そうじゃない
蒼鉱石の剣を竜人族に差し出すことで、アイネと交換出来ないか。
実際に竜人族と交渉するのは恐らくヴォルグとなるだろうから、この案を採用するにしても、ヴォルグの賛同が不可欠だ。元々戦うつもりだったヴォルグにとっては戦わず取引に持ち込むのはもしかしたら不本意かもしれないが、戦わないことがカイネの信頼を勝ち得ることに繋がるのならば、恐らくヴォルグは最終的に戦うよりもこちらを選び取るのではないか。
そのヒースの読みは、当たった。
ヒースの提案に、始めは何を言っているんだという顔をしていたヴォルグだったが、暫く考え込んだ後、ゆっくりと頷いた。
「――それなら、確かに戦わずにアイネを取り戻すことが出来るかもしれんな」
「ね? なかなかいい提案だろ?」
ヴォルグが乗ってきた。ここまでくれば、後はどう蒼鉱石の剣の数を増やすかだけの問題になる。
「なあヴォルグ」
「なんだ」
ヴォルグがヒースを見返す。ヴォルグの眼差しには、もうどこにもヒースを卑下する様なものは感じ取れなかった。認められた、ヒースが感じた瞬間だった。
「俺の師匠は、俺より剣を鍛えるのが得意なんだ」
「師匠が得意でなかったら困るだろうが」
ヴォルグが呆れた様に言う。どうやら言い方を間違えたらしい。ヒースは改めて伝えることにした。
「言いたいのはそういうことじゃなくてさ、つまり、この戦法でいくなら、剣を鍛えられる人数は多い方がより交渉に有利になるってことだろ?」
ヒースが訴える様に言うと、ヴォルグが腕組みをしながらふむふむと頷いた。
「確かに、一本よりは二本、二本よりは三本あった方が、相手の出方を見て足したり引いたり出来るな」
「そうそう。一本鍛えるのだって凄い時間かかるんだから、それが数本あったらより有利だと思うんだよね。だから、俺の師匠にも剣を鍛えてもらったらいいんじゃないかと思って」
ヒースがそう言うと、ヴォルグが意外そうな顔になった。
「お前、実は頭がよかったんだな」
「別に馬鹿だとは自分では思ってないけど」
子供の頃からの奴隷生活の所為で、いわゆる一般常識や世界の状況、ついでに異性との恋愛方法については知識が足りていない自覚はあるが、別に馬鹿になった記憶はない。考えられる材料さえあれば、こうやってその中で最適な答えを見つけ出すこと位は、ヒースにだって出来た。それに、皆それぞれが思ったり悩んだりしていることがなんとなく見てると分かってしまうから、絡んで複雑になりそうな所を解いていくと、結果としてここ最近は沢山考えることに繋がっている。だからそこそこ頭も使ってると思う。
なのに、何故このでかい獣人はさもヒースが馬鹿だという様な言い方をするのだろうか。
ヴォルグが、ヒースの考えを読んだかの様に、その答えを教えてくれた。
「戦いのたの字も知らん様なか弱い人間が、殺気も放たず呑気に敵地でのんびり過ごしていたら、こいつ馬鹿なのかと思うのが普通だろうが」
ヴォルグにしては長めの言葉に、ヒースはヴォルグがこれを本心から言っていることを知った。にしても、皆ヒースを呑気だとか警戒心がないとか不用心だとか散々言うが、そんなことはない。ちゃんと相手を見て、それで大丈夫そうだから対話をしているだけだ。
ヴォルグが続ける。
「リオみたいな子供は、集落の外から来た者には近寄りもしない。なのに何だあれは? お前、一体何をやったんだ?」
「何をやったって、人聞きの悪いこと言わないでよ。俺は別に何もしてないし」
ただ連れてこられて暇だったから話をしたら懐かれただけの話なのに、どうもヴォルグはいちいち大袈裟だ。
と、ヴォルグが目を細めた。
「いや……何もしていないからなのか……? 怖がってもいない、警戒もしていない。違う種族の者を目の前にして、お前はそれでも平然としている。だからか……?」
「ヴォルグに首を掴まれた時は平然としてなかったけど」
ヒースは、一応そこは弁明することにした。あれは焦った。――でも、確かに怖くはなかったかもしれない。ティアンの時も、怖くはなかった。ただ苦しかっただけだ。怖かったのは、その後だった。今考えると、何でカイネが泣いただけであんなに怖かったのかと不思議で仕方ない。あれじゃまるでヒースにカイネが乗り移ったみたいだ。ティアンのことを怖がっていたのは、ヒースよりもカイネの方だったから。
そして、ヒースはあの時ザハリが冷静にヒースとカイネを引き剥がしたことを思い出した。そして、何かを言っていた。
――あの時、ザハリは何と言っていたっけ?
