崇拝
仏頂面のヴォルグがヒースの前までスタスタ歩いてきたかと思うと、いきなり服を捲くった。
「うわっ!」
男に剥かれる趣味はない。ヒースは思わず声を上げるが、ヴォルグはそれを無視してヒースをくるくる回し始めた。ペタペタと、血が大量に付着し固まっている肩甲骨と胸に触れる。ここまでされれば、ヴォルグが何をしているのかヒースにも分かった。――傷が残っていないか、確認をしているのだ。
「痛みはないか」
「ないよ」
ヒースが答えると、ヴォルグは鼻をフン、と鳴らして一歩後ろに下がった。安堵が伝わる。厄介そうなヒースの魔力だが、顔から感情が読めないヴォルグの様な人には案外便利かもしれない。ヴォルグを見上げると、やはり仏頂面で怒っている様にしか見えないが、肩の力が抜けているのが分かった。
「心配かけてごめんな」
「……ふん」
そう答えると腕組みをしてヒースを偉そうに見下ろす。ここから動かないところを見ると、まだ何か言い足りないのか。
「ヴォルグ、何が言いたいの?」
ヒースが尋ねると、ヴォルグの片眉がピクリと動いた。ヴォルグの険しい眼差しが、右へ左へと不安定に揺らぐ。
「ヴォルグ?」
ヒースがもう一度尋ねると、ヴォルグは不貞腐れた様な表情になり、ようやく口を開いた。
「……すまん、カッとなった」
ヴォルグの言葉に、何故かヒースの後ろにいるカイネが息を呑む。ヴォルグはちらりと目線をカイネに移したが、すぐにヒースに戻した。
「……誰も殺すつもりはなかった」
「ヨハンも?」
ヒースが問い返すと、ヴォルグはこくりと頷く。
「あれも、つい腹が立っただけで、殺すつもりはなかった」
どう責任を取るのかと言っていたのは、カイネを傷付けられて怒り任せに放った言葉だったのか。声を荒げることがあまりないので、てっきり獣人族の掟か何かと思っていた。チラチラとカイネを見ている目が叱られた子供の様で、ヒースの中にじわりと笑いがこみ上げてくる。もしかしたら、カイネがここに駆け込んで来る前に本当に叱られたのかもしれない。
「くく……っ」
「何故笑う」
「ごめん、可笑しくって……!」
ヒースが抑えきれない笑みを顔に浮かべていると、ヴォルグが何とも情けない表情になってしまった。
「俺は、お前にもシーゼルにも酷いことをして、それでこうして謝罪に来たんだが」
「怒ってないよ、ヴォルグはカイネが心配だっただけでしょ?」
「……ヒース!」
ヴォルグが慌てて止めるが、これはちゃんとこの場で言っておくべきだ。ヴォルグは見た目は怖いし怒っている様にしか見えないが、普通に細やかな感情を持っている。
外から来た人間に、カイネを斬られた。ヴォルグにとって、カイネは大事で大事で仕方がない存在なのだ。それこそ無条件で守ろうと思っていた位に大事にしていたのに、ヒースがカイネを認めてやれと言ったことで、ヴォルグはカイネの気持ちにようやく思い至り行動に移そうとした。その矢先のカイネの怪我だったから、それで怒ってしまったヴォルグを責める気にはなれなかった。
「カイネ、ヴォルグはちゃんとカイネを認めてただろ?」
「…………」
カイネは答えない。自分がヴォルグに異様なまでに執着されていることには気付いてはいるが、それが混血の弱さからくるものなのか、見た目が女にしか見えないからなのか、その理由までは分かってはいないのだ。
ヴォルグは、カイネとどうこうなりたいという気はない。だが、好き、という言葉では足りない程に、ヴォルグのカイネに対する想いは深い。これはどうしてだろう、どういった感情なのだろうか。ずっと不思議だった。だが、ヴォルグから流れ込んでくる感情の片鱗で、ようやく理解した。
ヴォルグの感情は、崇拝だ。
「カイネ、ヴォルグはね、カイネを女の人を好きな感じで好きなんじゃないよ」
