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ヨハンの説得

 黒目が多い瞳は、これまでのクリフと同じだ。固い直毛はかなり伸び、獣のたてがみの様だった。


「クリフ……大きくなったなあ」


 ヒースが目をぱちくりしながら背が伸びたクリフの頭を撫でていると、カイネが腕組みをしながら重々しい雰囲気で言う。


「動物は基本的に繁殖時期が人間や魔族よりも早いからな。鹿の姿での成熟具合に伴い、人間としての姿も成長したんだろう」


 クリフは人間の姿を取ることは出来ても、その本質はあくまで鹿だ。言葉を喋っても、時間の流れ方がヒースたちとは違うのだ。


 クリフを見下ろしても、クリフは首を傾げてヒースを見返しているだけだ。まだ繁殖が何か、分かっていない可能性もあった。


「繁殖時期か。二年目から角が生えてくるんだよな?」

「そうだな。クリフにもその内角が生えてきたら、人間の姿も成熟した大人の姿になるのかもしれない」


 ヒースがクリフと出会った時、クリフの背中にはまだ鹿の子模様があった。本当に子供だったのだ。それが、数ヶ月共に過ごしている間に、クリフはどんどん大人に近付いていく。


「……鹿って何年くらい生きるんだろう」

「さあ……十年かそこいらじゃないのか」


 そんなこと、これまで考えてもみなかった。だけど、このまま二人とも死ぬことなく生き長らえた場合、クリフの方が確実に先に死ぬのだ。


 途端、腕の中にいる少年と青年の間の年齢に見えるクリフが消えてしまうんじゃないかと思い、ヒースはクリフをぎゅっと抱き締める。


 自分に付き合ってここまで来た。クリフの母親が死ぬことになってしまった大元の原因の火事だって、もとを正せば奴隷だった自分たちが逃げ出したからだ。


 完全なとばっちり。しかもヒースはその原因の部分にかなり関わっている。


 それでもヒースのことが大好きだといつも全力で伝えてくれるクリフにヒースがしてあげられることは。


「……頑張って探そうな」

「うん!」


 クリフが気になる相手に再会し、クリフとうまくことを祈った。



 カイネとクリフと共にヴォルグの家に行くと、既にヴォルグとヨハン、そしてシーゼルもその場に集結していた。


 この中で、話が全く見えていないのはヨハンだけだ。やや不安そうな表情を浮かべていたが、そこは肝の据わった元軍人。周囲を見回して不安げな表情を見せる様なことはしないのはさすがだった。


 食卓に向かい合わせで座るニアとヨハン。その周りをぐるりと囲む様に、ヒース、ヴォルグ、シーゼル、そしてカイネが立っている。ミスラはというと、ティアンとザハリの食事の片付けの為不在にしていた。この異様な状況に立ち会わなくていいのが、若干羨ましい。


 大きな紺色の瞳をキリリとさせたニアが、口火を切った。


「ヨハン」

「なんだ」


 ヨハンは立派な体躯をしゃっきりと伸ばし、ニアに負けじと堂々とニアを見返している。


「話があるの」

「それはこの様子から分かる。だが、一体何の話だ」


 苛立たしそうに、ゆっくりと周りを囲むヒースたちを見回した。視線がヒースの顔をかする時だけちょっと長めに睨みつけるのはやめてもらいたい。ヨハンはやがて視線をニアに戻すと、ニアが説明を始めるのを待った。


「単刀直入に言うと、魔族の国に行く人員の中にシーゼルも含めたいの」


 ニアが言った途端、ヨハンのこめかみがピクリと動く。そして何故ヒースを睨むのか。訳が分からない。


「……詳しくは聞いていないが、カイネの妹が竜人族に捕らえられいるのを取り戻しに行くらしいな。その人員に、ということか?」

「そう、それよ」


 ニアはにこりともせずに頷いた。ヨハンも全く愉快じゃなさそうな顔をしているので、傍目から見ると睨み合いでもしているかの様だ。


「何故シーゼルを連れて行く」


 ヨハンの声が、一段階低くなった。横目でヨハンの後ろに立っているシーゼルを盗み見ると、シーゼルは嬉しそうに頬に手を添えながらにやついている。ヨハンのあからさまな独占欲に、身悶えしている様だった。


