怪しさ満載
ヴォルグに抱えられて連れてこられた先は、例の小屋だった。
「ヒース!」
幸せそうな笑顔のシーゼルが、ヒースの姿を見て飛んでくる。ヴォルグがヒースを床に下ろすと、シーゼルは遠慮も糞もなくヒースをその腕に抱いた。今日は蒼鉱石の剣を帯剣していないからか、若干いつもより細い気がしないでもない。
「よかった! 元気になったんだね!」
その表情は明るく、美しい顔が銀髪と共に輝いていてちょっと眩しすぎる。余程色んなことに満足しているのだろう、と予想した。でも、あんまり詳細は聞きたくないから触れないことにする。聞いたが最後、聞きたくない詳細まで延々と語られることになることは、聞く前から分かり切っていた。
「いや、さっき起きたばっかなんだけど……」
結構、いやかなりふらふらだ。だが、シーゼルはお構いなしだった。
「もうちっとも会えなかったから、寂しかったよ!」
そう言いながら唇に指を触れるのは、やめて欲しい。ヒースは急いで、二人の愛の巣である筈の小屋の中を見回した。見た感じ、近くにヨハンはいない様だ。
すると、ヒースの焦りの原因を察したのだろう、シーゼルが悲しそうな顔をする。ヒースにくっついたまま。
「実は隊長と元気な隊員は、崖の奥に秘密の通路を作って人間用の居住区域を作る作業に駆り出されてるんだ」
ということは、とりあえずヨハンに目撃されて殺されることはないらしい。あの人は、シーゼルがヒースを構うことを、シーゼルを責めずにヒースを射殺す様な目で見て無言で責めるから怖かった。大抵の人とは仲良くなれる自信はあったが、あの人だけは無理だ。ヨハンは魔力が殆どないのに、元々ヒースのことを快く思っていないのがぷんぷん伝わってくる。あそこまで露骨なら、魔力なんて必要ないのだろう。
「それって、シーゼルは行かなくていいのか?」
シーゼルの魔力があれば結構役に立つんじゃないかと思ったのだが、シーゼルはふるふると首を横に振る。
「隊長が、僕の怪我がまだ心配だから大人しくしてろって」
そしてやはり少し嬉しそうだ。
「……はあ」
あれは完治した。というか、ヒースが完治させたから、問題ない筈だ。そもそも、治った直後にあれこれやっている現場を見せてカイネを焦らせていたのに、怪我も何もないだろうに。
「恋人は大切にすべきだからって言われたら、元気ですなんてあまりしつこく言えなくて。ねえ?」
「……そっか」
ヨハンの執着の強さ、それをひしひしと感じ取れる内容だった。とりあえずもうこれ以上は触れるまい。
それにしても、とシーゼルとヴォルグを交互に見た。
「どうして真っ先にここに連れて来られたんだ?」
ニアとクリフに会う前じゃなくてもよかっただろうに。すると、ヴォルグとシーゼルが目を合わせて互いに頷くじゃないか。――嫌な予感がした。
「ヒース、まだ辛いだろうから、ここに座らせてもらおう」
ヴォルグが、ヒースをひょいと持ち上げてベッドに腰掛けさせる。やけに優しいのが、益々怪しい。
「ヒース、何か飲む? あ、美味しいお茶があるよ。氷を出して入れてあげるよ」
シーゼルがヒースに甘いのは元々だが、それでも何だか怪しい。
結局、器にお茶を淹れて戻ってきたシーゼルとヴォルグに両脇を固められ、一体これから何が始まるのかと固唾を呑んで見守った。
時折二人が目配せしているのが、なんとも言えず不安を煽る。いつの間にこんなに仲良くなったんだ、この二人。
口火を切ったのは、シーゼルだった。
「それで、他の奴らにヒースを会わせる前に決めておきたかったんだけど」
何をだろうか。目だけで、シーゼルに話の続きを促す。
「アイネって子を連れ戻しに行く人員なんだけど。ヒースは誰がいいと思う?」
「……剣は出来上がったのか?」
ほぼ完成間近ではあったが、ヒースのはまだ終わっていない。ザハリはすでに何本か鍛えた様だが、ジオもまだ一本目だった筈だ。そう簡単には出来上がらない代物だが、誰かがヒースの分を仕上げてくれたのだろうか。
