満月の夜、接点へ
ザハリと並んで接点へと向かうと、薄暗い赤壁と鬱蒼と生い茂る木々の間の赤茶けた道の向こうに、足輪を両方の足首に装着しているアンリとニアが並んで歩いているのが見えた。
「アンリ! ニア!」
声を掛けると、さすがに風呂に入ったのか、これまで毎日見ていた絡みまくった髪の毛は消えてなくなり、サラサラの白に近い輝く様な金髪が月光を反射して輝いている。
「ヒース」
「もう歩いて大丈夫なのか?」
「ああ、問題ないよ」
振り返る笑顔にも、元気が戻っている。アンリの魔力量は規格外だというから、回復するにも普通の妖精族よりも時間がかかるのだろう。数日間回復に取られる様なので、これからはあまり安易にアンリの魔力を吸い取らない様気を付けないとな、と自分を戒める。
まあ、あれはどちらかというとニアの猪突猛進の所為だが、とどめを刺したのは自分の方だ。アンリにしてみれば、こいつら二人で何してくれてるんだというところだろう。怒られないだけマシだと思っておこう。王族の魔力を吸い尽くしましたなんて、本来笑って済まされるものではない。
気を付けていく上で避けなければならないのが、無意識下での魔力吸収だ。なのでそういった意味でもヒースにも制御用魔具をと考えていたが、肝心の魔石の持ち主のニアにまだ自分の過去のことを話せていなかった。
毎回ニアに会うと、ニアが前回会ってからどう過ごしたかばかりが気になって、根掘り葉掘り聞いてしまうのだ。そうこうしている内にアンリの家に着いて、帰りはアンリの様子とこの後仕事を頑張ってねというニアの言葉。一日一回はニアを抱き締めたいヒースにしてみれば、この機会を逃すのは絶対に嫌だ。
ということで、ニアを抱き締める。抱き締めるとニアは「ひっ」と言うが、やがて身体の力を抜いてヒースの肩に頭を寄せてくれるのだ。これが好きで堪らなくて、そのおでこにすりすり顎を擦り付けている内に今度はキスがしたくなって、恥ずかしがるニアの口を追ってキスをする。ふにふに柔らかいそれは、ヒースのその日の活力になった。
一日一回ニアを抱き締めてキスをする。ニアが恋人になってからというもの、ヒースは幸せ一杯だったが、だから余計に過去の話を今する必要があるのかな、なんて思ってつい先延ばしにしてしまっていた。
あの日のことを話せば、母親との確執の話もしないとならない。そうしたら、絶対ニアは泣く。ニアは、人の痛みがわかる優しい人だから。ヒースの魔力なんてなくても、ヒースの痛みを理解し共有してくれる存在だから。
――ジオの件が落ち着いたら、そうしたら言おう。
また先延ばしをして、駆け足でニアの隣に追いついた。そっと手を取ると、ニアが恥ずかしそうな笑顔でヒースを見つめる。
「ヒースもニアも、なんだか隣で見てるとむずむずするよ」
アンリが本当にむず痒そうに自分の二の腕をさすった。失礼だとは思うが、大人なアンリからしてみればヒースとニアのこの関係はおままごとの様にしか見えないのだろう。
「まあまあ、初々しくていいじゃねえか」
「ザハリは平気なの? 意外だな」
アンリとザハリは、接点などないと思っていたのだが、実は魔具の点検という依頼を通し、行き来があったそうだ。
「俺はあんまりアンリに近付きたくねえんだけどな」
以前ザハリはそう言っていた。魔力の強いザハリは、アンリの影響を受けやすい質だからだ。男になびくなんて絶対ごめんだという強い意思を持つザハリは、片方の魔具を外してヘラヘラしているアンリに寄っていきそうになる自分を必死で止めているらしい。
それを聞いた後、アンリにその事実を知ってるかと聞いたところ、「鉄の意志だよねえ」と笑っていた。アンリ本人もどうしようもないのだろうが、だったら魔具を人伝てに渡す方法もあるだろうに、そうしないところがさすがの性格の悪さといえよう。
「シオンおば様にお会いするのは久しぶりだ」