 どうしてこんなのがいいのかヒースにはさっぱり理解出来なかったが、理解したいとも思わないので視線を逸らす。世の中、知らない方が幸せなこともあるのだ。


「シーゼルしか魔族の国に行ったことがないから、その道案内よ」

「――は?」


 今度は、もっと低い声になる。ヨハンは眉間に大きな皺を刻んだ状態で、横に立っているヴォルグとカイネを睨みつけた。


「魔族の癖に、本国に行ったことがないだと? 冗談だろう」

「申し訳ない」


 カイネが素直に頭を下げると、ヨハンが少しだけ怯んだ。顔だけは綺麗な女の人だから、どうもカイネには強く出られないみたいだ。


 ――これはカイネに来てもらって正解だったかもしれない。


 思わず頷きそうになったが、ヒースは反応が表に出ないよう必死で堪えた。ヒースが何かをこっそり指示したとでも疑われたら面倒だ。


 ヨハンはとにかくヒースのことが嫌いで仕方がないらしいので、きっと些細な仕草でも何もしていなくとも疑われる。間違いない。


「僕の妹のことでシーゼルの手を煩わせるのは本当にすまないと思っている。この通りだ」


 そう言って深々と頭を下げられると、ヨハンの眉間の皺が少しだけ和らいだ。


「……では、俺も同行……」

「そのことなんだが」


 ここでヴォルグが口を挟む。どう説明するつもりだろう。ヒースは固唾を呑んで状況を見守った。


「シーゼルなら、まだ世話係の奴隷だと言っても可笑しくはない。ヒースは、一族の鍛冶屋だと言えばそれで通る。だが」

「……だが?」


 ヨハンとヴォルグの二人ともが眉間に皺を寄せながら話しているので、これじゃ喧嘩勃発直前みたいだ。もう早く話を済ませてこの場を立ち去りたかった。


挿絵(By みてみん)


「ヨハンは、悪いが体格がよすぎる。明らかに武人だと分かる雰囲気を纏っているから、ヨハンを連れて行くと俺たちが疑われかねん」


 なるほど、非常にいい理由だ。思わず手を叩きそうになったが、ヒースは必死で堪えた。


 ヨハンがこちらを時折チラチラ見て、というか睨みつけているのは、この話の黒幕がヒースだと思いこんでいる所為ではないか。


 今回に限ってはヒースはほぼ何もしていないが、これまで散々あれこれ提案してきた事実があるから、ヨハンが疑ってしまうのも理解は出来た。嫌だけど。


「……では、シーゼルの同行は了承できない」


 ヨハンはそう言うと、今度こそ思い切りヒースを睨んだ。


「この戦えもしない男が、シーゼルの足枷になることは目に見えている。何故か知らないが、シーゼルはこいつの保護者のつもりでいるからな」


 そう来たか。万が一危険が迫った時、シーゼルは咄嗟にヒースを庇うのは確かだろう。でも本音は、自分の目の届かないところでシーゼルとヒースがどうにかなってしまうことを恐れているんじゃないか。


 そんなこと、シーゼルは誘ってきそうだけどヒースが許す筈がないのに。


 すると、ニアが食卓を両手でバン! と叩いた。


「そこで提案です!」


 音に驚いた一同は、いきなり挙手し始めたニアをただ呆然と見つめている。さすがはニア、一瞬でこの場の雰囲気を変えた。


「ヒースのお守りとして、私が同行します!」

「……へ?」


 全員が、口をぽかんと開けてあくまで真面目な顔のニアを見る。


「基本、ヒースとシーゼルは近付けさせません! 約束します! なんせ私はヒースのこ、こ、こ……っ」


 みるみる内に、ニアの顔が真っ赤になっていった。可愛い。


「俺たち、恋人同士なんだ」


 さらりとヒースが後を引き受けると、カイネの驚き顔といったら凄いものだった。シーゼルは「へえ」といった表情になったが、ヴォルグは変わらない。


 そしてヨハンの表情は、一気に明るいものになった。


「そ、そうなのか」


 意外だったのだろう。


「私は剣の腕はヒースよりは上だと思うので、ヒースを守る為に同行します!」

「ふふ……っヒースより強いのか」


 その言葉を聞いた途端、明らかに意地の悪そうな笑みを浮かべたヨハンだった。

次話は月曜日投稿予定です。

もうすぐ第一部が終わる予定ですが、第三部まである予定ですのでまだまだ続きます…

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― 新着の感想 ―
[良い点] ニアの秘策はそれか〜( ^ω^ ) ヨハン、ほんとヒースだけを目の敵にしてたのね 恋敵じゃなきゃいいんかーい笑笑
[良い点] ヨハン、分かりやすいですねぇ(*´ω`*)
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