黄金の羽根
ヒースはアンリの元に駆け寄ると、アンリに話しかける。
「アンリ、悪いけど今すぐ連れてって欲しいんだ!」
ヒースの勢いに、アンリは目をぱちくりさせる。
「え? あ、うん、そのつもりで来たんだけど、もう今すぐ?」
「お願い!」
もしかして、武器も携帯した方がいいだろうか。どうせ剣は大して扱えないが、弓ならまだマシだ。それに、ニアの属性の効果も付与されている。
「アンリ、ちょっと待ってて、荷物を取ってくるから!」
「え? あ、うん、いいけどさ……」
アンリはきょとんとしつつ笑みを浮かべた。第一印象はただのやばい人だったが、こうして見るとのんびりとした人なのかもしれない。
ヒースは二階へと階段を駆け上っていくと、カイネの部屋の入り口に置いておいた自分の弓矢を手に取る。すぐに戻ろうとしたその時、垂れ下がる布の向こうからザハリが声を掛けてきた。
「ヒース、これ持ってけ」
「え?」
振り返ったその時、ポンと飛んできた棒状の物をヒースは慌てて受け止める。そこまで重くない手の中の物を確認すると、それは一振りの剣だった。何の装飾もない柄に、何の変哲もない革の鞘。長さはヒースがジオの指導の元鍛えた物よりは短く、短剣よりは長い。
腰に手を当ててヒースの元にゆっくりと歩いてきたザハリが、にやりと笑う。
「これは俺のだから、必ず返せよ」
「え? え?」
意味が分からずヒースが剣とザハリを交互に見ていると、ザハリがふはっと笑った。
「お前にゃ長剣を振り回せる程の才はなさそうだからな、これくらい短いのなら護身程度にはなるかと思ってな」
「これってまさか、蒼鉱石の剣?」
ヒースが鞘から少し剣身を出すと、中から出て来たのは蒼く光る金属だった。シーゼルの物よりは太いが、ジオが鍛えるものよりは細い。強度がかなりあるので、細くても十分事足りるのかもしれなかった。
「属性はついちゃいねえが、俺の初期の作品だ。これまで何十年と使ってきたが、傷ひとつついてねえからな、多少力任せに扱おうがちょっとやそっとじゃ壊れねえ。安心して使え」
「え……でも、どうして」
先程ふらっといなくなったのは、これを取りに行く為だったのだ。
すると、それまでにやけていたザハリの表情が引き締まる。
「――お前にゃ、よく分からんが何かあるように思える」
「へ?」
ヒースこそよく分からない。何かあるって、何がだろう?
「よく物事が見えている。違和感を覚えたらすぐに気付く、そういった直感力も持ってる」
「はあ……」
ヒースがそう返すと、ザハリがヒースの頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でた。
「この間はカイネの感情に引っ張られてたな。あれを見て、お前の属性なんじゃねえかって思ったけど、はっきりしねえ。だがよ、あれだけ気難しいヴォルグとももう当たり前の様に話してるのを見て、とにかくお前にゃ何かあるってのだけは分かった」
「警戒心がないからじゃないかってヴォルグは言ってたけど」
リオがヒースに即座に気を許したのも、ヒースに警戒心や恐怖がないからではないか、そうヴォルグは推測していた。確かに、ない。それよりも、ニアを見知らぬ男達に会わせる時の方が警戒した。
「警戒心……確かにこれっぽっちもねえなあ」
ザハリがヒースの頭を掴んだまま、顔を近付けてにかっと笑った。
「魔族に慣れてるんだよ、俺」
「奴隷だったからか? 子供の時から奴隷だったからかもなあ」
「よく分かんないけど、怖いと思ったことはないよ」
ふむ、とザハリは考え込むと、真剣な目つきになってヒースに言った。
「本当のところはよく分かんねえが、お前に関してこれは言える。――直感を信じろ」
「直感……」
