誰が言うか
ヒースはカイネと目が合うと、笑顔のまま手を振った。
「カイネおはよう!」
だが、カイネの顔は引き攣っている。
「アンリの所に行ったとリオから聞いたので戻ってくるのを待っていたんだが、一体何があったんだ?」
どうやらヒースとヴォルグが楽しそうに笑っているのを見て、何かあったのではと危惧したらしい。
だが、カイネはヒースとヴォルグの会話の内容を知らない。ヴォルグとヒースの間で取り決めがあったことも、それがカイネの「戦いたくない」という要望に沿ったものだということも勿論知らない。さてどう説明しようかと考えあぐね、ヒースはつんつんとヴォルグの袖を引っ張った。
「――なんだ」
先程までのいい笑顔は消え、ヴォルグの眉間にはまた深い皺が寄ってしまっている。どうしてこうなってしまうのか。もしかして、これが格好いいとでも思っているんだろうか、とヒースは内心呆れながらもヴォルグの背中に片腕を回し、カイネに背を向け聞こえない様小声で話し始めた。
「俺からカイネに説明した方がいい? それともヴォルグからカイネに説明する?」
「説明? 何のだ」
ヴォルグは本当に分かっていないらしく相変わらず厳しい顔をしているが、それがキョトンとした表情だと今のヒースにはもう分かる。
「だから、俺の師匠が穏便に妖精界の接点に行けるようにする為に人間との話し合いが必要になったからアンリに運んでもらうって話になったことと、蒼鉱石の剣を交渉の材料に出来るから、そうしたらカイネの望み通り戦わないでアイネを取り戻せるかもって話をだよ」
あえてヒースを竜人族との交渉の場に連れて行くことは言わなかった。
「だが、それだと俺がカイネに折れた様じゃないか」
「折れたでしょ?」
「それはそうだが、どんな顔をしてそれを言えばいいんだ」
「お前の為だって言えばいいじゃないか」
「ば……っ! そんなこと恥ずかしくて言えるか!」
ヴォルグが声を荒げると、後ろからカイネが話しかけてきた。
「二人とも、何か恥ずかしいことでもあったのか? それで笑っていたのか?」
カイネは何かを盛大に勘違いしている様だ。ヒースはとりあえずカイネはそのままにしておき、ヴォルグとの小声の会話を続けることにした。
「……好かれたいんじゃないの?」
「……どうなりたいのか、俺もよく分からん」
「それじゃ目標が立て辛いだろ」
「とりあえず嫌われたくない」
「じゃあやっぱりヴォルグから説明を」
ヒースがそう提案すると、ヴォルグがぶるぶると大急ぎで首を横に振った。ヴォルグは、カイネのことが好きで好きで止められない様だが、だからと言って恋人になりたいとかいう訳ではないのか。次期族長という立場からは、男で現族長の息子を囲う様なことはそもそも選択肢として考えられないのかもしれない。
「ば、馬鹿を言うな! 俺がカイネに好意を持っていることがバレてみろ、恥ずかしくて顔も合わせられん」
「いや、もうばれてるって。前も言っただろ?」
「……そうなんだが、でもな」
「はっきりしないヤツだな」
「お前な……」
ヒースが呆れ顔でヴォルグを見上げると、ヴォルグの眉が情けない程垂れ下がってしまった。
「ヴォルグはさ、カイネを自分の物にしたいと思ってる訳?」
ヒースの質問に、ヴォルグがブフォッ! と吹いた。垂れた涎を手の甲で拭いている。
「お、お、お前は何を言っているんだ……」
「どうなりたいのかが見えないんだよ。どうしたいの?」
嫌われたくない、好かれたい。でもアイネと結婚をして族長となることも否定していない。カイネに女性の相手が出来たなら認める。ヴォルグはそう言っていた。だが、将来的にどういった関係になりたいのかが、ヴォルグにはないのだ。
それは次期族長という逃れられない責務からくるものか、はたまた本当にどうかなりたいと思っていないのか。だが、それにただ振り回されるカイネがあまりにも不憫だ。
「ど、どうしたいと言われても……」
「恋人にしたいの?」
「ばっ馬鹿を言うな! あれは男だぞ!? そんなこと、無理に決まってるだろう!」
ヴォルグが真っ赤になって反論した。そこでようやく、ヒースは「ああ」と納得した。
今の人間の世界には男しかいないから男同士の恋愛は当たり前のものとして認識されているが、この集落には女性がちゃんといる。数は少ないのかもしれないが、だから恋愛も結婚も家庭を築くことも、男女間で行なうことがこの集落では当然とこととして認識されているのだ。
逆に、男同士の恋愛はタブー視されているのではないか。何故なら、子供を作ることが出来ないから。それは一族としては望むべきことではないのではないか。
だから次期族長の立場であるヴォルグには、カイネをどうこうしようという発想がそもそもないのだ。だけど、どうしても恋しい。だから庇護下に置きたい。
「……傍にいてもらうだけで満足出来るならいいけどさ、それはヴォルグがちょっと勝手過ぎると思うよ」
「か、勝手……」
ヴォルグの目に、信じたくないといった様な思いの影がちらりと見えた。
「カイネの人生はカイネだけのものだよ。それを恋人でもないヴォルグがあれこれ口出しやダメ出しをしたら、カイネが窮屈だ」
「…………」
ヴォルグは何も返せなくなったらしく、しゅんとでかい身体で項垂れた。
「ど、どうしたらいいのか分からないんだ。だけど、嫌われたくない。出来ることなら尊敬されたい」
「うーん……」
なかなかに難しい問題だが、カイネを襲ったりすることはなさそうなことは分かった。それはやってはいけないことという認識でいる様だし、だったら話の持っていき方もあるというものだ。
「分かった! とりあえず、後で俺がカイネにきちんと説明するから、ヴォルグは余計なこと言わずに黙っててよ」
「お前な……」
「ヴォルグが説明してもいいんだけど、カイネの為に決めたなんて言えないんだろ?」
「うううう……っ腹が立つな、お前……」
尊敬されたいというだけなら、まだ何とかなるかもしれない。実際、これまでカイネが恐怖を感じていたヴォルグとだって、腹を割って話せば普通に分かり合うことが出来たのだから。
「悪いようにはしないから、な?」
ヒースがそう言うと、ヴォルグは小さく頷いた。よし、じゃあいいか、とヒースがカイネを振り返ると、カイネがこちらを不安そうに見ているじゃないか。
「カイネ、あとで全部ちゃんと説明するから」
「あ、ああ?」
本当に訳が分からないのだろう。引きつった顔のまま、くるりとレイスの家の方に向き直ると、ヨタヨタと戻り始めた。ちょっと可哀想だが、今ヴォルグの前で話したらどうなってしまうか正直不安ではあったので、とりあえずこの場はここまでにすることにした。
ヒースもカイネの後に続こうとすると、ヒースの腕をぐいっと引っ張られた。
「な、なに」
勿論やったのはヴォルグだ。
「な、なるべく、好きだとかいったことはなしで説明してほしい」
ボソボソというヴォルグは、身体がでかいのにやけに可愛く見えてしまい、ヒースは破顔すると大きく頷いてみせたのだった。
次話は明日投稿出来たらします!




