勝敗結果
シーゼルは、明らかに戸惑っていた。
「黙れ!」
剣を横なぎに払うも、サイラスはあっさりと躱す。キン! と、振り払われたシーゼルの剣の切っ先が地面から飛び出る岩にぶつかり、岩の先が砕けた。
「あれえ? お嬢ちゃん、もしかして隊長に話してなかったのか?」
サイラスは、にやにやとした笑みを浮かべながら、それでも張り詰めた空気を感じさせつつシーゼルと対峙している。シーゼルは気を抜いていい相手ではない。例え今は精神的に揺さぶられていようと、これまで仲間でさえ不要と斬り捨てたことがあるシーゼルには、油断はありえないのだ。
ヨハンは尻を地面に突きながら、一体サイラスは何を言っているのかといった表情で見上げていた。
「黙れって言ってんだろ!」
シーゼルが再び斬りかかるが、明らかに動揺したその太刀筋は不安定で、サイラスにあっさりと弾かれる。
「あんなに可愛かったのに、その剣を持ってからクソ生意気になりやがって、俺は残念に思ってたんだぜ!?」
「――黙れ黙れ黙れ!!」
シーゼルが振り回す剣の軌道は単純で、サイラスは実に愉快そうにそれを躱していった。よく見ると、シーゼルの手が震えているではないか。時折ヨハンを見ては、泣きそうな顔になっている。その表情を見ているだけで、ヒースの心臓は手で握り潰されているのではないかという程に苦しくなった。
「俺がなんで黙ってたと思う!? 一番使える時に取っておいたんだよ! 今みたいな時の為になああ!」
サイラスは、高らかに笑う。その下卑た笑い方に、周りの男達は口出しすら出来なかった。もう、サイラスは人間の仲間を切り捨てることを決めたのだ。だからもう、何も隠さない。過去の出来事も、これから行なおうと考えていたことも。
キン! キン! と金属同士がぶつかり合う音と、息を乱したシーゼルの吐く息、それに被さって狂った様なサイラスの笑い声が谷間に響く。
ヒースは、シーゼルの悲しみを感じ取ると同時に、混乱もしていた。今、目の前で繰り広げられている会話が指すところは、ただひとつだからだ。
シーゼルは竜人から蒼鉱石の剣を譲り受ける前、恐らくはまだ身体が小さく弱かった頃、サイラスに弄ばれていたのだ。
蒼鉱石の剣を手に入れ、その増強効果もあり、身体の成長もあり、やがてはその対象から外れていったのだろう。
だが、始めはどうだったのか。ただヨハンに役に立っていると言われたくて、自分を弄ぶことに抵抗がない、これまで散々自分を辱めた男と同じ隊に居続ける為、ひたすら腕を磨いた。
「隊長も、鈍感なのか見てみぬふりをしてんだか知らねえが、よく同じ班に掘った奴と掘られた奴が一緒にいて平然としてられるもんだよな!」
呆然としているヨハンに一瞥をくれながら、サイラスは器用にシーゼルの剣戟を掻い潜り、シーゼルの白い肌に幾つもの赤い筋を作っていく。
「隊長にひと言、助けてって言えてりゃあよかったのにな!」
「黙れ!」
サイラスの言葉で、シーゼルはどんどん壁際に追い詰められていった。服は所々裂け、シーゼルの息はこれまでにないほど上がっている。
「何だっけ!? 隊長に頼りになる右腕って思われたいんだったか!? 随分健気なことを言うもんだと思ってたが、本当に言ってなかったとはな!」
「黙れ黙れ黙れ!」
ドン、とシーゼルの背中が壁に付いた。
「シーゼル! 戦って!」
ヒースが声を上げるも、シーゼルは泣きそうな顔でこちらを一瞬見ただけだ。
これじゃ駄目だ、完全に呑まれてしまっている。サイラスは、何がシーゼルに一番効くかを分かった上で、あえてヨハンの前で過去の忌まわしい出来事を声高々に叫んでいるのだ。そして、それはかなりの効果を見せている。このままだと、あのシーゼルが負けてしまう。
