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覚醒

 目が覚めると、冷たい木の床の上に寝転がされていた。上の方に開いた窓から差し込む炎の明かりが反射し、ここが何かの中だと分かる。


 周りから、ぐず、ぐず、と複数の子供が啜り泣く声が聞こえた。


「誰かいるの……?」

「ヒース、大丈夫か?」

「ヒース、お前のところはどうなった!?」


 まだ半分夢の中にいるヒースが暗闇に声を掛けると、あちこちから返事が返ってきた。皆、ヒースよりは少し年上の近所の男の子ばかりだ。


「みんな、捕まっちゃったの?」


 段々と覚醒してくると、ヒースは上半身を起こした。身体を動かしてみる。どこも怪我はない様で、痛いところもない。


「ヒース、お前の父ちゃんはどうなった!? 母ちゃんも捕まったのか!?」


 近所の、時折ヒースを苛めることもある少し怒りっぽい子が、矢継ぎ早に問いかける。


「と、父さんは……いたっ!」


 父さんの顔を思い浮かべようとすると、視界に赤い色が押し寄せると同時に頭痛も襲ってきた。


「ヒース! 怪我してんのか!?」

「頭痛い……!」


 暗闇の中で少年がヒースの元まで這ってくると、頭を抱えるヒースを細い腕の中に抱き寄せる。


「魔族の奴ら……! ヒースなんかまだ小さいのに、殴って気絶させたのかよ……! 俺もさ! 足をちょっと切られてそれで捕まっちまってさ!」

「足? 大丈夫?」


 少年はすばしこい子供だ。それでも切られたとは、魔族は恐ろしく素早い存在らしい。なんで人間より力がある魔族が、わざわざ人間の街を襲ったのか。ヒースには全く理解出来なかった。


「なあに、こんなのかすり傷だからな!」


 いつもは事ある毎にヒースを苛めてるのに、少年の魔族に対する憤怒とヒースに対する庇護の気持ちは確かなもので、父の手よりも全然小さくて頼りないが、それでもヒースはその暖かさに嬉しくなった。


 ――この腕の中は、安心する。


 擦り寄るヒースが怖がっていると思ったのか、少年が尋ねた。


「ヒース、大丈夫か? 母ちゃんは生きてるか!?」


 母ちゃん。言葉の意味は分かった。


 だが、その存在の意味が分からない。


「よくわかんない……」


 ヒースの答えを、違う意味で受け取ったのだろう。少年はヒースの頭をガシガシと撫でると、悔しそうな涙声で言った。


「そっか……うちは、母ちゃんと妹は連れて行かれた。だからきっと、ヒースの母ちゃんも無事だから!」


 会える時まで俺が守ってやるとヒースに言ってくれたその少年は、移送中に傷が膿み、やがて熱を出し、この箱の扉が開かれる前に動かなくなった。


 少年は、箱の扉が開かれた時、獣の耳をした男達の手で運ばれていった。どこへ連れて行くの。そう尋ねたが、男達は何も答えず、目も合わせてくれなかった。


 もう名前も思い出せないあの少年は、それでも確かにヒースに温もりを与えてくれた。ヒースを苛めたりしていたけど、それでも最後までヒースを励ましてくれていた。


 もしかしたら、ヒースに妹の姿を重ねていたのかもしれない。


 普段意地悪してくる人でも本当は優しかったりすることもあるんだ。そのことが、心が沈みそうになる時にヒースの支えになった。


 ――だから争わないで。だから殺し合わないで。


 赤く眩しい世界の中で、ヒースは願う。


 ――ジェフ、聞いて。シーゼルは自分から死に行こうとしたんだ。死ぬことなんかないのに。死んじゃ駄目なのに。ジェフが今横にいたら、きっと同じことをしたと思うんだ。俺、間違ってないよな?