ザハリがこくりと頷く。
「お前が違和感を覚えたなら、何かがある。そう思っておけば間違いないと、俺はお前を見て思う」
「つまり……シーゼルが帰って来なくて俺が焦りを感じたのは、合ってるかもしれないってこと?」
「分かんねえが、流していいことじゃねえと段々思えた。だからこの剣をお前に貸すんだ」
「ザハリ……」
ヒースが覚えた焦燥感を信じろ、そういうことだとヒースは受け取った。剣を鞘ごと腰布に差し込むと、ヒースはザハリに笑いかける。
「ありがと、ザハリ」
ザハリだって訳が分からないだろうに、大事な物をこうやってヒースに貸してくれるのだ。感謝しかなかった。
「――よく分かんねえが、早く戻ってこいよ」
「うん、カイネも心配させちゃうもんな」
「ミスラもお前のことは子供扱いだからな、昨夜も心配してたぞ」
あ、そういえばザハリが先程言いかけていたことがあったんだった。
「ザハリ、機嫌が良かったのって、昨日ミスラといいことがあったの?」
「まあ、他に人もいなかったしな。あいつもちょっと参ってたし、落ち着かせる為に崖の上から月と砂漠を見に行った」
「……そっか」
そこで何があったかまでは聞くまい。ヒースは笑顔で頷くと、ザハリに手を振った。
「じゃあ、行ってくる!」
「おう、気を付けろよ」
ザハリはヒースの頭から手を下ろすと、一瞬だけ心配そうな顔になったが、それは本当に一瞬だけだった。
ヒースは階段を駆け下りると、手持ち無沙汰そうに突っ立っているアンリに声を掛ける。
「アンリ、行こう!」
「あ、うん、じゃあちょっといってくるねー」
アンリはヒースと表に出ると、正面からはい、と両手を伸ばしてきた。
「え?」
ヒースが若干引き気味の表情になると、アンリがあははと笑う。
「前に抱かないと、空は飛べないだろ」
「あ」
そうか、カイネやヴォルグとは違い、アンリは妖精族だから背中の羽根で飛ぶのだ。ヒースをおぶったら、そりゃ飛べる訳がない。
でも。
「ふふ、ふふふ、近付いたら何か君のこと分かるかな……?」
そんなことを言われながら両手を出され、はいどうぞと素直に抱かれることが出来るだろうか。正直、嫌だった。
その時、ヒースの脳裏をシーゼルの姿がよぎった。――今は自分よりあっちの方が大事だ。
「お、落とさないでね」
「うん、頑張るよー。首にしがみついててね」
ヒースが覚悟を決めてアンリの細い首に両手を回すと、アンリがヒースの脇へ腕を通し、ぎゅっと掴んだ。思ったよりも力強い。
「これを出すのも久しぶりだなあ」
アンリは呑気にそう言うと、背中から大きな羽根を出した。これ、背中の服ってどうなってるんだろうと思って肩越しに覗いてみたら、縦にちゃんと羽根を通す穴が隙間があった。ニアの服もこうなってるんだろうか。ということは、羽根をしまっている時は服に隙間が……?
ヒースはそこまで考えて、意識を無理矢理その考えから引き剥がし、代わりに目の前の恐ろしく綺麗な羽根を見た。
その羽根は、黄金色に輝いていた。そう、アンリの目の色と一緒だ。前に母のことを思い出すきっかけとなったベルベッドの様な滑らかそうな表面は、よく見ると細かい斑点がある。それは白銀に輝いており、これまで見た妖精族の羽根よりも大きく立派だった。
「ほら、しっかり掴まっててよ」
「あ、ごめん」
あまりの美しさに、ヒースは腕の力を抜いて見入っていたらしい。ヒースがぎゅっとアンリにしがみつくと、アンリの羽根が羽ばたいた。
ぐん! と垂直に急上昇する。
「うわ……!」
これまでのカイネやヴォルグの様な跳躍とは違い、クリフの飛翔と感覚が似ていた。多分、こっちの方が酔わない。ヒースはそれに、少し安心したのだった。
次話は明日投稿します!




