出会いと別れ
シオンの姿が現れると、ジオが何かを言おうとして言葉に詰まる。多分あの様子だと、何から言えばいいのか分からなくなってしまったのだろう。
世話の焼ける師匠だ。
「ジオ! 言うんでしょ!」
ヒースが背中を押す様に声を掛けると、ジオがハッとして一瞬ヒースを見、すぐに視線をシオンに戻した。
「シ、シオン……!」
アシュリーに取っ捕まっているシオンは、いつにないジオの真剣な表情を見て、あわあわと唇を震わせている。
だが、ジオは一向にその後口を開かない。そして、ヒースの中の魔力がどんどんなくなっていくのが分かる。拙い。これは拙い。アンリが通ってきた時は、自分の魔力を相当食わせたのだろうということがこれからも分かる。確かに、妖精の泉に比べたら大分弱い接点だ。
ヒースは、少し離れた場所で様子を見守っているカイネとザハリを振り返った。パッと見たところ、いると思ったヴォルグはいない。てっきりカイネの近くに控えていると思ったのだが。
とりあえず、二人でもいいか。ヒースは、カイネとザハリを呼ぶことにした。
「カイネ! ザハリ! ジオの応援をしてくれ!」
ポカンとする二人の表情から、こいつ何言ってんだと思われたのは即座に理解したが、今は自分がどう思われようとも、まずはとにかくジオに告白させることが先決だ。
「接点はそこまで長く開いてない! ザハリ! シオンが来ないとだろ!」
ヒースの言葉に、ザハリはハッとした表情に変わった。そう、ザハリはシオンにやってもらいたいことがあるのだ。その肝心のシオンがこちらに来なければ、ザハリは困る。
ザハリが、片眉を歪ませて不可解そうな表情を浮かべているカイネの首根っこを掴んだ。
「カイネ! 出番だ!」
「え? ちょっと待て、僕は応援なんて」
「ミスラの為だぞ!」
「――! 分かった!」
きっと、何がどうミスラの為なんだかも分かっていないだろうに、カイネはあっさりとザハリに言いくるめられ、接点まで駆け寄って来た。この騙されやすさは心配になるほどだったが、今この場合はむしろ歓迎したい。
「ジオ! しっかりしろ! お前は何の為にここまで来たんだ!」
見た目はジオより遥かに若者のザハリが、上から目線で怒鳴りつけた。片手は腰に手を当て、もう片方の手はジオを指差している。
「ザハリ……!」
そして、年長者を敬う気持ちが元々強いジオは、あっさりと励まされた。
「そ、そうだな……! 俺はこの時の為に来たんだ、そうだ、うん……!」
すると、カイネも応援に加わってくれる。言われたことは遂行する、素直な感性の持ち主なだけはあった。
「ヒースの師匠だろう! 気持ちを強く持て! 弟子に情けない姿を見せたくはないだろう!」
「お……っおお!」
「ジオ! シオン様は照れ屋なの! ほらあの顔! 本当は待ってるから!」
ニアも応援に加わった。
「そ、そうだな!」
ジオは、弟子のヒースにあれこれ言われるとすぐポカリとやるが、他の者にはやらない。その者たちの言葉を、それは素直に聞き入れる。
そのことに気付いた時は、さすがにちょっとこんちくしょうと思ったりもした。だが、魔力が多くも少なくもないジオであっても、ヒース自身に対して怒っている時は、ジオの心が伝わって来る時があった。
それは、ただひたすらにヒースを気遣っているものだった。
ジオには、ヒースが子供しか見えていないのだろう。いつまで経っても、奴隷にされていた場所から泣きながら逃げ、更に森に火を放たれて死に物狂いで逃げ惑った哀れな子供なのだ。
ヒースの背中にある、立派な雄鹿の角の様な裂傷痕。知っていた。あれを見る度、ジオがヒースにちょっと優しくなることくらい、分かっている。あれを見る度に、ヒースの境遇を思い出してしまうのだろう。
庇護者のジェフの死によって得た自由を謳歌していたのに、自分の都合でこんなところまで連れてきてしまった。その思いがずっとジオの中には澱の様に降り積もっていたことも、ジオを夢中で追いかけた時は気付かなかったけど、今はもう分かっている。
