こそばゆい
ヒースの話を聞き終わったハンは、暫く頭を抱えて黙り込んでしまっていた。
「ハン……」
ヒースが気遣わしげな表情を見せると、ハンはおもむろに顔を上げる。眉を垂らしながら小さく笑うと、ヒースの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「ヒース、お前が皆を助けてくれたんだな。ありがとう……でないと、滅茶苦茶になるところだった……」
「結果がそうなっただけだよ」
ヒースがしたのは、ギリギリ決壊の崩壊を防いだだけだ。しかも、頑強な岩などではなく、すぐにも流れていきそうな砂で辛うじて堰き止めたに過ぎない。
「シーゼルには、酷な役目を負わせちまったな」
「……うん」
サイラスの死。
それは、獣人ではなく、人間の手によってもたらされた。シーゼルがやったことは、この先獣人と人間の協力関係を築く上で、とても重要なことだ。恐らくは、シーゼルもそれをよく理解した上でかつての仲間を斬ったのだろう。
だが、それによりシーゼルもヨハンも心に深い傷を負い、死まで覚悟した。今は傷が治っていると思いたいが、心情まで治せたとは思えない。
元々死とは隣り合わせの生き方をしていると言えばそれまでだが、サイラスが残したものは、それだけではなかった。
この先人間達がどういう心構えで、誰と戦い誰と手を取り合うのか、そしてそれが可能なのかも、改めて考え直す必要が出てきた。
何故なら、魔族が全員敵ではないことを、人間は知ったからだ。
ヒースが考え込んでいると、ハンは更にわしゃわしゃとヒースの頭を撫でる。考え過ぎるな、そう言われている気が何となくして、こそばゆかった。
「それでもやっぱり、ヒースのお陰だ。ヒースがカイネ達獣人族と関係を築いていてくれたからこそ、種族間の争いにならずに済んだんだよ」
さすがに買い被りすぎだと思う。ハンはやたらとヒースに甘い気がこれまでもしていたが、やはり甘い。
こうも褒められると、ろくに褒められた記憶がないヒースは、どうしていいか分からなくなり、居心地が悪くなるのだ。
「元々、カイネはいい奴だったよ。ヴォルグだって話せば分かる奴だったし、それは別に俺のお陰じゃない」
「お前は……はは、お前らしいな」
二人とも、話せば分かる人だった。それだけの話だ。勿論ヒースは関係を築こうとはしたが、そもそも獣人側にそのつもりがなければ、ヒースなどとっくに細切れになって魔物か野生動物の餌となっていただろう。
「そうだ、ハンも傷見せて。まだ顔が赤いし、熱があるんじゃないか?」
いくら傷が治ったからといって、それまで熱にやられて体力を消耗している筈だ。現に、ハンは起き上がってはいるが、決していつもの元気なハンには見えなかった。
「もう痛くないんだけどな」
「縫合してるだろ。そこはどうなった?」
ヒースは、ハンのゆったりとした履き物を捲り上げると、包帯でぐるぐる巻きになっている部分を解きにかかる。ニアの属性は魔力の吸収だ。その余った部分が肉体の回復に繋がるらしいが、ヒースを介したことでどう作用するのかまでは検証出来ていない。
そう考え、随分と考えがニアと似てきたなと思い、ちょっと、いや大分嬉しくなった。
「この後、皆を集めて話し合いをすることになってる。カイネが呼びに来ると思うんだけど」
「そうか。俺も参加していい……よな?」
「勿論だよ。ハンはこっちの代表だろ」
ヒースの言葉に、またハンは苦笑気味に俯いてしまった。不甲斐なさを感じているのが、肌に伝わる。斬られ倒れている間に、自分が集めまとめた反乱組織は崩壊の危機に遭い、全てが終わってからそれを聞かされた。自分は何をやっているのか。そう心の中で繰り返しているのも、ヒースには伝わって来てしまっていた。
ハンの魔力量は多い。仲間を失い嘆き悲しむハンに、ヒースは引っ張られた。ニアといても何も感じないことも、ハンだと意図せずここまで細かく感じ取れてしまう。
早く制御の道具を用意しないと。それまでは、ひたすら自分と他人の意識は違うと強く思い続けるしかない。決して混じり合ってはならない。母との間に起きた悲劇を再現しない為にも。
包帯が全て解けると、出てきたのは怪我ひとつない腿に、縫い糸が溶け込んでいる光景だった。
「うわ……これ、取るの痛そう」
ヒースが思わず顔を歪めると、ハンはようやくハハッと楽しそうな笑い声を立てる。
「こんなの、お前のに比べたらどうってことないさ」
ハンはそう言うと、ヒースを抱き寄せ頭を撫でてくれたのだった。
◇
「ヒース、連れてきた。これから父さんの部屋に集合だ。全員揃ったら呼ぶから、もう少し待っててくれ」
「うん、分かった」
もうどこからどう見ても元気そのもののカイネが、開口一番そう告げた。皆それぞれの場所にいるらしい。カイネが皆を呼び集めてから、ティアンの所に集合ということになった。
そういえば、この騒ぎにもティアンは一切顔を見せていない。自分の家で大騒ぎされて、気にならないものだろうか。
すると、カイネが尋ねる前に答えをくれた。
「父さんを探すのが一番厄介なんだ。今日は一体どこにいるやら」
カイネはそう言うと、階下へと消えていった。
「ヒースもまだ顔色が悪い。ギリギリまで休んでろ」
自分とて決して顔色のよくないハンが、ヒースを心配そうに見る。伝わってくる心も、ハラハラしているものだった。
「うん、ありがと」
正直、急激に動いたからか、身体が非常に重い。傷は塞がっても、失った血はすぐには取り戻せないのだろう。傷の修復はすれど、それ以上はないということか。
これもまたニアと検証だなと思ったが、そろそろ考えるのが億劫になってきた。この後はまた、長くなりそうな話し合いが待っている。ハンの言葉に甘えて少し休んでおこう。そう思い、ヒースはハンが寝ていた場所に横になった。
目を瞑り寝ようとするが、頭だけは何故か元気で、ヒースはつらつらと考え始める。
反乱組織はこれまで、ただひたすら憎み、捕らえられた人間を解放すべく魔族を斬ってきた。それが可能だったのは、西ダルタン連立王国側に住んでいる魔族が、全土侵略から十年経った今もまだ数少ないからだ。
十年前に攫われた女と技術者などの男はほぼ魔族の国へと連れて行かれ、こちら側に残されたのは魔力の少ない男と男児が殆どだ。奴隷となった人間の男達によって少しずつ町の整備は進んではいるが、まだ道半ばだろう。とりあえず、きちんとした町らしい町は、これまで見たことがない。
これまで奴隷として西ダルタン連立王国のあちこちに行っていたヒースだが、魔族達がどういった理屈で何を目的に建築を行なわせていたか、自由でない身では想像もつかなかった。
十年経っても、魔族はこちらに移り住もうとはしていない様だ。なら、奴等は何を待っているのか。
かたや、妖精王は人間界に進出して征服しようと考えているこの状況は、人間にとってもカイネ達の様な平和に暮らす魔族にとっても、いいものである筈がない。
――どうして皆、ハンが望むように仲良く出来ないのかな。こうして分かり合うことが出来るのに。
何が目的なのか、会ったこともない偉い人達の考えることなど、ヒースには分かる筈もない。
それでも。
それでも、ヒースは祈る様な気持ちで思ったのだった。
今週もう一話目か、出来なければ来週月曜日に投稿します!