何とかならないか。ヒースは焦り、今一番シーゼルにとって重要な人、ヨハンを見た。ヨハンは地面に尻を付いて、泣きそうな顔でシーゼルをただ見つめている。自分をずっと好いていてくれた、今となっては大事な大事な恋人が、まさか自分の傍にいる為にそんな目に遭っていたなど、露ほども知らなかったのだろう。
ヨハンは、シーゼルが他の人間を犯した加害者を処罰の為斬り捨てたことにも難色を示していた。シーゼルに対してもそういった素振りを見せていた男を殺したことを、無言で責めた。ヨハンは、人間の良心を信じたかったのだろう。
それが、自分の傍に居たいと願う人の心を抉っていたことなど知らずに。
「――ヨハン! ヨハン! しっかりしてよ!」
駆け寄って正気になれと、頬をひっぱたいてやりたかった。だが、この細い道では、すれ違いざまサイラスに斬られるのは必須だ。
「ヨハンってば!!」
シーゼルが押されているとなると、後は頼りになるのはヨハンだけなのに。
すると、ヒースの肩を再び掴む手があった。大きく分厚い手は、勿論ヴォルグのものでしかあり得ない。
ヴォルグはヒースを庇うように一歩前に出ると、壁際に追い詰められているシーゼルに向かって大声で言った。
「シーゼル! お前の実力はその程度か!」
圧を感じる程のその声は、明らかに混乱状態にあったシーゼルの耳にもしっかりと届いた様だ。
揺れ動いていた瞳が、サイラスの剣戟を弾きながらもしっかりと定まっていくのが分かった。
「お前は強いと認めた俺に恥をかかせるのか!」
「――出たよ! その偉そうな態度!」
シーゼルの声にも、生気が戻ってきていた。
「ならば戦え! 過去はどうにもならんが、斬り捨てることは出来る!」
すう、とヴォルグが息を吸い、叫んだ。
「斬れ!」
「斬れない訳がないだろ!」
シーゼルの口角が上がり、それまで不安定だった身体の軸がしゃんと通る。
「俺はここを通るんだ! 邪魔すんな!」
「させるか! お前はここで死ぬんだよ!」
シーゼルの蒼鉱石の剣の周りに白いもやが集まってきたかと思うと、幾つもの氷の刃が剣の周りに出現した。シーゼルがサイラスに剣を突く度に、細かな氷の刃が少しずつサイラスの身を削っていく。
飛び散る血にまたもや呑まれそうになったが、自分の腕に爪を立てることで必死で耐えた。今ここで呑まれる訳にはいかない。何故血を見ると無条件にあの日のことを思い出すのかは全くの謎だったが、強い何かがあれば戻れることももう分かっている。だから痛みと同時に自分に言い聞かせた。これはあの時じゃない、無関係の出来事で、今シーゼルは己の過去と決別する為に戦っているのだと。
キン! と高く固い金属音がしたかと思うと、サイラスの手から剣が弾かれ、ヒースの方に飛んできた。それを、カン! とヴォルグが自分の剣で払う。
「弱い奴はもう少し下がっていろ」
愛想のあの字もない顔で見下されたヒースは、こんな時だというのにヴォルグのその物言いに可笑しくなってしまった。
「獣人って、本当に強さが全てなんだな」
「人間は違うのか」
「うーん。人によるかも」
ヒースとヴォルグが会話をしている間に、とうとうサイラスが壁際に追い込まれた。だけど、サイラスの顔には笑みが浮かんだままだ。
シーゼルが、サイラスの鼻先に剣を向け、冷静さを取り戻したいつもの表情で問うた。
「最期に言いたいことは?」
温度など一切感じさせない声色に、それでもサイラスは笑う。
「お優しいことで。そうだな……マルクへの冥土の土産にはちと少ない気もするが」
マルクとは誰だろうか。冥土の土産というからには、もう亡くなっているのだろうが。
「……負けたもんは仕方ねえから、こんなもんで諦めるさ。まあ、お前らはせいぜい頑張ってこの先の地獄を楽しんでくれや」
そう言うと、サイラスは目を閉じた。
「――やれよ」
シーゼルが、呟く。
「じゃあね」
シーゼルの剣が、サイラスの心臓に突き刺さった。
次話は来週火曜日投稿予定です。




