落とされることになる。


「大部屋を取ると他の魔族がいて危険だから、基本僕たちは個室ね。個室は二人から四人までが普通だから、僕達の場合はふた部屋だね」


 嫌な予感がした。


「ということで設定。ニアは人間でどっちかの妻役。で、僕がニアの世話係の奴隷ね」


 指を差されたニアが頷く。


「ヒースは鍛冶屋ね」


 シーゼルがヒースを指差した。そして仰々しく悩ましげに頬に片手を添える。


「で、考えたんだ。どっちがまだマシかなって」

「マシって、何がだ?」


 カイネが問いかけると、シーゼルは元々細い目を更に細めて弧を描かせた。顔だけ見ている分にはとても綺麗な人なのに、口から出てくる言葉はとんでもないことばかりなので、大分慣れたとはいえ未だに時折驚かされる。


「カイネとヴォルグと、どっちがマシかなって」

「……意味が分からん」


 ヴォルグの返しに、同じく頷くカイネとヒース。


 すると、シーゼルは艶やかに微笑んだまま続けた。


「やだなあ、部屋割りの話だよ。基本人間だけに部屋は使わせないし、ヒースとニアを一緒にしてあげたかったんだけど、人間の夫婦なんておかしいじゃない」

「なるほど、言われてみればその通りだな」


 カイネはクソ真面目に頷いている。


「だから僕、ニア、それとカイネかヴォルグでひと部屋。もうひと部屋に、カイネかヴォルグとヒースしか選択肢がないんだよね」

「え……っ」


 ごめんね、と小首を傾げるシーゼル。


「で、カイネはうるさいけどよく寝るから寝たら静かだし、ヴォルグは静かだけどすぐに喧嘩売ってくるし」


 喧嘩を売っているのはシーゼルの方だろう、とは誰も言わなかった。


 ヒースの期待が、どんどん萎んでいく。分かる。分かってる。ヴォルグとシーゼルを一緒にした方が危険だと。下手をすると、翌朝部屋が血だらけになっている可能性だってあるから。


 ――ああ、禁断の果実が遠のく。しかも今夜もあの発展性の感じられない相談を延々と受けるのかと思うと、頭痛がしてきた。


「……俺とヴォルグで」

「だよね! ごめんねえ、ヒース!」


 泣きそうになりながら、それでもやっぱり表情を変えないまま、ヒースはうつむき加減で頷いたのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ヒースには悪いが、この旅路わりと楽しそうである。 [一言] 久々の更新だー! 二章一話めから読み返しちゃった( ^ω^ )
[良い点] \(^ω^)/無しよ(´;Д;`)
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