好きなところ
抱きついている間に涙は止まり、ふと顔を上げると姉の様な優しげな笑顔のニアがそこにいて、ヒースの顔は当然の様にニアの元へと引き寄せられた。
啄む様に何度もキスを繰り返している内に、強張っていたニアの身体が脱力したのが分かる。
どうしても離れ難くてニアを抱える様に抱き締めると、再びキスを繰り返した。
こんなにも、ニアと触れ合えている。嘘だろう。信じられない気持ちで、無意識の内に片手をするするとニアの禁断の果実がある場所に伸ばし――触れた。
「……ひっ」
正直言って大分小さいが、服の上からでもよく分かるこの柔らかさ。何とか素手で触りたいなと思ったが、服を全て捲らないと無理そうだ。さすがに外で、スカートの下から服を全部捲って許されると思うほど、もう女性の気持ちが分からないヒースではない。多分間違いなく、引っ叩かれて暫く口を聞いてもらえなくなる。女性というのは、結構照れ屋で男よりも隠さないといけない場所が多いみたいだから。
ああ、今ようやくこの手に禁断の果実が。服越しだけど。まあ大分手には余っているけど。
「ひ……っまっ待って……!」
夢中になって触ってキスしていると、息も絶え絶えのニアが、真っ赤な顔をしてヒースを見つめ返していた。
一応、確認してみる。
「ニア、直接触っていい?」
「いっ! 今は駄目!」
「今は……? じゃあいつならいい?」
これは、押せば言質を取れるのではないか。急かし過ぎず、かといって逃さずに、何とかそこまでの道筋を作っておきたいところだ。
目を泳がしながら、ニアが答える。
「ヨ……ヨハンの説得が出来たら、よ!」
思ったよりもすぐだった。これは、――かなりいい傾向だ。
更にダメ元で聞いてみる。
「その時は、もっと先もしていい?」
「さっさささ先って……っ」
「先。全部」
女の身体はよく分からないが、男同士であれこれする場面はそれなりに目撃してきている。多少の違いはあれど同じ人型だから何となくは一緒だろうし、だからまあ大体どこに何があってどうするのかは、多分そこまで分からないものじゃない気がしていた。多分。
だって、してみたいじゃないか。
だからヒースは、待った。だが、ニアは真っ赤になったまま、答えない。
「……っ」
さすがに駄目か? そう諦めかけたその時。
顔から湯気を出しそうなニアが、ぼそりと答えた。
「ひ、人に絶対に見られない所じゃないと、駄目だからね……っ」
「……うん!」
嘘だろう、本当か。果たして全部というのをニアが本当に理解しているのかは怪しかったが、それでも自分が拒否されていないのは純粋に嬉しい。
信じられない思いで浮かれてしまい、ニアに更にキスを繰り返すと、ニアの許容範囲が超えてしまったのだろう、「も、もう無理……」と小さな声がしたかと思うと、ヒースの腕の中で顔を伏せてしまった。残念だ。
でも、まだ何としてでも触れていたい。
「もう少しだけ、ぎゅっとしてていい?」
「う、うん……」
ニアを腕の中に包みながら、以前ジオやシーゼルに散々言われたことを思い出していた。
ヒースは、その辺りの感覚がどうも鈍いのか、もう少し恋愛について学べと事あるごとに言われる。
奴隷時代は人がやっているのも当たり前の様に見かけていたが、外の世界では人前で堂々とやるのは当たり前ではないというのも、もう理解した。
だけど、大切な恋人に対し、どういう風にそこまで持っていけばいいのかがさっぱり分からないのだ。
さあやりますよでいきなり剥くのはさすがにないだろうが、さてどうしたものか。
幸い、まだ時間はある。ここはシーゼルに、雰囲気作りと手順についてもう少し詳しく尋ねておこうと思ったヒースだった。
◇
ようやくニアを解放すると、一緒にクリフに会いに行くことにした。
クリフはここのところ、ほぼカイネと過ごしている。だからカイネの部屋を覗いたのだが、いない。ヒースが起き上がったのを見たらきっと安心してくれる筈だから、早くもう大丈夫だと言ってあげたかった。本来は草食動物で自分の身を守る以外の目的で他の生き物を殺すことなどしないであろうクリフに、これ以上無理はさせたくなかったから。