滅びた街で自分が遭った出来事と、ヒースのことを重ねているのかもしれない。だから、置いて行こうとした。自分の都合で、危険な目に合わせたくはなかったからだろう。そうやって、ジオはずっとずっとヒースのことを心配し続けているのだ。
まるで、自分の本当の子供の様に。
「ジオ」
だから、子供なヒースに諭された様に言われると腹を立てる。自分を情けなく思って。
そこを逆手に取ればいい。
ヒースは、せいぜい偉そうに見える様に笑いながら言った。師匠であり、父親の様な愛をくれるその人に向かって。その背中を押せる様に。
「俺の師匠だろ。男見せろよ」
「おま……っ」
カチンとなった赤い顔を見せた後、背後で交互にジオを応援するザハリとカイネに一瞥をくれる。
そして、シオンに向き直った。
「シオン、こっちに来て俺と結婚してくれ」
言った。とうとう言った。ジオの後ろで、ザハリとカイネが手を取り合って跳ねている。ヒースはニアを見た。ニアは大興奮して、羽根をいつの間にか出してバタバタしている。あれは興奮しても出るのか。
手を繋いでいる横にいるアンリの顔を盗み見ると、その表情は普段と変わらない落ち着いたものだったが、まつ毛が瞳に落とす影が少しだけ寂しそうに見えたのはヒースの考えすぎだろうか。
「お母様! 観念なさいまし!」
「シオン! 頼む!」
ジオが、シオンに向かって手を伸ばす。すると、シオンがおずおずと手を伸ばすが、アシュリーを見て泣きそうな顔になった。
「だけど! アシュリーを置いて自分だけなんて……!」
「お母様、私には今や強力な婚約者がいるのはよくご存じでしょう?」
アシュリーがにっこりと母親に向かって微笑む。婚約者? 元々いたのだろうかと疑問に思いニアを見ると、あんぐりと口を開けている。……新情報らしい。
すると、驚きの光景が視界に飛び込んできた。
垂れ目をいつもより吊り上げて凛々しくシオンに語りかけるアシュリーを、カイネがぽーっとした表情で見てるじゃないか。口が緩く開いている。こんな色気たっぷりの顔をヴォルグが見たら、その辺を転げ回りそうだ。
もしかしたら、ティアンも。
察したヒースだったが、どうしてやることも出来ない。だが、カイネは止まらなかった。無意識なのかもしれない。
「なんて美しい人だ……!」
「えっ」
カイネは、あろうことかジオの隣に並んで座ると、言った。
「僕はカイネという! 君の母親の安全は、我が一族が必ずや保証しよう!」
アシュリーはきょとんとしていたが、やがてにっこりと笑うと小さく頷く。
「ありがとうございます、カイネ様。いつか――いつかこちらが落ち着きましたら、獣人族のお話も聞かせていただきたいですわ」
さすがは王族、うまい躱し方だった。
ずず、と身体の力がどんどん抜けていく。ヒースはがくりと地面に片手を付いた。アンリはまだ大丈夫なのかと思ったが、小刻みにだが手が震え始めている。二人とも、限界が近い。
「ジオ……! 早く、もう、もう無理……!」
搾り出す様に呻くと、ジオがハッとして大きく頷いた。
「シオン!」
接点から少しだけ飛び出ていた手を、ジオが掴む。途端、ヒースの中の魔力がググッと持っていかれそうになった。アンリも同様なのか、反対側の手をついて唇を噛み締めている。
「――アシュリー! ごめん! ごめん!」
泣いて娘に謝るシオンが、ジオの腕の中にいた。
「アシュリー」
死にそうな声で、アンリが声を掛ける。
「……お兄様!?」
今の今まで、ここにアンリがいることに気付いていなかったらしい。アンリの前に回って来ると、またひょっこりと顔を覗かせた。
「ご無事でしたか!?」
「愚問だね」
「うふふ、そうでしたわね」
アシュリーが安心した様に笑う。アンリの力はある意味最強だからだろう。
「アシュリー、今回は時間がない。次の満月に、またここで少し話をしたいんだけど」
「……分かりました」
二人の表情が、同時に曇る。憂うことが何かあるのだろう。例えば、妖精王のこととか、だろうか。
「ちょっと今回は、限界……」
「お兄さ」
ブツ、と光が唐突に消えたかと思うと、アンリがくらりと倒れていくのが見えた。
ヒースと同じ方向に。
次話は、目指せ近日中!




