アンリの推測
そのまま待ったが、結局カイネもクリフも戻っては来なかった。
特に身体が著しく回復している感覚もなかったので、狩りをしている訳ではないと思う。一体何をやっているんだろうと首を傾げたところで、分からない。
ニアは病み上がりだ。あまり無理させてはいけないと、ミスラの所で寝泊まりしているニアを家の前まで送って行く。出てきたミスラに食べ物を分けてもらうと、そこで別れた。
ヨハンへの説得は、明日までに体力を回復して、それから挑むそうだ。ヨハンは目下シーゼルに夢中ではあるが、元々女性が好きな方だ。ニアと二人きりにするなど言語道断なので、ヨハンと話す前に自分も呼べと繰り返し言うと、分かったからと笑われながらも了承を得ることが出来た。
暫く起き上がっていないところにあちこち歩き回ったので、ヒースも疲れてしまった。クリフには会いたかったが、無理をしてまた倒れてクリフを余計に心配させては本末転倒だろう。
今日は大人しくしようとアンリの家へ戻ると、気配を察したのか、横になっていたアンリが目を開けた。
「ヒースは起きられていいねえ……」
ひと言目が恨み言。視線も何だか恨みがましいものに思える。今回は無理やりアンリの魔力を奪った訳でもないのに、そういう目で見ないでもらいたい。
「ニアとクリフのお陰だよ」
「いいねえ……」
アンリが、羨ましそうな表情になった。だが、考えてみれば当然とも言える。ヒースは、一気にアンリのことが憐れになった。
「そうだよな、好きだった女性が別の男と一緒になる為に魔力を使ったのに、自分は倒れた上に失恋だもんな」
「ヒース、遠慮って言葉は知ってるかな?」
アンリが、苦虫を噛み潰したような顔になる。ヒースの言葉が気に食わなかったらしい。王族というのは繊細なのかもしれない。
「あ、アンリに聞きたいことがあったんだよ」
「自由だよなあ」
アンリがブツブツと言っているが、あまり時間は残されていない。青鉱石の剣が完成した以上、なるべく早くにここを発ってアイネを連れ戻しに行かねば、いつアイネがヴォルグに心底愛想を尽かして竜人族と婚姻を、なんて言い出すか分かったものではないからだ。
どうも聞いている限りは大分跳ねっ返りの元気な女の子の様なので、可能性としてはなくはないんじゃないか。
その時、多分ティアンは切れる。切れて、死をも覚悟し最後に一花咲かせようと戦いに赴くのではないか。
どうもあの獣人は、家族のこととなると見境がなくなってしまう様だから。
「ほら、これ後で食べさせてあげるから」
ミスラからもらった食料を見せてやると、アンリの機嫌がころっと直った。
「ヴォルグの姉さんの料理、すごく美味しいんだよね」
「でもザハリの恋人だからね、気を付けなよ。あの人結構嫉妬深そうだから」
知らなかったら面倒そうなので教えてやると、再びアンリの表情が苦虫を噛み潰したようなものに戻る。
「どこもかしこも春を迎えているようで」
「春を迎えるってどういう意味?」
意味が分からずヒースが尋ねると、アンリはハアアア、と深い溜息を吐いた後、「恋の季節ってこと。僕には関係ないけど」と答えてくれた。なるほど、そういう意味があるのか。
「僕にちゃんとした恋人なんて、一生無理だろうなあ」
心底羨ましそうに、アンリが言った。
「いたことないのか?」
「……相変わらずグサグサ刺してくるよね、ヒースって」
そういうつもりはないのだが、今は何でもそういう風に捉えてしまう時期なのかもしれない。失恋は、卑屈になりやすい性質があるのだろうか。
「……まあ、お付き合い的なのはね、王族だったしあったよ、どこぞの家系のなになにさんとか」
「へえ」
ヒースが興味津々でベッドに腰掛けると、アンリが複雑そうな表情で続けた。
「でもさ、僕の力は、どんなに制御していても魔力たっぷりの子達には効いちゃうから」
「あー。好き好きってされちゃう訳か」
「そ。本心とは裏腹にね。その内本心もどこかにいっちゃうくらい、僕のことを好きになってしまう」
「それはそれは……」
考えてみればみるほど恐ろしい魔力だ。
「お付き合いを勧められる相手は、大抵魔力の多い子ばかりだし」
「効果てきめんなのか」
「言い方」
アンリが、膨れる。
「……だって、あの子達は僕じゃなくて、僕の魔力に引き寄せられてるだけだろう? だからさ、好かれても虚しいだけで」
言いたいことは分かる。相互理解も外見も何も関係なく、ただ魔力にやられて好きだと言われても、嬉しくはないだろう。
「ヒースが女の子だったらな……」
そして何かを言い始めた。ヒースをじっと見つめる目には、結構本気な色が見え隠れしているのはヒースの気の所為だろうか。
「やめてよ」
「冗談だよ」
冗談に聞こえなかった。
「だったらさ、魔力が全くない相手を見つけたら?」
「そんなのいるのかな」
そもそもが女自体が少ない世界だ。探すのは至難の技だろうが。
「妖精界よりはこっちの世界の方が可能性高いんじゃない?」
「……一理あるな」
アンリの表情が、若干だが明るくなってきた。どうやらヒースを狙ってみようかという気は失せたらしい。いいことだ。
ということで、本題に戻る。
「聞きたいのはさ、ニアのことなんだけど」
「ニア?」
ニアがカイネの魔力を吸った途端昏倒し、数日間熱にうなされたことを説明すると、アンリの表情が曇った。
「……なるほど」
そして、何かを考え込むように目を瞑ってしまう。
「何かよくないことがあったの? あんまり色んな人の魔力を吸い取っちゃいけないのかな?」
ヒースを助ける為にニアが倒れてしまっては、意味がない。ヒースもなるべくなら倒れたくなどはないが、今回の様に突発的に魔力を必要とされる機会も今後ないとは言い切れない。特に魔族の国という敵地に赴くのだ。いきなりぐさっと刺されたりしたら、ニアと繋がっている以上、周りの人から無意識に魔力を奪ってしまうことだって無きにしもあらずかもしれないじゃないか。
ヒースがそうすることで、ニアに何か悪影響があったらと考えると、今回倒れてしまった原因は魔族の国に行く前にはっきりとさせていきたかった。
「……検証しないといけないだろうけど、聞いた条件だと、それが妥当かも」
「ごめん、言ってる意味が分からない」
それが何かが、さっぱり分からないのだ。すると目を開けたアンリが、真剣な表情になる。
「いいかヒース。原因がはっきりするまでは、ニアに誰からも魔力を吸わせない様にした方がいい」
「てことは、俺も駄目か」
回復する為に何か森で捕まえようかとも思っていたのだが、それがニアの具合を悪くするきっかけにならないとも限らない。
クリフに関しては、クリフが何かを倒したところで影響を受けるのはヒースだけだ。ニアが魔力を吸収すると、ニアの髪の毛や羽根で繋がっているヒースとクリフも回復するが、クリフからニアに逆流することがないのは実証済みだからだ。恐らくは繋がりがヒースとニアほど濃くないからだろう。そしてクリフとヒースは、あくまで背中の絆で繋がっている。そういうことなのだ。
「一度、ニアと話したい。近々連れてきてくれるかな?」
「うん。分かった」
明日、ヨハンと話し合った後なら来られるだろう。
「……お腹すいた」
話が終わると、アンリが食べさせてと訴えてきた。
こんなところ、絶対ニアに見られたくないな。
そう思いながら、ヒースはアンリの口に食べ物を運び始めたのだった。
次話投稿は月曜日を目指します!




