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ヴォルグの行動原理

 カイネを目で追っている自覚がヴォルグに生まれたのは、ヴォルグが成人の儀を迎える少し前あたりからだ。


 ヴォルグよりも五つ年下のこの族長の息子は、幼い頃は女児にしか見えない程可愛らしい子だった。彼の周りの獣人達は、目に入れても痛くない程大切に扱っていた。族長のティアンが、亡き妻の人間のアイリーンに瓜二つのこの子をその様に扱っていたからだ。活発な妹のアイネはどちらかというとティアン似で、代々男が族長となるこの一族の中では、将来子を生む女性としてとても大切にはされるものの、その愛情には明らかな偏りがあった様に見えた。


 ヴォルグの祖母がカイネのお守役をしていた為、日頃は近寄りがたい族長一家とは、他の獣人よりは近い関係にあった様に思う。だが、当時のヴォルグは、己を鍛え、いずれ族長の座をティアンから譲り受けることしか頭になく、カイネの立場を脅かす存在となり得る自分がカイネと仲良くなるのは如何なものかと、あえて自分の方から距離を置いていた。


 その心境が変化してきたのは、カイネが十を超えた辺りからだ。背が伸び始めたカイネは、子供っぽさが段々と抜け、見た目は若い美しい女性にしか見えなくなってきていた。


 ティアンの意向で、真っ直ぐな黒髪は腰の下まで伸ばされ、男の子だと分かっていても、目を奪われる獣人は後を立たなかった。


 それはこの集落を魔族の国と人間の国との中継地点として利用する本国から訪れる魔族の者達にとっても同様で、族長の息子として挨拶をする度にそういった目で見られることに、カイネ自身も気が付いている様だった。


 客人の前でも明らかに嫌そうな表情を浮かべるカイネを見て、あれでは族長は務まらんぞ、と内心思ったものだ。ヴォルグ自身とて決して愛想がいいとは言えないらしいが、表情がころころ変わらない分、心の内まで簡単に読まれることはない。次期族長たるもの、どっしりと構えていればいい。カイネの様に、笑ったり怒ったりいじけたりしているのは、子供のやることだ。


 ずっとそう思っていたのに。


 ある時、本国からやって来た魔族の者達と歓迎の宴を行なうことになった。この頃になると、一族の若者の中では負け知らずになっていたヴォルグは、族長候補者のひとりとして大人達の集いにも顔出しをする様になっていた。


 それはまだ幼いカイネも同様だったが、この日集落に訪れた魔族はあまり素行の宜しくない者が多く、女性達になにかあってはならぬと警戒をしていた。


 給仕は年を取った女性を中心に行ない、若い女性は家にいるようにとティアンが言い渡していた為だろう。その辺の女性よりも遥かに美しい外見をしているカイネが、狙われた。


 炊事場に空になった皿を片付けようと席を立ったカイネの後を、こっそりとついていくガラの悪そうな獣人の男二人がいるのに気が付いたヴォルグは、急ぎその後を追った。


 案の定、森の奥へと無理矢理連れて行かれ、押さえつけられているカイネを見つけた。カイネは同じ一族の仲間だ。ヴォルグは何の躊躇いもなく、男達を立てなくなる迄叩きのめした。大きな目を見開いてその様子をただ見ていたカイネに、声をかけた。


「お前は混血なんだ、気を付けろ」


 自分の身を守る様な行動を取れ、という意味で言ったつもりだ。だが、カイネの反応は、想像だにしていないものだった。


「お前もそうやって僕を馬鹿にするのか!」


 その見た目と普段の無口さから、大人しいだけかと思っていた。だが、この激しさは一体なんだ。


 その瞬間から、ヴォルグは気が付けばカイネを目で追う様になってしまった。


 目が合えば、睨みつけられて逸らされる。話しかけると喧嘩腰になる。まともな関係など築くことが出来ず、だけどどうしても気になってしまい、また変な輩に絡まれたら困るからという理由をつけて、カイネの近くにいる時間を増やしていった。