 光の中に、誰かの背中が見える。ちょっと疲れ気味の、硬そうな背中。ヒースは微笑む。懐かしさで、涙が溢れた。


 ゆっくりとヒースを振り返る顔は、やはりジェフのものだった。


 ああ、やっぱりジェフだ。ジェフ、迎えに来てくれたのか。ごめん、全然長く生きられなかったけど、それでも頑張ったと思うからそんな怒った顔をしないでくれよ――。


 だけど、ジェフは相変わらず怒った顔のまま、ヒースを手でしっしっと追い払おうとする。


 待ってジェフ、怒らないで。俺だっていっぱい頑張ったんだ、褒めてよ、よくやったなって言ってよ。そうだ、獣人と友達になったんだ。獣人って面白いんだよ。思ってることが顔に出るし、全然怖い人達じゃなかった。


 あとは、鍛冶屋にだってなったし、俺、色んなことが出来る様になったんだ。師匠だって出来て、好きな女の人だって出来て、だから怒らないで――。


 ヒースは必死で手を伸ばす。


 すると、ジェフが笑って言った。


「おいヒース、『おっぱいに触れるまでは死なない』んじゃなかったのか? まだ触ってないだろうがよ」


 そして、トン、とヒースの胸を手で押し返す。


 呪縛が解けたかの様に、声が出た。


「ジェフ、待って、だって俺、もう誰か死ぬところなんて見たくないんだ――!」

「だったらそう願えばいい。だろ? ヒース」

「待ってジェフ、行かないで――!」


 朝焼けの様な光の中に、ジェフの影が溶けていく。ひらひらと軽く手を振る仕草は、狂おしい程に懐かしい、いつものあの優しいジェフのものだった。


挿絵(By みてみん)


 だけど、後ろからヒースの身体を吸い込む様に何かが強く引っ張ってくる。


 光の中から、ジェフの笑い声が言う。


「ヒース、願え、もっともっとお前の欲しいものを願えばいい――!」


 それはまるで、ハンがかつてヒースに言ったことと同じことに聞こえた。


 甘えればいい、もっともっと、もっと。


 ヒースの背後から、世界は再び暗転する。ジェフのいる光が、どんどん遠くに行ってしまう。嫌だ、そこに行きたい、生きたい、もう誰も死なないで、嫌だ、生きて、生きて――――!


「――ヒース!」


 背中から聞こえる声に、ヒースは振り返ろうとした。すると、自分の横にぶら下がっている大好きなあの子の燃えるような色の髪が輝きながらなびいているのが、目に飛び込んでくる。


 今の声は、ニアだ。ニアが、ヒースの名前を呼んでいるのだ。


 空を落ちていく様な感覚の中、ヒースは身体を反転させる。暗闇の奥には、ニアの髪の毛と同じ様な太陽の様な光が見えた。


 藻掻き、あそこに届けと手を伸ばす。


 そうだ、まだ何もしていない。何も成し遂げていない。このままだと、大切な人が皆死んでしまう。


 光が、近付いてくる。


 ああ知ってる、これは――――――――


「……ガハッ!」


 世界が何回も回転したかの様な錯覚を覚え、回る視界の中、今自分がどこにいるのかを把握しようと必死で辺りを見回す。


「ヒース! 目が覚めたのね!」


 泣き顔のニアの顔が、視界に飛び込んできた。ああ、やっぱり可愛い。泣き顔よりも、笑っている顔の方が見たいが、どうしたら笑ってくれるだろうか。


「ニ……」


 天井を見る限り、ここはカイネの家の一階部分の様だ。どうやらここまで、誰かが運んでくれたらしい。


 シーゼルは大丈夫だろうか。ヴォルグに改めて攻撃されていないだろうか。不安に襲われそうになったが、いや、そうじゃないと思い直す。


「ヒース!」


 ニアが、ヒースの手をぎゅっと握った。温かいその手から、物凄い魔力が流れ込んでくるのが分かった。この魔力は一体どこから来ているんだろうか。不思議に思いニアの方に顔を傾けると、近くに青い顔をしたアンリが立っている。


 意味が分かった。思わず、笑い声が飛び出す。


「あは……ははは……っ」

「ヒ、ヒース? 一体どうし……」


 ニアは驚き、訳が分からなさそうな顔をした。


 だったら、遠慮なく願おう。


 ヒースはニアの手をぎゅっと握り返すと、心から願った。


 生きたい、と。


 その瞬間。


 パアアアアッと、朝日を浴びた水面の様な白い光に、辺り一面が包まれた。

次話は月曜日に投稿します!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 母親との関係が… 魔族の人が記憶と力を封じたのは 優しさだったんだなあ 一緒につかまった少年たち…(;ω;) ジェフは奴隷時代の父のような存在 今もなおヒースの背中を押してくれる…
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