集合
ヴォルグに運ばれて上階のティアンの部屋に入ると、そこにはティアンとカイネ、それにカイラがいた。ティアンとカイラはアイリーンの思い出でも話していたのか、二人とも少し目が潤んでいる様にみえる。奥の方も見たが、ザハリはいない様だ。てっきりニアはいると思ったのだが、ここにいないところを見ると、アンリの所にでもいるのかもしれない。正直いい気持ちはしなかったが、相手はニアの種族の王子様だ。それでもニアのアンリに対する扱いはぞんざいなものだったので、問題ないと思いたかった。
ヴォルグはヒースを下ろすと、カイネに向かって言う。
「シーゼル達を連れてくる」
「……ああ、頼んだ」
そう答えるカイネの顔は若干赤い。どうしたのだろうか。ヴォルグが再び階下へと消えると、カイネが赤い顔のまま横にすす、と寄ってきた。
「……先程、一度呼びにシーゼルとヨハンの元に行ったんだがな」
「うん?」
「その……男同士でもそういうことは出来るんだな」
「……あー」
何故カイネの顔が赤いのか、その理由が分かった。現場を見てしまったのだろう。女性とも経験のないカイネにとっては、とてつもない衝撃だったに違いない。特に片方はあのシーゼルだ。知り合いがしっぽりやっているところなど、例え相手が女性だったとしても見たい筈もない。思わず同情したが、どう言って慰めるべきか思いつかず、肩をポンと叩くに留めた。
ボソボソと、カイネが続ける。
「シーゼルにシッシッと追い払われて慌てて出てきたんだが、その……さすがにヴォルグには言えなくて」
そりゃ言えないだろう。
「終わってるといいんだが……」
「それを祈るしかないよね」
「しかしお前はなんでそんなに冷静なんだ?」
「まあ……慣れ?」
奴隷時代は、それはもう色々と見てきた。そもそも女がいない集団だ。一度味をしめてしまった者にとって数少ない快楽となるその行為は、あちこちで繰り広げられていた。自分がしたいともされたいとも一切思わないが、事象として理解するのであれば特段嫌悪感もない。ふーん、ただそれだけだ。
「性欲ってどこかで処理しないといけないしな」
さらりとヒースが意見を述べると、ぷすぷすと音を立てそうなほど真っ赤になったカイネが、目を伏せてしまったのだった。
◇
「ヒース!」
やけに肌ツヤのいいシーゼルが、ヒースの顔を見た瞬間飛んできた。がばっとその腕に掻き抱かれ、その力の強さにちょっと苦しくなる。
「シ、シーゼル、苦し……っ」
背中をバンバン叩いてシーゼルに呼びかけると、遅れて部屋に入ってきたヨハンに物凄い形相で睨まれた。相当敵対視されているらしい。まあ、シーゼルはヒースにだけはやたらと甘いから、ヨハンは気が気でないのだろう。
「シーゼル」
ヨハンが不機嫌を隠そうともしない声で呼ぶと、シーゼルはテヘッと笑ってヒースのこめかみにキスをしてから、ヨハンの元へと駆け戻っていった。ビキッとヨハンのこめかみに血管が浮き出ている。これはヒースの所為ではないのは誰の目から見ても明らかなのだが、何故ヒースが睨まれるのか。溜息をつきたくなったが、色々と面倒そうなので抑え込んだ。
「では始めようか」
この場を仕切るのはヴォルグの様だ。獣人族側は、ティアン、カイネ、ヴォルグの三名。人間側は、ヒース、ハン、ヨハン、ジオにカイラの四名だ。
「ヒース」
ヴォルグに促され、ヒースはこれまでのことを順序立てて説明をした。
アイネの家出は、恐らくは駆け落ちなどではなくヴォルグに追ってきてもらいたいが故の行動であること。
戦を仕掛けるのではなく、竜人族が喜ぶであろう蒼鉱石の剣を献上することで、争わずアイネを取り戻すことが出来るのではないかと考えたこと。
ジオは鍛冶屋としての腕は確かだ。妖精界との接点を使用させてもらう条件として、蒼鉱石の剣の作成を手伝うことが可能であること。
今回人間の間で起きた争いに関しては、きちんと話し合いを行ない、これ以上この集落に迷惑をかけない様にしたいこと。
そして。
「種族が違うからって、ただそれだけの理由で争いたくないんだ。俺はここの集落の人たちのことが好きだから、だからアイネを取り戻す手伝いもしたいと思ってる。――この先、いがみ合わずにうまく付き合っていくことが出来ないかな」
ヒースの言葉に、ハンが目を見開きヒースを見上げた。ハンの積年の思い。それがたったひとつの集落でだけであるが、叶う可能性がある。それがハンにとってどれほどの深い思いなのかまでは、まだ大して世の中を知らないヒースには正直想像もつかない。だが、何でも始めは僅かなところから始まるものだと思う。
だったら、これがその第一歩にならないか。
ティアンを真っ直ぐに見た。ティアンの左右に座るヴォルグとカイネは、そんなティアンの判断を待っているのか、黙ってティアンを見ている。
「……アイネを助け出すと誓えるか」
「アイネに帰る気があればね」
アイネが本当に竜人族の男と恋仲になって戻りたくないと言うならば、それはこれまで考えていたこととは別の話になってしまう。言い訳の様に聞こえるかもしれないが、アイネの意思は尊重すべきだろう。
「お前たちはどう思う」
おや、他の者の意見など聞かないと思っていたティアンが、ヴォルグとカイネの両名に尋ねている。ヒースが若干驚いた表情になったのが分かったのだろう、カイネの口角が小さく上がると、目だけでこちらに合図を寄越した。後で説明してやる、そう言われているみたいだ。
「他の魔族の連中に俺達が人間に協力していると知られたら、拙いこともあると思う」
ヴォルグが、ひとつひとつ発する言葉を噛みしめる様に発言を始めた。
「だが、蒼鉱石の剣の作成をするのであれば、暫くの間ここに滞在してもらう必要が出てくると思う」
「うむ、それで?」
ティアンは、もしかしたらヴォルグを試しているのだろうか。初めて会った時は随分と会話が噛み合わない人だと思ったが、ちゃんと一族の頂点に立つ男であり、これまで一族を争いから回避させていた腕があった筈だ。でなければ、大勢の魔族や囚えられた人間が通過していくこの場所で、こうも平和に過ごせている筈がない。
愛妻家でちょっとおかしい人でも、こういった判断力は優れているのだろう。
「だから、竜人族などの魔族がここを通過する際に、こいつらを隠す場所を作る」
「なるほど。だが、こいつらの様な魔族に恨みがある人間はまだ他にもいるのだろう? それはどうする。襲ってくる奴らには容赦は出来ないぞ」
そのティアンの質問には、ハンが挙手して答えた。
「俺が、仲間と一緒に話をしに行こう」
「ここに訪れる人間に敵意がないと、どう判断する」
今度の質問には、ジオがボソリと答える。
「……もし、妖精界から無事にシオンを連れて来られたら、彼女の作る魔石で仲間の証が作れるかもな」
「仲間の証?」
ヒースが尋ねると、ジオはこくりと頷いた。
「シオンの魔力も珍しいものでな。魔力を練り込んだ物を持たせた状態で嘘をつくと、そいつの色が変わるらしい」
「え……」
ヒースが唖然とすると、ジオが少し悲しそうな目をして笑った。
「だから妖精王はシオンを手元に置きたがったんだってよ。――裏切り者を判別するには手っ取り早いからな」
吐き捨てる様に言ったジオは、暫くじっと床を見つめたままだった。
次話は遅くとも次の月曜日には!