「森にいるのかな?」
一緒に魔力を注いだアンリはまだ伏せている状態で自分だけ起き上がっていられるのは、ひとえにニアとクリフのお陰だ。
そういえば、と一階で所在なさげに立ち尽くしているニアに尋ねる。
「ニアは、そもそも何で倒れたんだ?」
「それなのよ」
ニアが、眉間に皺を寄せながら腕組みをして唸った。
「シオン様ってばさっさと逃げちゃうから殆ど吸い取れなくて」
発言は控えた。ニアの上司だろう、しかも王族だしと言いたかったが、ニアが真面目に言っていたからだ。飛んで逃げようとするシオンの足首を掴んだと聞いたが、詳細を聞くのはやめておこう。
「それで、次にザハリを狙ったんだけど、炎の壁を作られて近寄れなくなっちゃって」
ザハリもさぞや必死だったことだろう。自分の為にやってもらったことだとは分かっていても、同情を禁じ得ない。まさか味方だと思っていた一見か弱そうなニアが、こんな手段に出るなど思ってもみなかったに違いない。女性好きな感じがするザハリではあるが、ミスラという恋人がいることを置いておいても、ニアは対象外になったに違いない。だとしたら、よくやったぞニアと言うべきか。
「そうしたら、ぽけっとしているカイネがいたから」
多分、あまりのことに茫然自失してしまったのだろう。カイネは、よくも悪くも純粋だから。しかしぽけっとしていると表現される辺り、ニアがあの綺麗な顔をしたカイネに全く何も感じていないことが窺え、嬉しくなった。
「カイネからはあまり魔力が感じられなかったんだけど、背に腹は代えられないしカイネでいいやと思って掴みかかった途端、真っ暗闇よ」
この言い方。カイネでいいや、という辺りが、如何にも意識などしていない風でヒースは嬉しくなった。
「もう全く覚えてないのか?」
「そう。それで、その後は熱が続いてて、ようやく今朝から起き上がれる様になったの」
「何だったんだろうな?」
ヒースの問いに、ニアが難しい顔をしたままもう一度唸る。
「アンリ様なら何か分かるかと思ったんだけど、あの通り寝たきりじゃない? 聞きたくても聞けなくて」
「寝たきり……」
妖精族は、力がある者ほど美しいと聞いた。だからきっと、お城で働いていたニアは綺麗な顔をした人に見慣れているのだろう。アンリももう少しふっくらとしてフニャフニャせず堂々と胸を張っていればかなりの男前だと思うが、ニアは全く何も感じていない様だ。
もしかして、ニアは面食いじゃないのかもしれない。どちらかというと、筋肉に興味がありそうなことは言っていたから、顔より筋肉派なのだろうか。
急に、ニアがヒースのどんなところを好ましいと思っているのか、不安になった。
「なあニア、俺の好きなところはどこ?」
すると、案の定ニアが真っ赤な顔に変わる。本当に面白いくらいよく変わる顔色だ。
「俺のどんなところがいいと思ってる?」
「え……どんなところって言われてもなあ……」
それでもちゃんと答えようとしてくれる辺りが、ニアらしい。
「一風変わってるっているか」
「……俺、変わってる?」
意外な返答だった。ニアが、ぽんと手を叩く。
「そうそう、見てて面白いっていうか」
「……え」
もしかしてそれは、研究対象っていうやつじゃ。
「あ、危なっかしくて放っておけないところとかね。弟いないけど、弟っぽいし」
「弟……」
男らしいとか、頼りがいがあるとか、ちょっと期待した自分が馬鹿だった。ついでに、顔については一切触れられていない。
だけど。
考えてみたら、自分がニアに思っているのとあんまり変わらなくはある。姉っぽいな、と思ったりすることも無きにしもあらずだ。
つまり、ヒースとニアは似た者同士なのかもしれない。
「顔は?」
「顔? 可愛いと思うよ」
「可愛い……」
やはり筋肉をもっとつけよう。そうひっそりと誓ったヒースであった。
次話は月曜日に投稿します。




