アンリと協力
背が低い白く細長い花が、天へと首を伸ばして発光している。花弁から排出された光の粒子が空気中に淡く漂い、階段の下方向、月の花の花畑の中心にゆっくりと集結していた。
淡く光る蒼鉱石で出来た接点である円盤は、以前見た時は発光していなかったが、今は徐々にその光量を増しつつある。
アンリが、その様子を見ながら眉間に皺を寄せた。
「……あれじゃ保たないかもしれないな」
「え? 保たない?」
ヒースがアンリに尋ねると、アンリは予想以上に深刻そうな表情で接点を凝視している。
「開くは開く、とは思う。でも、短時間しか保たないかもね」
短時間しか保たない。それでは駄目だ。ジオはシオンに結婚を申し込む予定なのに、申し込んでいる最中に接点が閉じてしまったら元も子もないではないか。
ヒースはアンリの元に駆け寄ると、焦りを抑えられずに思わずアンリのぺったりとした腹部の服を摘む。
「アンリ、何とかならないの!?」
「……ならなくなくは、ない。けど……」
アンリの歯切れは悪かった。
「けど?」
アンリの顔を、至近距離で覗き込む。アンリは殆ど背が変わらないので、大分よくなった肌色が本当に目の前にあった。
何よりも印象的なのは、その瞳だ。淡い金色の瞳に浮かぶ、青みがかった虹彩。中心にある茶色い瞳孔が、フイ、とヒースから外れた。
――怪しい。
「教えてアンリ! これはとってもとっても大事なことなんだ!」
ヒースは懸命にアンリの視線を捉えようとするが、アンリはスイスイと視線を逸して合わせてくれない。
「アンリ……っ」
この為に、ジオもヒースもニアだってクリフだって、はるばるこの地までやってきたのだ。ここにきて今更会えません、では困る。
死んでしまったナスコの父性溢れる豪快な笑顔と、ふんとこちらを馬鹿にした様に斜に構えて見るサイラスの顔が脳裏に浮かんだ。
「アンリ……お願いだよ……!」
アンリは二人とも直接会った訳ではないから、勝手に訪れた人間が二人死んだ、その程度の認識なのかもしれない。だけど、ヒースにとっては違った。
班の仲間に慕われていたナスコ。からかうのが好きで、おおらかでどっしりとした雰囲気を持つ落ち着いた人で、初めて会った時には警戒したが、すぐにその警戒は解けた。優しい人だった。何度も作ってくれたウォーターベッドを思い出す。あれを作り出すところを自慢げに見せてくれたところなどは、大人でもこんな顔をするんだなんて思ったものだ。
サイラス。彼がシーゼルにしていたことは、許せないことだ。本を正せば、サイラスの死もサイラス自身が招いたのだとも言える。だけど。
魔力が解放されてしまった今だから分かる。あの時、不安と悲しみで一杯だったシーゼル。ヒースに流れ込んでくる悲しみの感情は、あれは全てシーゼルのものだと思っていた。
そしてそれは実際に殆どがそうだったのだろう。あの場にいた者の中では、シーゼルの魔力が一番強い。あの場で最もヒースが影響を受けやすかったのは、シーゼルからで間違いはない。
だけど。
その悲しみは、本当にシーゼルのものだけだったのか。あまり魔力のない人間からでも、死を目前にした者の中では日頃では考えられない様な感情の嵐が起こっているのではないか。
マルク、とどこかほっとした様にヒースが知らない人物の名を呼んだサイラスの声は、未だにヒースの耳の奥に残っている。
サイラスはきっと、大事な人を失ったのだ。恐らくは、そのマルクという人間を。その悲しみの中で生きる為に、サイラスは魔族を憎んだ。憎んで憎んで、周りで幸せに笑う人間すら憎く思えて、それでああなってしまったのではないか。自分の失ったものが大きすぎて。
そもそも、魔族がこの国に攻め入らなければ起こらなかった悲劇なのだ。今更言っても仕方のないこととはいえ、だからサイラスに全ての否があるとはヒースには思えなかった。
――たとえこの気持ちが、他の者の賛同を得られないものだったとしても、もうそう納得してしまった。
そして、今はもう仕方ないでは済まされない。大切な命を、ここに来るまでに確かに失ったのだから。
だから、出来るのにやらない、ではヒースが納得出来る筈もなかった。
