1 砂漠
第二部、開始しました。
週一くらいの更新で考えてます。
目深に被ったマントのフードを、ヒースは軽く持ち上げた。
右側には、赤い絶壁がそびえ立つ。午後に入ればこれが影となり一気に冷え込むが、現在太陽は頂点に輝いている。クラクラした。
左手には、少し黄色味を帯びた砂漠が広がっている。遠くは靄がかっており、見ているだけで焦げてしまいそうな気がしてきた。
雲ひとつない青空に見える黒い点は、ただの鳥かそれとも魔鳥か。
フードの目元を持ち上げていた指がジリジリと熱を持ち始め、ヒースは慌てて手をマントの中に引っ込める。初日に油断して、肌を晒していた部分が真っ赤に腫れてしまった。その日の内にニアが蛇を狩ってくれたので痛みは引いたが、油断するとまた赤く腫れ上がってしまう。
ヒースの肌は元々かなり白い為、この一行の中では一番日に弱いらしい。色の白さは生まれついてのものだから仕方ないとはいえ、恋人のニアよりも弱っちい自分の肌が嫌になる。
徐々に日焼けしていけばその内赤く腫れなくなると言われたが、一体いつになることやら、と心の中で小さな溜息を吐いた。
マントの中も暑いは暑いが、乾燥しているからか、日陰になっている部分はまだ涼しい。
それよりも、マントの隙間から中に吹き込む砂漠の熱風の方が辛かった。
……辛い。暑い。
心の中で、もう何度も呟いた言葉をまた呟く。呟いても呟かなくても、辛いし暑い。おまけに砂漠の砂はとんでもなく歩きづらくて、体力はそこそこある筈のヒースの体力をガンガン削っていっていた。
獣人族の集落を出て、早五日。
景色は一向に変わらないが、右側に常に渓谷の赤壁があるお陰で迷子になることはない。
俯きがちに、前を行く元気な二人の背中を眺めた。あいつらは、腹が立つぐらい元気過ぎる。
「いいかヴォルグ! 次に大ミミズが現れたら、今度こそ僕がひとりで仕留めるから手を出すな! 分かったな!」
肩の上で切りそろえられた真っ直ぐな黒髪からピョコンと出ているのは、茶色い犬の様な耳だ。それが話をする度にピクピクと動いていた。
「だがなカイネ。先程の大ミミズは、随分と大きかった。集落で一番強い俺でも、あれを仕留めるのは苦労したんだぞ?」
キャンキャン吠える様に突っかかってくる人間と獣人の混血の美形の男カイネを心配そうに見下ろすのは、本人も言う通り集落一の強さを誇るヴォルグだ。大きな身体を縮こまらせている様は、日頃の威圧感など一切感じさせない情けなさを醸し出している。
抱えて運ばれたり首を絞められたり、とヒースはヴォルグに散々な目に遭わせられたので、ヴォルグがこうして大人しくなるところを見るのはなかなか悪くない。ヴォルグは基本的に行動の全てが雑なので、ようやくまともに会話が交わせる様になったカイネから、是非とも人との穏やかな付き合いというものを学んでもらいたいものだった。
――話している内容は、ちっとも穏やかじゃないけど。
ヒースは、心の中でそっと溜息を吐いた。
「僕を認めるんじゃなかったのか! 言ってることに行動が伴っていないぞ!」
「だがな……カイネが怪我でもしたら、アイネに会わせる顔がない」
「僕が怪我をする前提で話すな!」
ヴォルグの頭から生えた耳は、カイネのものよりも黒みを帯びている。それが情けなく伏せ気味になっていることから、本当に困っているのが分かった。全く可愛らしさはないが。
うるさいけど、あの二人が一番前にいてくれるから、襲ってくる魔物の被害はこちらに及んでいない。だけどうるさい。ただでさえ暑くて苛立つのに、キャンキャンうるさすぎる。
すると、それまで蒼鉱石の剣を使って水魔法で作った氷をガリガリと食べていたシーゼルが、ヒースが我慢していたことをあっさりと口にした。
「うるさいよ」
「な……っ!」
振り返ったカイネに負けず劣らずの美貌が自慢であるシーゼルは、「おお、怖い」と大仰に驚いてみせる。シーゼルもヒースと同様に色は白い方だが、これまで散々荒野を駆け回っていたお陰で日に焼けており、ヒースと違ってもう赤く腫れたりはしない。
「はい、静かにしていたニアとヒースにはご褒美をあげるね」
嫣然と微笑むと、魔法で作った氷をヒースとニアに手渡した。
「ありがとう、シーゼル」
歩くよりも飛ぶ方が楽らしく、パタパタと空を飛んでいたニアが穏やかな笑みを浮かべる。シーゼルはウフフと嬉しそうに笑うと、ニアに話しかけた。
「ヒースが好きな子っていうから一体どんな子かと思っていたら、ニアって滅茶苦茶いい子だよね。僕、ニアのことが好きになりそう」
「ちょーっ!」
ヒースは慌ててニアとシーゼルの間に割り込む。すると、シーゼルがするりとヒースの腰に腕を回し、くっついた。暑い。
「やだヒースったら。ヤキモチ? 大丈夫、僕の一番は隊長で二番がヒースだから、ニアはどう頑張ってもそれ以下にしかならないよ」
そういう問題じゃない。というか、ヒースが二番というのはどうなのか。
「シーゼル、僕にもその氷をくれないか?」
よだれが垂れそうな顔で、さっきまで騒いでいたカイネがシーゼルに尋ねる。途端、シーゼルは笑顔を引っ込めてツンとそっぽを向いた。
「やだよ。だってあんたうるさいんだもん」
「た、頼む! 喉がカラカラなんだ!」
「騒ぐからでしょ」
すると、この様子を黙って見ていたヴォルグが、こめかみに青筋を立てながらシーゼルを睨む。
「カイネの頼みを聞けないというのか……!」
それそっくりそのままヴォルグに返すよと言いたかったけど、怖いのでヒースは沈黙を守ることにした。
シーゼルの腕がヒースの腰から離れると、シーゼルは腰に帯びた蒼鉱石の剣の柄に手を伸ばす。待て。待て待て。
ヴォルグはと言うと、腰を低くして構えを取った。構えないで。頼むから。
シーゼルがにやりと笑う。
「僕とやりたいって?」
「どちらが強いか勝負するか?」
もうやだ、この戦闘馬鹿たち。ヒースの頭がズキズキと痛んだ。毎日がこんなので、このままじゃ、魔族の国に到着する頃には全員傷だらけになっているかもしれない。
「シーゼル! ヴォルグも! こんなところで争ってどうするんだよ!」
仕方なくヒースが間に立ちはだかると、途端にシーゼルがしなを作ってヒースに駆け寄る。
「ヒース、聞いてよ! この獣人がね!」
「ヒース、その銀髪の戯言など聞く耳を持つな」
「シーゼル、頼む、氷をひとつ……!」
「ふわあ……っ」
最後の欠伸は、まさかのニアだった。
「分かった、分かったから。ひとりずつ話を聞くから落ち着こう? な?」
一番年下で一番経験の浅い筈のヒースは、こうして今日も一同の調停役となるのだった。
――疲れる。
という心の声を呑み込みつつ。




