保護者気分
淡い光を放つ接点である円盤の前に到着すると、円盤の脇に感慨深げに佇んでいるジオがこちらを振り向いた。
「ヒース……」
横にいるアンリを見て、誰だという顔をする。そういえば、会うのは初めてだったかもしれない。なんせアンリはずっと臥せっていたから。
ということで、ヒースはアンリを紹介することにした。
「ジオ、この人はアンリ。前に話した人だよ」
「アンリって……ああ! シオンの甥か!」
ヒースはさらっとしか説明しなかったが、恐らくはニアが詳しく説明したのだろう。なんせ結婚の申し込みが成功すればこの二人は親戚になるのだから、気にならない訳がない。
「……ジオとアンリが親戚になるって、変な感じだね」
思わず素直な感想が口から飛び出ると、アンリは複雑そうな表情を浮かべ、ジオは真っ赤になった。
「あ……その、シオンが俺との結婚を受けてくれたらだがな」
はは、と苦笑いしながらボリボリと頭を掻く師匠の姿があまりにも純粋過ぎて、本当に大丈夫かなあとヒースは心配になる。
「……あなたがシオンおば様が仰ってた人間か……」
「シオンが俺のことを? その……なんて?」
当然のことながら、ジオは気になる様だ。そして勿論、ヒースも気になる。
ずい、とアンリの前に顔を近付けると、真剣な眼差しでアンリを見つめつつ尋ねた。
「で……。シオンは何て? ……ぐえっ」
「おいちょっと待てヒース!」
「くっ苦し……!」
いきなり服の首の後ろの部分を引っ張られ、息が詰まる。こんなことをするのは、ヴォルグかジオくらいしかいない。
「ジオっく、苦し……!」
「お前は何でさも当然の様に聞いてんだよ!」
歯を剥きながら、ジオがヒースを思い切り睨みつけた。
ヒースは何とか服と首の間に指を挟んで気道を確保すると、涙目でジオに訴える。
「だって心配だろ! 変なことを言われてたなら、それはもう直ったとか何か言い訳を考えておかないと!」
「お前は俺の保護者か! 弟子が偉そうなこと言ってんじゃねえ!」
ジオは必死でアンリからヒースを遠ざけようとしている。だが、ここは師弟は関係ない。何故なら。
「恋愛に関してはジオの方が余程奥手じゃねえか! 俺はちゃんと告白して恋人になってキスもしたし!」
性格にはキスをしてから告白をして恋人になったが、今はそれはいい。
「キッキスううう!?」
よし、畳み掛けるなら今だ。ヒースはこの絶好の機会を逃さなかった。
「ジオはシオンとキスしたことあるのかよ!」
「うっ!」
ジオが、空いている方の手で胸を押さえた。効いたらしい。
「ほら、ないよな? どうなんだよ!」
「う、ううう……!」
ある訳がない。そもそも住んでいる世界が違うのだから、せいぜい触れ合っても手が限界なのはこの目で見てよく知っている。
ヒースは、出来得る限りの優しい声を出した。首を絞められながら。
「な? だから、ここは俺が協力するから、ジオは接点が繋がったら何を言うかをしっかりと考えてお……」
「うるせえ!」
ジオが、ポカリと結構な勢いで人の頭を叩いた。痛い。久々だからなおのこと痛い。
すると、横で唖然として二人の様子を眺めていたアンリが、吹いた。
「ぷっ……なにこの人」
「え?」
「なっ?」
ヒースとジオが掴み合いをしながらいきなり笑い始めたアンリを呆然として見ていると、アンリが清々しい笑顔にちょっとだけ涙を浮かべながら言った。
「よーく分かったよ、おば様が言ってた言葉の意味が」
「え、それって何? なになに?」
「こらヒース! お前はいいって言ってんだろ!」
またヒースとジオが掴み合いを始めると、アンリが二人の肩をポンと叩いて止めに入る。
「分かった分かった、教えるから」
「なになに!?」
「えっ……おいっ」
抵抗を示すジオは無視して、アンリは続けた。
「おば様はね、貴方のことを『嘘がつけない人』なんだって仰ってたんだ」
「……シオンが?」
ヒースを掴んでいる手が、緩む。
「おば様の魔力は知ってる?」
「……ああ、嘘をついてもばれる」