「――え?」
カイネが、また大きな目を目一杯見開く。ニアは話が見えていないのだろう、静かにヒースの横に佇んでいた。
「ヒース、ちょっと待て、お前は何を言おうとしてるんだ!」
ヴォルグの焦りが伝わる。嫌われたくない、軽蔑されたくない、強く頼りがいがあると思われたい。褒められたい、笑いかけて欲しい。ヴォルグの感情は、全て温かくも切なくて胸が締め付けられる種類のものばかりだった。
ヴォルグにとって、カイネはずっと手の届かない存在だった。ヴォルグの方を向いて笑ってくれたら、それだけで何でも従うのに、それが得られないが為にヴォルグは反発した。それを受けて、カイネは自分が認められていないと反抗する。悪循環が重なり、二人の関係は拗れてしまったのだろう。
「ヴォルグは、カイネを崇めてるんだ」
「――は?」
カイネの口が、ぱかっと開いた。訳が分からないのだろう。そりゃそうだ、自分より年上の次期族長候補であるヴォルグが、混血のカイネを崇める理由などない。
「カイネ、いい加減もう認めてあげなよ。ヴォルグはずっとカイネに他の人と同じ様に接してもらいたいだけだったんだから」
「いや、でも、え? ええ?」
変に追いかけられているから避けていたのか、それとも自分にない強さを持っている嫉妬が先だったのか、それとも劣等感からか、カイネのヴォルグに対する態度は冷たい。それではヴォルグは辛かろう。この先、この二人の関係がこのまま拗れていていい筈もない。この集落の為にも、二人は和解する必要があるだろう。
「ヴォルグは、カイネが怪我するのが心配だったんだ。別に混血で弱いって言ってる訳じゃなくて、例えカイネがこの集落で一番強かったとしても、きっとヴォルグはカイネを心配し続ける。でしょ? ヴォルグ」
ヒースが泣きそうな顔になっているヴォルグに尋ねると、ヴォルグは暫くしてこくりと小さく頷いた。
「……カイネは、特別なんだ」
ぼそりとヴォルグが呟く。カイネは驚いた顔のまま、ヴォルグを黙って見ていた。
「俺は、笑いかけてもらえればそれでいいんだ」
ヴォルグは、覚悟を決めた様に顔を上げた。
「カイネに褒めてもらいたい。褒めてくれたら、俺は何でも出来る。カイネがやれというなら、死ぬことだって出来る」
ヴォルグの想いは、もしかするとただの恋愛感情よりも重いのかもしれない。何故崇拝するに至ったのか、それはヴォルグのみぞ知るだが、さながら神の様に崇めているカイネが、自分にだけ冷たい態度を取る。それが許せなくて、無茶をしようとした。
解いてみれば単純な動機だったが、確かにヴォルグのこの態度では分かってくれというのは無理があるだろう。
「俺は、カイネの役に立ちたいんだ。どんな風に使ってくれても構わない。カイネ、俺のことを信頼してくれないか……!」
「ヴォルグ……」
以前、ヴォルグはカイネの相手が女性ならばいいと言っていた。だが、男性は四肢を引き千切って食ってやるとまで言った。あの時は、ヴォルグがカイネとそういう関係になりたいからだと思っていたが、違うのだ。ずっと感じていた違和感の正体は、これだった。
男性相手だと、カイネが抱かれることになると思っていたのだろう。崇拝するカイネが男の手によって穢されるなど、あってはならないことなのだ。ヴォルグの好きは、敬愛の好きなのだ。
カイネには、強い意志を持ち、凛として穢れのない存在でいて欲しい。
「カイネ、ヴォルグを信じてあげてよ」
「ヒース……」
ヴォルグは、カイネを絶対に裏切らない。何故なら、ヴォルグはカイネの信奉者だからだ。
「ね?」
ヒースが珍しくにっこりと笑うと、カイネは驚いた顔のまま、やがてこっくりと頷いたのだった。
次話は月曜日目指して頑張ります!