ヒースは恐怖でかなり混乱していたから、ザハリが何を言ったのかよく聞いていなかったのかもしれない。何と言っていたか。確か――。
ヒースがこんな時だというのにザハリの言葉を思い出そうと考え込んでいると、ヴォルグが、ヒースに顔を近付けてヒースの顔をまじまじと見始めた。
「なに?」
「警戒がない……恐怖がない、だからリオが近付けたのか……?」
ヴォルグも赤い目をしているから、ヒースはその目の虹彩が綺麗だな、と思わず魅入ってしまった。
すると。
「ヒース!? えっヴォルグ様!? 何!? 二人ってそういう仲だったの!?」
起きて顔でも洗いに来たらしいリオが、大袈裟に驚きながら二人の間に割って入ると、ヒースの腰にしがみついてヴォルグから距離を取らせようとした。
「わっ危ないよリオ!」
「ヒース! ヴォルグ様にはアイネの姉ちゃんっていう許嫁がいるから、いくらヴォルグ様が強くて格好いいからって惚れちゃ駄目だぞ!」
リオが、何かを言い始めた。リオの勘違いに、ヴォルグが非常に嫌そうな顔になる。
「リオ、勘弁してくれ」
「ヴォルグ様、浮気は駄目だぞ! アイネの姉ちゃん、戻ってきてくれなくなっちゃうぞ!」
なんと、リオはそのままヴォルグに説教をし始めてしまった。
「アイネの姉ちゃん、ヴォルグ様がちっとも構ってやらないから家出しちゃったんだろ!? なのに迎えにも行かないで浮気しようとしたら、今度こそ許してもらえなくなるぞ!」
「おいリオ、お前は何を言って……」
「え? ええ?」
アイネはヴォルグとの結婚が嫌で、それで竜人と駆け落ちしたんじゃないのか? ちょっと待て、何か皆が言ってることがバラバラ過ぎて、どれが本当のことなんだか分からなくなってきた。
リオは、必死だった。
「ヒース、ヴォルグ様は諦めろ!」
「いや、好きじゃないし」
ヒースがはっきりと言うと、リオが今度はヴォルグを振り返った。
「え!? じゃあヴォルグ様がヒースに……!?」
「俺も別にヒースは好きじゃない」
ヴォルグが呆れた表情でそう答えると、リオはようやく自分の勘違いに気付いたのか、あははっと頭を掻き始めた。
「なあんだ! アイネの姉ちゃんがさー、ヴォルグ様はどうも女に興味がないんじゃないかっつってたから、つい」
「――は!?」
「あっやばっこれ言うなって言われてたヤツだった!」
リオがハッとして口を慌てて押さえたが、もう遅い。しまった、という顔でヴォルグを見た後、なんとサササッとヒースの後ろに隠れてしまったではないか。
「ちょ、ちょっとリオってば」
「こっ怖い怖いっ」
リオがビクビクになっているのでヒースがヴォルグを見てみると、ヴォルグは信じられない、といった表情でこちらを見ていた。
次話は月曜日に投稿します!