「おば様……そっか、アンリのおばさんなんだもんね」
「そ。血は繋がってないけどね」
シオンは妖精王の王妃である。アンリは妖精王の兄弟の子供にあたるそうだが、男子という理由とその強力過ぎる魔力の所為で、当時の次期妖精王であり現在の妖精王に忌み嫌われた。王位継承権を持ち、且つ誰もを強制的に崇拝させられる能力は、魔力量が種族的に見ても非常に多い妖精族にとっては最強の力だ。
だが、アンリ自身は取って代わろうなんていう気はなかったのだろう。そうでもなければ、ニアの父親に師事して研究に勤しんだりしない。
そんな居心地の悪い城で、無理やり婚姻させられたシオンはアンリにとっては自分の味方だと思えたのだろう。シオンをこちらに呼び出したいと話した時のアンリの表情は穏やかで、そしてアンリにしては珍しくちょっと嬉しそうだった。
理不尽だけどどうしようもない痛みや苦しみを分かち合える存在。それなのに、自分だけ先に逃げてしまった。そのことをアンリはどう感じていたのか。
アンリは語らない。研究や興味のあることについては呆れるくらい語るが、自分のことについては必要以上のことは口にしなかった。ヒースにニアの父親のことを話したのも、あれはアンリが弱っていたからだろう。
「ただ、シオンおば様って笑っちゃうほど意地っぱりだからなあ。素直に来るかな」
「ジオも相当意地っ張りだよ」
ヒースがそう応えると、アンリが楽しそうに笑った。
「まあそうだろうね。じゃなきゃ、好き合ってるのに接点で満月の夜に会話するだけなんて恐ろしくだるいことを、何十年もやれる訳がない」
「それについては同意だなー」
ザハリが、頭の後ろで手を組みながらあははと笑う。
「しかも寿命だって長くないのに、お互いいい年になっても純愛を貫くなんて俺にゃあ無理だ」
狙ったミスラの唇を早々に奪う様な人だ。ザハリにはまあ無理だろう。
ヒースがそう思ってザハリを無言で見ていると、ザハリがニヤリと笑って言った。
「ヒース、お前もタラタラ相手に合わせて待ってると、あっという間に年取っちまうぞ。恋愛はな、燃え盛る炎の様に熱い内に心ゆくまま楽しむんだよ」
横のニアを見ると、顔を真っ赤にして俯いてしまっている。可愛いが、確かにニアを待っていたらこの次の段階に移る頃には年単位の月日が流れている可能性はあった。
「……なるほど」
「勢いってのは大事なもんだぜ、ヒース」
「本人がいる前でそういうことを言っちゃう辺りがなあ」
アンリがあははと呆れた様に笑う。ヒースに恋愛の常識を教えてくれる筈のシーゼルはヨハンががっちりと捕まえてしまってなかなか話す機会がないし、一般常識を教えてくれる筈のジオはシオンとの再会で完全に混乱状態にあり、聞ける状態にない。本人の前で話しちゃいけない内容らしいので、あとでシーゼルに聞こうと思ったヒースであった。
接点がある花畑に続く道に入ると、崖に挟まれた上空に見えるのは、丸い真円の淡い色の月。
「――お、いい月だな」
ザハリが空を見上げ、言った。
「これなら、きっと接点も開くかな」
ニアが、不安そうな声を出す。ニアの主人である王女アシュリーから託された、シオンの行く末。先にこちらの世界に来たニアは、こちらに来てからの目まぐるしく過ぎる毎日をどう感じたのだろうか。
「問題ないんじゃないかな? ここのところ、天気も良かったし」
アンリは、この接点を通って来た。魔力量の少ない者が接点を通ると、接点に蓄えられた魔力を奪ってしまう。だが、アンリの魔力は桁違いだ。だから、アンリが来た時は接点への影響は何もなかった様である。
「綺麗だから、びっくりするよ」
アンリはそう言うと、最初に月の花が咲き乱れる接点へと入っていった。ヒースたちも、すぐにその後に続く。
「おお……っ」
思わず声が漏れた。
咲き乱れる白い小さなの月の花。細長い花びらは上を向き、月光を浴びて淡い輝きを放っていた。
次回も目指せ月曜日!