「お願いだアンリ、お願いだ……!」
アンリに縋り付く様にして、ヒースは懇願する。アンリがどう返事をしようか戸惑っているのが少し伝わってきた。方法はあるが、嫌なのだろう。それが分かるだけに、ヒースに出来ることは頭を下げてお願いをすることだけだ。
すると、ヒースの後ろからニアが応戦し始めた。
「そうですよアンリ様! アンリ様だって、シオン様にお会いしたい筈ですよね!? なんせあんなにおば様おば様って言っ……!」
「わああああっ! ニア! 黙る!」
ニアがそう言った途端、なんとアンリが真っ赤になったではないか。あのアンリが。ヒースとバチッと視線が合い、慌てて横にふんと顔を背ける。
「え?」
嘘だろう。信じられない思いで、ヒースは顔を押さえるアンリを見つめていた。……なるほど、そういうことだったのか。
「……ヒース、何かを納得するのはやめてくれるかな?」
苦虫を噛み潰したような表情で、アンリがきっちりと閉じられた歯の奥から唸るように言った。だが、迫力はない。
「そんなことも分かるのか?」
「これだけ近ければね。――て、そうじゃない! ニア!」
「はい! アンリ様!」
ニアは特に気にした様子もなく、元気な表情でいい返事をする。それまで自分の思考に呑まれそうになっていたヒースを一瞬で引っ張り上げてくれたニアを想い、やっぱりニアは最高だと思った。
アンリが、やはり迫力のない怒り顔をしつつニアに向かって抗議する。
「僕はそういうんじゃないから! いつも強くて凛としたおば様を尊敬していただけで、そういうのじゃっ!」
「分かってます、分かってますよアンリ様」
「分かってないだろうそれ!」
さすがニアだ。あのアンリが相当な動揺を曝け出している。
正面にはヒース。ヒースの背後からニアにじっと見つめられ、退路を絶たれたと理解したのだろう。アンリはハアー、と長い息を吐くと、白状した。
「……僕の魔力を接点に注げば、保てる」
「なるほど」
それで分かった。折角ようやく体調が回復したのに、また吸い取られるのが嫌だったのだろう。確かに嫌な気持ちはよく分かった。あんなぐでんぐでんになる数日がまた続くのだから。
でも、それだったら他の者も手伝えるんじゃないだろうか。
「アンリ、魔力が強い他の人の力も借りようよ。そうしたら今度は倒れないかもよ?」
「そうですよアンリ様! 私もお手伝い出来ることがあれば協力します! シオン様の為ですから!」
すると、アンリが呆れた様にヒースとニアを見る。明らかに馬鹿にした表情だ。
「あのねえ、僕の魔力を注ぐってことは、制御足輪を外すってことだよ? 近くに寄ったら、皆僕にメロメロになるんだよ?」
「あー」
ニアが、苦笑いをしながら一歩後ろに下がった。絶対嫌、遠慮したいという表情だ。ここまではっきりと拒否されるとアンリは悲しくならないんだろうか、とちょっとだけ可哀想に思った。
「……俺なら大丈夫じゃない?」
何故かヒースはアンリの魔力の影響を受けない。するとアンリもそれに気付いたのだろう、ふむ、と腕を組み考え始めた。
「そうか……ヒースと僕の魔力の属性は恐らくは同じ光属性……そして系統もかなり似通ったものであるから、互いに相殺し合って魔力の影響が及んでいない可能性も……」
「アンリ、それは今はいいから」
ヒースが止めに入るが、後ろからまさかの言葉が飛び込んでくる。
「なるほどアンリ様! そういうことなんですね! 私もずっと不思議に思っていたんですけど! ということは……」
「……ニアも今はいいから」
全く、この研究馬鹿の二人は。ヒースは呆れた笑みを浮かべると、アンリに向かって言った。
「じゃあ決まりだね。俺とアンリで接点に魔力を注ぐ」
「ああ、それなら僕も今度は倒れないかも」
アンリもようやく頷いてくれる。内心ほっとした。
「俺はやり方分からないから、アンリ、教えてよ」
「――分かった。では接点の前まで行こうか」
「うん」
ニアをその場にとどまらせ、ヒースとアンリはジオが待つ接点へと向かったのだった。
次回は水曜か木曜あたりに投稿します。