 ヴォルグに敵意はない。このか弱い子を危険な目に合わせてはいけない、ただそう思って傍にいるだけなのに、カイネからは敵意しか向けられず、それでも離れようとは思えなかった。


挿絵(By みてみん)


 カイネの近くを彷徨く様になって一年が経とうかという頃、ヴォルグは十六歳になり、成人の儀を終えた。それと共に、ティアンからはアイネとの婚約を持ちかけられた。族長を目指していたヴォルグにとって、願ってもない話だ。


 これまでは容易く踏み入ることが出来なかった族長一家が住まう場所にも、これで堂々と自由に出入りすることが出来る。ヴォルグにとって、これが一番喜ばしいことだった。


 これで、カイネの横にずっといることが出来ると思うと、心が踊った。相変わらずカイネはヴォルグに対しては冷たく反抗的だったが、いずれは義兄弟となるのだ。少しずつ距離を縮めていけばいい。そう思い、混血のカイネが不用意に傷つくことがない様、細心の注意を払った。


 もう少しカイネにも何か役割をと言う者もいたが、それでカイネが怪我をしたら元も子もないではないか。その為、それらの意見には一切取り合わなかった。この点に関しては、ティアンとヴォルグは完全に意見が一致していた為、問題はない様に思えた。


 ヴォルグとアイネは、アイネが成人となったら婚儀を行なう。それまでは、ただ待つしかない。だから時間はたっぷりあると思ったのに、何年経ってもカイネは心を開いてくれなかった。その事実が面白くなく、ついきつく当たってしまっては、後悔した。


 いつかはヴォルグに笑いかけてくれるだろうか。頼りになると言って寄りかかってくれるだろうか。


 その時を待ち、鍛錬に勤しんだ。


 その状況が激変したのは、アイネがひとりの竜人と共に集落を出てしまってからだ。


 アイネの婚約者は自分で、アイネはカイネの妹だ。ならば自分がアイネを取り戻し、且つアイネを連れ去った竜人達を一掃すれば、カイネは今度こそ、頼りになる男だと尊敬してくれるだろうか。


 そう思い、武器の準備をすべく、鍛冶屋を招いた。アイネはまだ幼く、殺される心配もない。ある程度の時間的余裕はあった為、準備を念入りに行なった。


 その頃から、カイネの行動が見えなくなることが増えた。どこで何をやっているのか、何を考えているのか、大切な妹を助け出す算段を相談しているのに、カイネはとにかくヴォルグの意見に反対しかしない。そんなにも自分が嫌なのか。どうして認めてくれないのか。


 どうして好きになってくれないのだろう――。


 この時点になって、ようやく自分の気持ちに気付いた。ヴォルグの気持ちは、完全にカイネに向いている。行動の全てはカイネありきで、カイネに危険があるかないかで物事を判断していることに気付かされた。あの、金髪の人間の子供に。


 カイネとどうなりたいのかと聞かれ、何も答えられなかった。カイネとこれからも一緒に過ごすのは、ヴォルグにとっては当然のことだった。だが、その条件となるアイネがいなければ、ずっとカイネの隣にいることは出来なくなる。だからアイネを取り戻し、カイネと共に一族を繁栄に導くのが、次期族長としてのヴォルグの役目だ。


 カイネがいない一生など、何の意味もない。悩むことなくそう思える程、カイネはヴォルグの行動原理となっていた。


 アンリが、人間になど興味がなかったヴォルグの心にズカズカと入ってきた金髪の人間の子供からの伝言を伝えた。ヴォルグはその条件を聞いて、ヒースが追い詰められていることを知る。


 のそりと立ち上がると、家の外へと向かった。


「――行ってあげるんだ?」


 アンリがからかう様に背後から声を掛ける。ヴォルグはそんなアンリを一瞥すると、事も無げに告げた。


「考える必要もない」


 谷の入口に足を向け、一気に駆け出す。


 ヒースを助ければ、ヒースは協力してくれる。そうすれば、戦いたくないというカイネの願いを叶えつつ、アイネを助け出すことが出来るに違いない。


 この先もカイネの隣にいられるならば、何も迷うことは何もなかった。

次話は明日投稿予定です。

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