あ、とヒースは思った。そうか、言っちゃ悪いが世界の王様のお妃様なんてとんでもない地位を手に入れているのに、何故いつも眉間に皺を寄せてる一見怖いだけのおじさんをずっと好きでいてくれたのだろう、とちょっとだがずっと疑問に思っていたのだ。
勿論ジオには、料理が上手だったりお人好しだったり鍛冶屋の腕が凄かったりといいところは沢山あるが、接点越しに見ているだけで普通は好きになるほどまでにはなかなか見抜くことは出来ないんじゃないかな、と思っていた。
だが、シオンはジオに拘った。それがずっと謎だったが、その答えはシオンの魔力にあったという訳だ。
シオンが作る魔石は、それを持つ人間が嘘をつくと色が変わる。シオン自身はどうなのか考えたこともなかったが、――きっと嘘が全て見えてしまうのだろう。だから、真っ直ぐで捻くれた嘘など到底つくことが出来ないジオと過ごすことに、心から安堵を覚えたのではないか。
それにしてもとんでもない親戚だな、と半ば呆れつつ考える。嘘を容易に見抜けるシオンの甥のアンリは、その人の気持ちも全て捻じ曲げて嘘を本当にし、全ての者をアンリに惚れさせてしまうからだ。
この二人が揃えば、妖精界を掌握するのなど容易いだろう。それが故に、二人は妖精王に冷遇されたのかもしれない。
そして、冷遇という同条件下で城で過ごした二人は、互いを理解し合えたのだろうと思う。アンリのシオンへの崇拝の様な気持ちは、こうありたいという理想像を仰ぐ気持ちに近いものか。
アンリが微笑む。
「ジオ――だっけ? シオンおば様を宜しく頼むよ」
「……ああ」
アンリが、肩を竦めた。もう、その瞳に涙はない。あれはどういった種類の涙だったのか、そこまでは聞く必要はないだろう。何となくだが、アンリから伝わってくるもので理解出来た気はしたから。
「しかし、嘘をついてもすぐばれるのを知ってて、よく二十年近くも愛し合ってこれたものだよ」
「……別につかないといけない嘘なんてないからな」
ジオがぼそっと言うが、それは嘘だとヒースは知っていた。嘘をつけないジオが吐き続けた嘘。一緒にいたい、お前が好きだという想いをずっと素っ気ない言葉の隠し、シオンと会っていたジオ。勿論、そんな気持ちはシオンにはとっくにお見通しだったに違いない。
ジオの手に触れたシオンの愛おしそうな手付きは、印象的だった。言われなくとも、それが嘘だと分かっていても、自分を想ってくれているが故の優しい嘘だったから、シオンはそれに騙されたふりをしてずっと従っていたのだ。
――何故なら、ジオが自分を愛している真実は疑いようがなかったから。そこだけは、十年経とうが何年経とうが、絶対に変わらなかったから。
ジオが言葉を重ねれば重ねるほど、シオンへの愛を語っている様に聞こえたことだろう。
ジオは、告白をしていなかったんじゃない。ずっとずっと、シオンへの愛を語り続けていたのだ。
初めから、最後に会った時までずっとずっと。
だったら、ヒースからはもう言うことは何もない。後は隣で見守るだけだ。
「ジオ」
アンリがジオに話しかける。
「この接点に蓄えられた魔力は、辛うじて開くだろうが持続性はないと思う」
「え!?」
途端、ジオが泣きそうな顔になった。それを見て、アンリが苦笑する。大方、分かり易す過ぎるとでも思っているのだろう。
「だから、僕とヒースで接点を維持する」
「……は?」
ポカンとしたジオに、ヒースはこくりと頷き返した。アンリが、ヒースの頭にポンと手を乗せる。
「制御を外した僕の隣に平気で立てる魔力持ちの子は、この子くらいだからね――あ」
「あ?」
理解が及んでいないのだろう、ジオはアンリの言葉を繰り返すのみだ。
「ジオ、離れてないと僕に惚れちゃうから反対側にいる様に。勿論シオンおば様もこちら側には寄らせない様に」
アンリが、意地悪そうに微笑む。
「大事な恋人が、僕の足に縋り付くところは見たくないでしょう?」
「――!」
「ふふ、だから離れていて、ね?」
アンリの魔力については聞いているのだろう、ジオは焦りを浮かべながらも深く頷いた。
「じゃ、ヒース。説明するよ」
「うん」
アンリが、接点の前にしゃがみ込んだ。
次話は、月曜日が(火曜か……




