今夜
ニアと恋人関係になってから、アンリの食事の時間になると朝晩と手を繋いでアンリの家へ行って帰るのが日課となった。
恋人と言っても、特別何をする訳じゃない。ただ、ヒースはニアに別れ際に好きだと伝えることにしていた。今のところニアはありがとうとしか答えてくれないが、これがいつか私もだよ、という言葉に変わることを気長に待つことにしたのだ。
シーゼルはさっさと抱いちゃうといいよと助言してきたが、ニアの気持ちを無視してそんなことは出来ないと答えたら、そんなヒースも可愛いとキスを迫られてしまった。ヨハンが物凄い形相でこちらを睨みつけてきたので、これ以上はシーゼルの恋愛講座は頼りに出来ないなと諦めざるを得なかった。
それにしても、シーゼルのあれは天然なのか、それともわざとヨハンを煽ってるのか。これまでヨハン以外の人間に一切興味を示さなかったらしいから、シーゼル本人にも分かっていないのかもしれない。とりあえず、ヨハンとは別枠で好かれている、それだけは理解出来た。だがその理由が分からない。
ジオにもニアとのことを伝えると、目が点になっていた。ザハリに「弟子に先を越されたな」とからかわれてザハリを睨んでいたが、ザハリはどこ吹く風である。これは年の功なのかもしれなかった。お互い存在は知っていた様だが扱っている鉱石が違ったので、二人はああだこうだと日々議論を楽しんでいる。真逆の様に見える二人だったが、ここはここで案外気が合っている様だ。
ヒースとしてみれば、ニアとのこのおままごとの様な関係も、ニアが他に目移りさえしなければ今はそれでいい。ヒースにとっても、深入りし過ぎてニアが母の様になるくらいだったら、まだちょっと距離があるな、くらいでまごまごしている方が遥かにいいとさえ思えた。
「アンリ様、食べた?」
「うん、顔色も大分いいよ。今夜はアンリも立ち会いたいって言ってるから、あとで迎えに来てあげなきゃ」
「そりゃそうか。お会いするのも久々だしね」
ニアが感慨深げに頷いてみせた。
さすがに食べさせるのはあれきりにさせてもらうとアンリは不服そうだったが、ニアと恋人になったことを伝えると、そっか、と笑っておめでとうを言ってくれた。ヒースだけがこの家の中に入ってくる理由も、アンリには言わなくても伝わる。そういう勘の良さが、王族と比べては悪いがなんだか自分と似ているなと思ったりした。
アンリの体調は、数日で大分回復した。これまでよりもよく食べているそうで、お陰で今までにはなかった活力が生まれたとか細い腕に力こぶを頑張って作ってみせて言っていた。
そして、今宵は満月だ。
ジオは朝から落ち着かない。ソワソワとしていて心ここにあらずなので、一見こちらの方が緩そうに見えるザハリにバシッと叱られていた。師匠であるジオが、ジオよりも遥かに見た目が若いザハリに叱られてシュンとしている姿を見ると、なんだか可笑しい。だがジオによれば、ザハリはさすがに年季が違っており腕が相当いいらしい。自分など到底追いつけないと素直に認めているからこそ、ザハリの見た目など関係なく素直に言うことを聞けるのかもしれなかった。
ザハリはどちらかというと人間ではあるが、ここでも種族の垣根など超えている場を目の当たりにすると、ハンが求める理想は案外近くに落ちているものだと思う。
そういう小さな破片が集まれば、いつかハンの理想ぴったりとはいかなくても、それに近いものを作り上げることが出来るのでは。そう思える様な毎日を過ごすことが出来て、それだけでもここに来てよかったと思えた。
陽が傾き始める頃、ジオの集中力は完全に切れた。
「――ジオ、お前もう今日は駄目だ。さっさと接点に行って待ってろ」
呆れた様に、でもほんの少し楽しそうな色をその捻くれた表情に含んだザハリが、ジオの背中をドンと押した。ヒースを見て、ニヤリとする。
「ヒース、片付けよう」
「うん」
「お、俺もやる」
ジオが声を掛けたが、ザハリは一蹴した。
「お前はいい。邪魔だ」
ジオをお前呼ばわり出来るのは、ザハリくらいだ。ザハリは雑にシッシッとジオを追い払うと、「さあ俺も今夜が勝負だ」と言ってこっそりと服の内ポケットからとある装飾品を取り出した。