ヴォルグが頷いた。
「献上用に三本な。魔族の国に行く人員にも出来れば行き渡らせたいから、少人数で向かいたいと考えている」
「何本あったっけ?」
「献上用を含み、六本だ。それが限界だった」
つまり、ヒース達がこの集落に来るまでの間、ザハリはひとりで三本も鍛え上げたらしい。さぞや大変だっただろうと思ったが、ザハリは元々蒼鉱石専門だ。苦でも何でもないのかもしれなかった。
「ていうことは、三人か」
「そういうことだな」
再びヴォルグが頷いた。そして、「実は」と言いながら、シーゼルをちらりと横目で見る。
「……俺もカイネも、魔族の国に踏み入ったことがないんだ」
「え? そうなの?」
それは初耳だ。ヴォルグが、重々しく頷いた。
「ティアンは過去に何度かあるらしいが、人間との争いが増えてからは集落を守ることを優先したから、もう二十年近く行っていないそうだ」
「へえ……」
そうとしか答えられなかった。とりあえず、続きを促す。
「それで?」
「ティアンは族長だし、いつ争いが起こるか分からない状態で集落を離れる訳にはいかない」
確かに、とヒースは頷いた。
「ヴォルグとカイネは行かないと話にならないもんね。そうすると、集落を代表する人を誰かしら残しておかないとってことだよね?」
「そういうことだ」
段々理解してきた。そして、何故シーゼルがここにいるのかも。
「俺とカイネ、それにヒースの三人だけでは心許ないのは分かるだろう?」
「そりゃそうだね」
気まずいったら堪らない旅になりそうだ。しかも多分絶対運ばれる。何度嘔吐することになるのかと考えると、うんざりした。そもそも、やはりヒースは絶対なのか。自分が行ってもどうなりそうもないと思うのだが、ヴォルグはこう見えてかなりヒースを当てにしているらしい。まあ、一度行くと言ってしまったし、諦めてはいるが。とりあえず運ばれ方だけはよく話し合った方がよさそうだった。
「それで、道案内をひとり連れていきたいという話になった」
「……うん」
ヴォルグが、再びちらりとシーゼルを見る。怪しさ満載だった。
「実はカイネから、以前シーゼルが竜人族から蒼鉱石の剣をもらったという話を聞いてな」
言っていた。しかも結構可愛がられて、惜しまれながら逃してくれたことも喋っていた。
「聞けば、王都まで行ったことがあるらしい」
魔族の国の王都がどこにあるのかもさっぱりだったが、その言葉にはシーゼルも頷く。
「それに、シーゼルは自前の蒼鉱石の剣も持っている」
その竜人族にもらったやつだ。
「ということで、同行を依頼した」
何となく、読めてきた。シーゼルを見る。シーゼルは頬に手を沿え、可愛らしく首を傾げていた。
「ヒースのことは心配だし、一緒に行くのは構わないんだけどさ。ほら、隊長が僕のこと大好き過ぎるじゃない?」
ついこの間までもじもじしていた人が、何かを言っている。
「絶対反対されるよなあ、と思って」
まさか、ヨハンの説得をヒースにやらせるつもりなのだろうか。嘘だろう。一番組み合わせちゃいけない二人なのは、皆分かってるだろうに。
「……嘘だろ? 無理だよ」
「そこを、ヒースがなんかうまい言い訳を考えて説得してよ」
「頼む、ヒース! 俺には無理だ……!」
ヴォルグに無理なのはまあ分かるが、ついでに言ったらカイネにも無理なのも分かる。
「ヨハンは蒼鉱石の剣はどうせ持たせたって殆ど効果ないだろうし、付いてきてもらったら?」
魔力が殆どない人間には、蒼鉱石は殆ど作用しない筈だ。つまり、宝の持ち腐れ。魔力が多い者ほど、得られる効果が大きいのだから。
「だって……剣をくれた竜人に会ったら、きっと隊長は嫉妬するでしょ?」
「…………」
「頼む、ヒース!」
「お願い、ヒース」
二人に挟まれ、もう逃げられないことを悟ったヒースであった。
次話は月曜日には…!