「ミスラに信じてもらうにはこれが一番だからな」
「まだ疑われてるの?」
「まあ、俺はどうも軽く見られるみたいだからなあ」
へへ、と笑うザハリが手にしているのは、対となる指輪だ。先日の騒動の際、ティアンを足代わりにして取りに行った金属。それはこの辺りでは逆に珍しい魔石の効果を付与することが出来る鉱石だったのだ。
谷を人間の世界の方まで戻り、魔族が人間の奴隷を使って掘っている坑道から失敬してきたらしい。声を掛ければいいだろうとティアンが言うのを止めるのが大変だったという。
人間の奴隷が働かされている場所で自由なままの人間の鍛冶屋が顔を出したら一体どうなることか分かったものではない。だが、奴隷自体とあまり関わりのないティアンには、その辺りの認識が少し薄い様だった。
「妖精族の王妃様ってくらいなら、すぐに魔石も作れるだろ」
ザハリは簡単に言うが、以前ニアが魔石を作ることが出来ないと言って嘆いていたのを思い出す。
「魔石って作るの難しいみたいだよ。そんなにすぐ出来ないんじゃ」
「え? そうなのか? ポコポコ出せるんじゃねえのか?」
ぽこぽこ出るようなものではないのではないか。
「少なくともニアは作れないって言ってたよ」
ヒースがそう言うと、途端にザハリは厳しい表情に変わって唸り始めた。
「そうなのか……そういや、アンリのこともよく知らねえが魔石を作ったとか聞いたことがねえな」
あれは単純に危険過ぎる能力だからな気がする。
暫く考え込んでいたザハリだったが、考えていても答えは出ない。すぐに切り替えたのだろう、ニカッと笑うと、指輪を内ポケットにしまい込んだ。
「まあなんとかなるなる。いざとなったら足に縋ってでも手に入れてやるし」
「女の人の足に縋ったらミスラが怒るんじゃない?」
「怒ってくれるかな?」
ザハリはいまいち自分がミスラに好かれているか自信がないらしい。これまでの自信満々なザハリから考えると、えらい変わりようだ。ヒースが無言でザハリを見ていると、ザハリがちらりとヒースに一瞥をくれた。
「……お前な、考えてることがだだ漏れなんだよ」
「え?」
ザハリが白髪を束ねていた紐をするりととると、滑らかな動きで背中に垂れる。色の濃い肌にその髪の色はとても綺麗に映えていた。その表情は歪みまくっていたが。
「前はお前が一方的に受け取る側だったみたいだけどな、封印が解けたんだろ? こっちにもお前の気分が伝わってくるんだよ」
「え? そうなのか?」
ザハリがこくりと頷く。
「まあ、感じるのは俺とかアンリとか、後は今はいないけどハン辺り、いやもしかしたらシーゼルもいけるかもなあ。あいつ結構魔力強いし」
なるほど、魔力が強ければ強いほど互いに干渉し合うという訳か。
「シーゼルはお前のこと大好きだろ? それでお前もシーゼルに対して警戒心皆無だからな。それがあいつに伝われば、そりゃあ可愛くもなるだろうさ」
「あ……そういうことか」
やけに可愛がられると思っていたら、ヒースがシーゼルに対し気を許しているからなのか。そう考えれば納得である。
ザハリはシーゼルの過去を聞いている。それ故の言葉だろう。今生きている人間は少なからず各々壮絶な過去を持っているが、シーゼルのそれは特に厳しいものだっただろう。
道具を片付け終わった二人は、並んで接点へと向かい始めた。ザハリが隣のヒースを見下ろしながら笑う。
「お前が嫌わなければ、相手は段々お前のことが好きになるのかもなあ。便利なんだか分かんねえ魔力だけど、ちょっと羨ましいな」
実際にはこちらが嫌わずともヒースのことが大っ嫌いなヨハンという人間もいるので必ずしもそうなる訳ではないのだろうが、なるほど、やけに皆に可愛がられると思ったら、そういうことだったのか。
だが、今は自分のことよりザハリのことだ。
「ザハリのだってちゃんとミスラに伝わってるよ」
「……だといいなあ」
今夜は色々な想いが交差することになるだろう。その全てがうまくいくといい。そう願わずにはいられなかった。
次回は月曜日目指します!




